第10話 守りの決意
家に帰って制服を脱ぎながら、私は今日の昼休みのことを思い返していた。まさか自分があんなふうに勇気を出して、クラスのみんなの前で——付き合っていることを認めるなんて。正直、自分でもまだ少し信じられない。
昼休みのチャイムが鳴って、私は購買でサンドイッチを買ってから、隣の教室へ向かった。窓から差し込む陽射しが斜めに床へ落ちて、木の床をやわらかく照らしている。空気には食べ物の匂いがほんのりと漂っていて、校舎全体がいつもの穏やかな昼休みの空気に包まれていた。
教室に入ると、遥は窓際の席に座っていた。少しだけ頬を傾けながら、静かに窓の外の空を見つめている。陽の光がまつ毛に触れて細かな影を落としていて、まるで彼女自身が光の中に包まれているみたいだった。思わず小さく笑ってしまって、その向かいに腰を下ろす。
「遥、お昼食べよ」
サンドイッチを手に取ると、声に呼び戻されたみたいにこちらを振り向いた。唇の端に、静かな微笑みが浮かぶ。まるで言葉なんて何もいらないみたいに、ただ向かい合って座っているだけで安心できる、そんな表情だった。
けれど、そのささやかな日常は、次の瞬間、何の前触れもなく壊された。
「ねえ、神崎さん〜ちょっと聞いてもいい?」
その声はわざとらしいくらい明るくて、少しだけ大きかった。教室の静けさを、鋭く切り裂くみたいに。
私は振り向く。クラスの女子の一人が立ち上がり、椅子の背もたれに手をかけながらこちらを見ていた。笑っているはずなのに、なぜだかその表情が妙に刺々しく見えた。
「神崎さんってさ、佐藤さんと付き合ってるの?」
その瞬間、教室から音が消えた気がした。鉛筆が止まるかすかな音。椅子がわずかに動く気配。そして視線——一つ、二つ、数えきれないほどの目が、一斉に私たちへ向けられる。
背中がじわりと熱くなり、手のひらは湿っていた。サンドイッチを強く握りしめているのに、胸の奥から一気に込み上げてくる緊張と不安は、まるで掴みきれない。こんな質問がいつか来ることは、ずっと前から分かっていた。ただ、それがこんなにも何気ない口調で、こんなにも日常の延長みたいなタイミングで、前に投げかけられるなんて思っていなかった。
隣に視線を向ける。佐藤遥、固まっていた。箸を握ったままの指には力が入り、関節が白く浮いている、目にははっきりとした動揺が浮かび、言葉を発することすらできない。唇がかすかに震えていて、今にも俯いて、そのまま自分ごと隠れてしまいそうだった。何も言えないまま、慌てたように周囲へ視線を走らせている。逃げ道を探しているようでもあり、何かを必死に押し殺しているようでもあった。
その瞬間、私の心臓はぎゅっと強く縮んだ。彼女は怖がっている。ただこの質問が怖いだけじゃない。「見られている」ということ自体に怯えている。そしてきっと今、彼女の心の中にはこんな思いが浮かんでいる。
——もしかして……全部、私のせいなんじゃないか。
胸の奥を細い針でそっと刺されたような感覚が走る。激しい痛みじゃない。それでも無視できないくらい深くて、確かにそこに残る痛みだった。そんなふうに思わせたくない。気づけば、体が先に動いていた。何かに押されるように、もう黙っているという選択ができなかった。
ゆっくりと立ち上がる。鼓動が耳の奥で大きく響いていた。言葉にならないほど重い視線を真正面から受け止めながら、背筋を伸ばし、あの質問を投げかけた相手をまっすぐ見つめて、口を開いた。
「うん」
自分でも驚くくらい、声は震えていなかった。想像していたよりも、ずっと落ち着いていて、むしろ驚くほどはっきりしていた。
「遥が好き。何か問題ある?」
その短い一言は、まるで教室の真ん中で弾けたみたいだった。けれど響いたのは爆発音じゃなくて、もっと深い静寂だった。その沈黙は、ぴんと張りつめた弓の弦みたいに、限界まで引き伸ばされているのに、まだ切れてはいない。窓の外から鳥の鳴き声が聞こえる。風がそっと教室の窓を撫でていく。それでも、この空気に漂う息苦しいほどの緊張は、まったく消えなかった。
私は退かなかった。だって見えてしまったからだ。遥の震える瞳が。どうしていいか分からないまま、今にも崩れてしまいそうなあの表情が。彼女はまだ準備ができていない。だから、この一歩は私が踏み出す。何かを証明するためでもないし、誰かの価値観に抗うためでもない。ただ、遥が好きだから。そして、一人でこんな悪意を背負わせたくなかったから。
遥のもとへ歩み寄り、迷うことなく手を伸ばして、そっと指を握った。体がかすかに震える。指先は、まるで吹雪の中から戻ってきたみたいに冷たかった。それでも彼女は手を引かなかった。逃げもしなかった。ただ俯いたまま、まつ毛だけが細かく震えている。まだ驚きと羞恥の入り混じった深い場所に閉じ込められているようだった。
彼女が逃げたいと思っていることは分かっていた。あの質問なんて聞こえなかったことにして、殻の中に隠れてしまいたいと思っていることも。それでも逃げなかった。ただそこに立っていた。自分に残されたほんのわずかな強さで、四方から向けられる視線と圧力を受け止めながら。
——それだけで、もう十分に勇敢だった。
遥を見下ろしながら、そのかすかな震えと、まだ残っている手のひらの冷たさを感じていた。深く息を吸う。喉の奥が詰まるようで、胸の奥も重く締めつけられる。頭の中では何度も、この言葉をどう言えばいいのか考えてきた。それでも、本当にこの瞬間が来ると、やっぱり怖い。やっぱり震えてしまう。
それでも、私は口を開いた。
「先に好きになったのは私。告白したのも。だから、文句があるなら私に言って。お願いだから、あんな目で遥を見ないで」
声は大きくなかった。それでも一つ一つの言葉は、釘のようにこの止まった空気の中へ深く打ち込まれていった。まるでこの瞬間、教室の中でいちばんはっきりとした音になったみたいだった。その言葉が空気を真っ二つに切り裂いた途端、さっきまで漂っていたひそひそ声は、突然凍りついたように消えていく。窓から差し込む光さえ、私たちが握り合った手の上で止まっているように見えた。
それは懇願じゃない。宣言だった。守るという意思だった。告白でもあった。そして初めて、私たちの関係のために、冗談の顔をして向けられていたあの悪意の視線へ、真正面から向き合った瞬間だった。
自分の心臓の音が、驚くほど大きく響いていた。クラスメイトたちがどんな表情をしているのか、私には分からない。見る勇気もなかった。
変なレッテルを貼られてしまうかもしれない。もう誰も隣に座りたがらなくなるかもしれない。「普通じゃない」と言われるかもしれないし、女の子を好きになるなんて「ただの遊びだ」とか「注目を集めたいだけだ」とか、そんなふうに笑われるかもしれない。もっと怖いのは、家族に知られてしまうことだった。まるで隠しておくべき間違いでも犯したみたいに、失望の目を向けられるかもしれない。
……でも、いちばん怖かったのは、遥のことだった。
この想いは、こそこそ隠しておかなければいけないものなんだと、彼女が思ってしまうことが怖かった。こんな私たちは、誰にも見られる価値なんてないんだ、好きでいる資格なんてないんだと、信じてしまうことが怖かった。俯いて肩をすぼめるあの姿が、青春の中でいちばん深い影になってしまうことが、何よりも怖かった。
だから私は自分に言い聞かせた。たとえ嫌われてもいい。世界中の人に理解してもらう必要なんてない。ただ、遥にだけは知っていてほしかった。
「私は、あなたの隣に立つよ」
顔を上げて、私を見つめた。その瞳の中には、こらえようとしてもこぼれそうな光が揺れていた。そして、まるで恐怖からやっと抜け出したみたいに、ゆっくりと立ち上がる。震える膝が、必死に体を支えていた。
「……私も、星奈が好き」
その声は小さくて、かすかで、まるで風の中に舞い落ちる羽のようだった。それでも私の胸の奥には、確かに重く落ちてきて、やわらかな波紋を広げていく。
思わず涙がこぼれそうになった。いつも自分は臆病だとか、勇気がないとか言っているけれど、本当は誰よりも強いことを、私は知っている。ただ彼女自身が、まだそれに気づいていないだけだ。
これからの道が、きっと簡単ではないことも分かっている。もっとたくさんの噂が生まれるかもしれないし、もっと多くの視線が向けられるかもしれない。不公平な扱いだって、これから先いくらでも待っているかもしれない。
それでも、彼女にもう一度あの息苦しい沈黙や偏見を、一人きりで背負わせたくなかった。それは私が特別に勇敢だからじゃない。ただ、誰よりも分かっているからだ。守られるべき人だということを。
——怖くても、私は遥を守りたい。
間違いなんかじゃない。異質な存在でもない。ただ……一人の人を好きになっただけだ。その想いはまっすぐで、純粋で、むしろこの世界で「普通」と呼ばれている多くの恋よりも、ずっと澄んでいる。私の心にあった迷いや恐れをすべて照らしてくれた光だった。
だから私は彼女の手を握り、これからも一歩ずつ歩いていく。こそこそ隠れるためでもなく、どこかに逃げるためでもない。この想いを胸に、堂々と陽の当たる場所を歩いていくために。手を握っていてくれるなら、たとえ前に嵐が待っていても、迷わず一緒に進む。
怖くても引き返さない。傷ついたとしても手を離さない。遥の隣に立って、本当に守れる人になりたいから。




