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第9話 城

 紫微国(しびこく)の中央―――都城(とじょう)は、その名の通り、周りを城壁に囲まれた街だ。


 王が住まう王宮を有する場所であるため、都城という街への出入り自体が、各所に設けられた王直属の兵が守る門からしか行うことができない。また、その門は毎日決まった時刻に開閉されるため、いくら都城に住んでいる者であっても、その時刻を過ぎれば街への出入りができなくなる。


 都城に住んでいるのは、ほとんどが外にいるのと変わらない普通の民だ。

 仕事をし、家庭を築き、子を育て、ご近所と他愛のない話で盛り上がる。大人たちは酒場に呑みに行くこともあれば、子どもたちは、通りを元気よく走り回る。

 そういう、普通の暮らしが広がっている。


 大王(だいおう)と呼ばれるこの国の君主クァク・ソンドが()わす王宮は、そんな民の暮らしの向こう側に(そび)える、一際(ひときわ)高い城壁に囲われた中にある。


 街の門と同じく、王宮の出入りももちろん、兵が守る門からしか行うことはできない。ただ、街の門と異なるのは、王宮への出入りは、通行許可証を持った者にしか許されていないという点だ。


 許可証を持っていなければ誰であっても通ることは許されず、無理にでも通ろうとすれば即座に捕らえられる。それは、中に入る時だけに限らず、外に出る時も変わらない。


 王の在所であるため当然の処置ではあるが、王宮門の通行がそんな形になっているため、民にとって王宮は、当然のことながら気軽に入れる場所ではない。

 ゆえに、都城に住む民でさえ、王宮の中に暮らす者たちの顔を直接見たことがある人間は、きっとほとんどいないだろう。


 すぐそばにあるのに、互いの暮らしが遠いため、外から中の様子を知ることはできず、逆に、中から外の様子を知ることもできない。


 民にとって、ソンドやそこに連なる血筋の者たちは雲の上の存在で、もし目の前を通るとなれば(こうべ)を垂れて道を空け、通り過ぎるまでは顔を上げることも許されない、敬って崇める存在ではあるけれど、決して身近ではない、そんな存在に違いない。


 王と民とはそういうものなのだと言われればそうなのかもしれないが、それが、本来ともにあるべき二つを、決して交わらない遠いものへ()かつことになっているのではないかと思うと、なんだか無性にやるせない気がしてくる。


 私はもっと、皆の暮らしが見てみたい。そしてできれば、こちらのことも知ってほしい。


 だからこそ、いつも、そう思っている。






 王宮。

 一際高い城壁に囲われた中にあるその場所は広く、広大な敷地内には(あか)を基調とした大小いくつもの建物が並んでいる。


 表に当たる部分には、ソンドを中心に国の中枢を担う者たちが集まり、国政を執り行う大殿(だいでん)を初め、一般官吏が勤める関係各部署の便殿(べんでん)が並ぶ。

 そして、その表から一歩後ろに引けば、王の生活の場となる殿閣が続き、王后や側室、その生活を支える女官達が行き交う場所となっている。


「よいか、セヨン。くれぐれも、母上に迷惑をかけるなよ」


 ソンドの正室、王后チョンミョンの居所となっている中宮殿(ちゅうぐうでん)は、そんな中にあって、大きく立派な殿閣だ。

 その中宮殿の前で、今まさに出立(しゅったつ)しようとしている隊列を背にして兄のジュングが言うのに、セヨンはふふ、と笑って兄を見上げた。


「ご安心くださいませ、兄上様。(わたくし)も、今年で一一(じゅういち)になったのです。もう子どもではありません」


 平素の王女装束を解き、セヨンは今、良家の娘のような格好をしている。その、刺繍が減っていつもより数段軽くなった上体を、えへん、と自信満々にそらせてみせると、ジュングからは逆に呆れたようなため息がこぼれた。


「一一歳など、まだまだ子どもではないか。そのように胸を張るようなことではない」

「あら、それを言うなら、兄上様だって子どもではないですか」


 そう返すと、「何を言う」と心底嫌そうにジュングが眉をしかめる。


「私はもう一三歳だ。そなたと一緒にするな」

「そうは言っても、二歳の違いなど、長い目で見ればそれ程大きな差ではないと思いますが」

「そなたは知らないのか。大人の二歳と、子どもの二歳では、意味が大きく異なるのだ」


 ふん、と腕を組んで、先程のセヨンのように胸をそらすジュングに、セヨンは再びふふ、と口元を押さえた。


「兄上様、今のそのお言葉では、ご自分が子どもだと認めているようなものですよ」

「む、何だと……!」


 兄妹がやり取りをする中宮殿の前には、貴人が乗るための輿が二つ用意され、それぞれに持ち手が四人ずつ控えている。さらに、護衛のための武官や、貴人の身の回りの世話をする内官(ないかん)と女官がずらりと並び、その他必要な荷を運ぶ者たちが後ろに続いている―――という風に、かなりの人数が王宮の表の門の方を向いて隊列を組み、待機している状態だ。


 その中で行われる二人の会話に、控えている者たちは皆一様(いちよう)に首を垂れ、聞こえていても聞こえていない様子で、反応を示す者は誰もいない。


 紫微国の君主であるソンドには、現在、二人の子がいる。


 一人は、王太子(おうたいし)である兄のジュング。

 王太子というのは王の後継、いわゆる世継ぎのことであり、将来この国を率いていく立場にある者だ。

 王太子は、王の息子である王子の中から冊封(さくほう)される。ジュングが王太子になったのは一〇歳の頃で、それから三年、王太子として相応しい人間になるべく、勉学に武術にと、毎日のように研鑽を重ねている。


 そしてもう一人は、その妹の王女、セヨン。

 絹のように白い肌と、大きな瞳をしたこの少女は、明るく、兄だけでなく父母に対しても、あまり物怖じしない性格をしている。好奇心が少々強めなこともあり、それもあって、最初の兄の忠告に繋がっている、というような王女だ。


 ジュングもセヨンも、ともに王后チョンミョンの子であり、同母の兄妹(きょうだい)ということになる。


 王宮には他にもソンドの側室が幾人かおり、その側室の元に何度か弟妹が生まれたことがあったが、いずれも病等で幼くして亡くなっているため、ソンドの血筋は今のところ、この兄妹の二人だけだ。


 子どもだと認めているようなものだ、というセヨンの言葉に対し、()()()()()ながらも眉を吊り上げて、ジュングが大きく手を振り上げ―――もちろん、本気で妹を傷つけようとしているわけではなく、あくまでフリであることは分かっている―――たところで、


「何をしている」


と背後から声がかかった。


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