第7話 芸
「やあっ! とうっ! そして大王、そこで大立ち回りいいいい!」
どどん、という太鼓の音に合わせて、鷹のような厳めしい面をつけた男が、雀のような面をつけた者たちを次々と薙ぎ払っていく。四方を囲む見物人たちは、その勢いに歓声を上げながら、手を叩いて盛り上がる。
綱渡りや球回しなどの曲芸を交えながら、人だかりの真ん中で旅芸人が演じているのは、この国の王様の活躍を描いた物語だ。
紫微国を支配下に収めようと攻めてくる敵を次々と蹴散らし、烈火のごとき勢いで領土を拡大していく。その活躍ぶりはまさに鬼神のごとく、留まるところを知らない。
王様だけではなく、ともに戦う将軍や兵たちも大活躍で、紫微国の軍は強く、負けを知らない。
たとえどんな敵でも、王様は死力を尽くして民を守り、そんな王様に民は心からの感謝を捧げ、その深い心に涙を流す―――と、そんな内容の物語だ。
鷹の王様はただ強いだけでなく、自身に怪我を負わせた敵兵を助けたりと、慈悲深い心も持ち合わせている。そのため、見物する人々の口からは感嘆の息がこぼれ、目を潤ませて見入る者もいる程だ。
「―――いやあ、しかし、我らが大王様は強いだけじゃなく、深い慈悲の心もお持ちとは、さすがだな」
「ああ、まったくだ。ご自分を襲った敵の命をお助けになるなんて、普通はできるもんじゃねえ」
「ほんとに、そんな王様の民として生まれてよかったわ」
物語の内容もさることながら、次々と繰り出される曲芸に歓声を上げつつ、そばの大人たちがやや興奮気味に言い合う。周りと同じように歓声を上げていたスハは、ふと耳に入ってきたその会話に「ねえ、」と大人たちを見上げた。
「今のこの話って、本当のことなの?」
「うん?」
演じる旅芸人たちの方を指して尋ねるスハに対し、大人たちは初め、訝し気に眉を寄せた。だが、子どもがただ気になったことを聞いてきただけだと気付くと、すぐに気前よく上機嫌な様子で話し始める。
「まあ、多少は脚色も入ってるだろうな。なんてったって、見せ物なんだ。面白くなきゃあ、客は寄ってこない。だが、大筋は本当の話だと思うぜ。なあ?」
「ああ、その通りだ。我らが大王様が慈悲深いのは、今に始まった話じゃないしな」
「そうなの?」
スハが首を傾げると、「なんだ坊主、知らないのか」と今度は逆に大人たちの方が驚いたように声を上げた。
「この話じゃないが、何年か前に破った国で、大王様が無条件での降伏を認めたにも関わらず、それを反故にして謀反を起こした馬鹿な国主がいたんだ。あの時も、本当は連座で処刑されるはずだったその奥方を、事前に謀反を告発して大王様を救ったってことで、連座を防いでお助けになったことがあったよな?」
「ああ、それどころか、ご自身の側室にまで召し上げて、その謀反人の元奥方が新しい人生を歩めるように計らったんだ。まったく、情け深い方だね、我らが大王様は」
へえ、そんなことが。
スハは少し意外な気持ちで、今もくるくると舞うように円を描きながら、次々と敵を斬り伏していく鷹の王様に目をやった。
なんとなく、この国の王様は、あの鷹の面のように鋭い眼を持った恐い人なのかと思っていたが、そういうわけでもないのかもしれない。
基本的に、王様の話といえば武勇について聞くことの方が多い。だからこそ、今の大人たちの話はスハにとって初めて聞くもので、とても新鮮に感じた。
「まあ、一〇年以上前の話だから、坊主が知らなくても当然かもしれないな。まだ赤子か、もしかしたら生まれる前の話だろうしな」
「そういえば、あの頃は、旅芸人たちもその話を演じる奴らばかりだったよな。だから、国中でその話を知らない奴はほとんどいないんだ。知らないのは、坊主みたいな子どもたちくらいだな」
そう言って、ぽんぽんとスハの頭を軽く撫でる。
このおじさんは、一体俺のことをいくつだと思ってるんだろう。
孫の頭でも撫でるかのように微笑まし気にしているが、多分、自分はそこまで幼くはない。けれど、その手を振り払うことはせず、とりあえずそのまま、されるがままの状態で鷹の王様の演舞に拍手を送っていると。
「あーあ、」
と、そばでため息をつくような声が聞こえた。
「あそこに俺の歌が交ざれば、この話はもっといいものになるのに」
再び同じ声が息をつくのが聞こえ、スハはおや、とそちらに目を向ける。
「トボクおじさん」
「……ん? なんだ、誰かと思えば、ソンジェおじさんのところのスハじゃないか」
スハと同じように、群衆に交ざって旅芸人を見物していたらしい。馴染みの顔を見つけ、のそのそとこちらに寄ってくる。
トボクは、少しお腹が出た小太りの男で、こちらも近所に住む顔見知りのおじさんだ。
おじさん、とはいえ、ソンジェやヨンギルよりはだいぶ若い。しかし、お兄さんと呼ぶには少しばかり歳を食っているため、スハたちはこの男のことを「トボクおじさん」と呼んでいる。
トボクの家はヨンギルの家の隣にあるのだが、お隣さん同士、ヨンギルとはなんだかんだと二人でやり合っているのをよく見かける。原因は、トボクの謎の「発声練習」のためであることが多い。
旅芸人のように、己の「歌」一本で国中を回る、というのがこのトボクの幼い頃からの夢らしく、そのためトボクは、腕試しだと称して、この辺りの通りでもよく大声で歌を披露している。それが果たして国中を回れる程上手いかと言われるとスハにはよく分からないが、本人はそれなりに自信があるらしく、それを諦める気配は今のところない。
とにかく、その夢の実現のため、気が抜けるような、逆に耳につくような、独自の不可思議な発声練習を日夜問わずほぼ毎日行っているため、隣人のヨンギルとはそのことでよく口論になっているのだ。
特に、二日酔いの朝などは、その妙な発声が格別に頭に響いてどうにも我慢できないらしい。それなら酒をやめればいいのに、とスハは思うが、それはそれで別の問題だとヨンギルも言い張るので、結局はどっちもどっちなおじさん達なんだな、とそこにはあまり関わらないようにしている。
そのトボクが、旅芸人たちの演舞や曲芸を前に、「どう思う、スハ」と声を落としてこちらに顔を寄せた。
「あそこに俺の歌が入ったら、皆もっと感動すると思うんだ。一発、ちょっとかましてみてやろうかな」
顎を撫でながら真剣な表情で言っているが、周りにいるトボクを知る大人たちは皆、「それは、止せ!」という顔で激しく首を振っている。それに気付いていないのは、旅芸人たちを見つめたまま真剣に悩むトボク本人だけだ。
「よし決めた、ちょっと飛び入り参加してこよう!」
言うが早いか、トボクはその少し出た腹をばいんと弾ませて、群衆の真ん中に躍り出る。
鷹の王様は、ちょうど、いくつも持った小刀を球のように空中に投げ回したり、それを新たに現れた敵の鶏と交互に投げ合ったりと、見物人が度肝を抜かれるような曲芸を繰り広げているところだ。
その真ん中に、トボクは飛び込んだ。
結果は、いわずもがな。
周りを囲んでいた見物人たちは、場違いな歌声に一斉に顔をしかめて耳を押さえ、いよいよ見せ場の最高潮を迎えていた旅芸人たちは、突如現れた闖入者に一瞬呆気に取られたあと、その場を次々と去ろうとする見物人たちを押し留めるため、大慌てで動き始める。
「あれ、なんだよ。人がせっかく歌ってるのに」
気持ちよく歌っていたらしいトボクは、歌を止めて周りを見回した。
今日はよく晴れて、空気もからっと乾いている。一斉に人が動けば、砂塵も舞う。
「人が歌っている時に砂煙なんて上げないでくれよ。まったく、どいつもこいつも、迷惑な奴らだな」
もうもうと舞い上がる砂煙に、トボクが顔をしかめて言うのを、
「……それ、多分、トボクおじさんにだけは言われたくないと思うよ」
「は? なんで?」
スハでさえ耳を押さえて思いきり眉をしかめているのに、本人にはそれもあまり見えていないらしい。
心底意味が分からないという顔で首を傾げるトボクを、散り散りになってしまった見物人の背を追うのを諦めて戻ってきた旅芸人たちが、肩を落としながら恨めしげに睨んでいる。
火祭りに向けて、これからこの村には人がたくさん集まってくる。旅芸人たちの稼ぎ時はまだまだこれからだ。
トボクのせいで、せっかく集めた見物人からまともな稼ぎを得られなかった旅芸人たちの肩を、ぽんぽんと優しく励ましてやりたくなったスハだった。




