市井の噂
予想外に長い章になっています^^:
謁見が終わり、わたしとルイスは王宮を後にした。
ラインハルトはご機嫌で見送ってくれる。
わたしと重臣たちのやり取りに満足したようだ。
マルクスもラインハルトと一緒に見送りに来る。
仲良しアピールをしておくつもりのようだ。
わたしもにこにこと笑顔で見送られる。
屋敷では仕立て屋のお針子たちがすでに待っていた。
三人ほどいる。
いずれも若い女の子だ。
手を上げたり下ろしたりさせられ、一気に採寸される。
彼女たちの言いなりに動かされ、人形になった気分だ。
ドレスの好みも聞かれる。
特にはないので、リボンやフリルを多用するのは止めてくれとだけ頼んだ。
わたしも年相応という言葉は知っている。
色合いも派手なピンクとかは止めて欲しい。
落ち着いた品のいい色をとリクエストした。
年頃の女の子が三人も寄ると姦しい。
仕事をしながら、きゃっきゃっと笑い声が上がった。
(可愛い)
久しくそんな雰囲気とは縁遠かったので、わたしも会話に混ざりたくなる。
「貴女方はお針子の仕事をして、長いの?」
話しかけた。
彼女たちは驚く。
困惑を顔に浮かべた。
貴族に話しかけられることなんてないのかもしれない。
わたしはそんな彼女たちににこにこと笑いかけた。
それを見て、警戒を解いてくれる。
ぽつぽつと話をしてくれた。
彼女たちは小さな頃からお針子として修行をしているらしい。
採寸を任せられるのは親方に認められた証で、一人前に近づいたことを示す指針のようだ。
今日は彼女たちが初めて採寸を任せられた日らしい。
楽しげに採寸していたのは、自分の仕事が認められた嬉しさに浮かれていたからのようだ。
そんな彼女たちがわたしには微笑ましく、同時に凄いと思う。
自分の力で身を立てようとしている彼女たちはこの世界では珍しい自立した女に見えた。
「自分の腕で生計を立てるなんて偉いわ。自立した女ね」
誉めたら、照れくさそうな顔をされる。
そんなたいそうなものではないと謙遜した。
もっと凄い人がいるのだと、クレアの話を始める。
クレアは今、ちょっとした有名人らしい。
お妃様レースの表彰式で、逆プロポーズしたことが武勇伝になっていた。
お妃様レースには平民も参加できたが、参加費を払えたのは豪商の娘だけだ。
彼女たちのように、下働きをしているお針子が参加できるわけがない。
彼女たちの中にお妃様レースを自分の目で見た者はいなかった。
知っているのは噂で流れてきた話だけらしい。
わたしがお妃様レースに参加し、その場でクレアの武勇伝を見ていたことはもちろん知らない。
クレアの話を聞かせてくれた。
自分が幸せにしてあげるから結婚しなさいと言ったことが誇張されて伝わっている。
女の方からプロポーズするのはそれだけ衝撃的だったのだろう。
女の子たちはきゃあきゃあ盛り上がった。
来年は自分たちも出たいと目をきらきらさせる。
今年と違って、来年のレースは広場で行われ、平民の女の子が多く参加するレースになるという噂が広まっているそうだ。
参加費もぐっと安くなり、自分たちでも手が出そうだと語る。
「それは素敵ね」
わたしは相槌を打った。
女の子たちの話を話半分に聞いても、イベントは盛り上がりそうだ。
何より、彼女たちに明確な目標ができたのがいい。
参加費を貯める為、彼女たちは頑張っているそうだ。
その真剣な様子から察するに、意中の相手がいるのかもしれない。
そうでないにしても、目的がある方が人は頑張れるものだ。
(来年もイベントは盛り上がりそうですよ、ルイス様)
わたしは心の中で呼びかけた。
ちなみに、今年のレースが王子のお妃様を選ぶためだったことはすっかり彼女たちの意識からは抜け落ちているようだ。
女の子たちの関心は、自分で恋をゲットしたルティシアとクレアにだけ向いている。
権利を行使しただけのわたしにはたいして関心はないようだ。
もっとも、わたしがお妃様レースで優勝した本人であることには気づいていない。
自分の影は薄さが、その他大勢のわたしとしてはとても気楽で心地良かった。
無駄に注目されるより、関心を持たれない方がわたしは嬉しい。
採寸を終えてお針子たちが帰った後、ルイスがやって来た。
「どうなりました?」
問われる。
「とても有意義な時間だったわ」
わたしは満足な顔で答えた。
「?」
ルイスは訝しい顔をする。
「わたしはドレスの話を聞いたんですが」
困惑に眉をしかめた。
「ああ、それは。お任せしたからよくわからないわ」
わたしはあっさり答える。
たいして興味がなかった。
ルイスは呆れた顔でわたしを見る。
だがわたしにだって言い分はある。
わたしも最初からドレスに憧れがなかったわけではない。
一応女の子だから、最初にドレスを作って貰った時は興奮した。
だが、ドレスはたまに着るからいいのだ。
毎日着ていたら、ただ動き難いだけの服でしかない。
もっと動きやすい服が着たいと、前世の身軽な服が恋しかった。
「それより、お妃様レースの噂を聞いたの」
わたしは話題を変える。
ウキウキとお針子たちの話をした。
「何故、お針子たちとそんな親しく話をしているんですか?」
ルイスは不思議がる。
「わたしが話しかけたからに決まっているでしょう」
わたしは笑った。
彼女たちは賑やかだったが、さすがにわたしに話しかけたりはしなかった。
会話をするのは自分たちの中でだけで、わたしはちょっとそれが寂しい。
「そんなに気軽に話しかけるものではありません。あなたは王族になるんですよ」
ルイスに叱られた。
「王族だって話くらいするでしょ」
わたしは納得しない。
「人間には言葉があるんだから、使わないと勿体ないでしょう? 言葉を交わさなければ、分かり合えることもわかりあえないのよ。わかりあえないより、わかりあえるほうがいいでしょう?」
わたしの言葉に、ルイスはただ渋い顔をした。
わたしはそれをスルーする。
「それより、お妃様レースのことよ」
わたしは市井に流れている噂のことを話す。
クレアやルティシアがとても人気者になっていることを伝えた。
一生懸命話したのに、ルイスはたいして興味を示さない。
反応が乏しかった。
ただ、来年は自分たちも参加したいとお針子たちがお金を貯めている話には関心があるらしい。
わたし同様、来年のイベントの成功を確信したようだ。
「マリアンヌ様の評判はどうだったんですか?」
ルイスにはそうも聞かれる。
「わたし? わたしの話はたいして出なかったわ。権利を行使して王妃になる女にはあまり夢やロマンを感じないのではないかしら。目立ちたくないその他大勢のわたし的にはとてもいい感じよ。このまま目立たず、王宮の隅の方でひっそりと静かに穏やかな毎日を送ることが出来れば、何よりよね」
わたしはにこにこと自分の夢を語った。
「目立たず? 何を言っているんです」
ルイスは呆れた顔をする。
「今日、王の前で重臣たちとやりあうなんてあんな目立つことをしておきながら」
鼻で笑った。
「だってあれはポ……いえ、国王様が話を振るから仕方なく」
わたしは言い訳する。
うっかり、国王をポンポコと呼びそうになった。
「あの場で何も言わずに黙っていることはできなかったでしょう? たぶんきっと、国王様はわたしたちとマルクス様の間で口裏合わせが終わっていることもご存知だったんでしょうね。しらっとした顔で本当に狸ね。一体どうやって、情報を掴んでいるのかしら?」
わたしは首を傾げる。
「どうやって情報収集しているのかは私にも非常に興味があるところですが、それは別にして。重臣の一部に堂々と喧嘩を売ったマリアンヌ様に穏やかで静かな日常なんて訪れませんよ。目立たないというのも無理でしょうね。すでに十分、目立っています」
ルイスの言葉にわたしは青ざめた。
「薄々、喧嘩を売った気はしていたんだけど、やっぱり? もしかして、いろいろ危ない感じかしら?」
不安を口にする。
「とりあえず、明日からの授業は毒について学ぶことから始めましょう」
ルイスは答える代わりに、そう言った。
毒をもられる危険があると脅されています。^^;