謁見
実は三行ぐらいで流すつもりだった部分がこれです。
ルイスはそう時間がかからずに戻ってきた。
どこでどう誰と繋がっているのかわからないが、話し合いは終わったらしい。
「先ほどの方向で話は纏まりました」
そう告げられた。
「詳しい話はマリアンヌ様が王宮に入られてからということですが、口裏は合わせることになっています」
ルイスの言葉を聞いて、マルクスはわりと乗り気らしいと感じた。
ただ口裏を合わせるだけなら、詳しい話なんていらないだろう。
品種改良に興味がありそうだ。
「大丈夫そうですよ」
ラインハルトに言う。
「そうですね」
ラインハルトは苦笑した。
「何の話ですか?」
ルイスは不思議そうに問う。
「マルクス様が望まぬ品種改良に手を出さなければいけなくなることをラインハルト様は心配していたのです」
わたしは説明した。
ラインハルトはすこしばかりバツの悪い顔をする。
わたしはそんなラインハルトが可愛くて、にやにやしてしまった。
「さて、そろそろ時間です。王の間に伺いましょう」
ルイスに促され、わたしたちは部屋を出る。
王の間に向かった。
謁見といっても、決まったやりとりをするだけだ。
一週間後に結婚し、王宮で暮らし始めることの許可を貰う。
その後に結婚式を2ヵ月後に行うことを報告すれば終わりだ。
さして時間はかからない。
終わったら、わたしとルイスはそのまま帰ることになっていた。
一週間後に王宮に入るための準備がいろいろある。
ラインハルトの希望で、準備期間は最低限に抑えてあった。
やらなければいけないことはたくさんある。
わたしもルイスも忙しかった。
それがわかっているから、ラインハルトも引き止めるようなことは言わない。
一言でも口にすれば、誰のせいでこんなに忙しい思いをしているのだと、ルイスのお小言が始まるだろう。
準備が終わらなければ、結婚を先延ばしにすると脅されてもいるようだ。
(帰ったら仕立て屋さんが待っていて、ドレスのための採寸をすると言われたな)
わたしはこの後の予定を思い浮かべた。
やることが本当にたくさんあって、目が回る。
ルイスが日程を一日分しか教えてくれないのも怖かった。
全部聞いたら気が遠くなるから聞かない方がいいと言われてしまう。
(さくさくと予定を消化していこう)
そう心に誓ったのに、その目論見は早くも崩れた。
型どおりのやり取りで直ぐに終わるはずの謁見が、終わらない。
わたしとラインハルトの結婚や式に関する話は問題なく終わった。
だが、国王はマルクスの件を持ち出す。
わたしが唆し、マルクスを王宮から引き離そうとしているという噂になっていると、その真偽を問われた。
その場には主だった重臣が居並んでいる。
その中に噂を流した本人もいるだろう。
国王がその話題を持ち出した時、顔色が変わったのが何人かいた。
国王の耳に届くことは考えていても、国王がわたしを問い質すとは考えていなかったのかもしれない。
気まずく顔をしかめた。
しかしそれは一瞬で、逆にチャンスと捉えたらしい。
国王の問いかけは一見、わたしを責めているように聞こえた。
その実、わたしに公の場で言い訳する機会を与えてくれているのだが気づいていないらしい。
(ポンポコは本当に狸だな)
わたしは心の中で呟く。
ポンポコというあだ名が似合っている国王の顔を見た。
おそらく、わたしたちとマルクスの間で口裏合わせが終わっていることも掴んでいるのだろう。
情報伝達の速さにちょっと引いた。
わたしは与えられた機会を有効活用することにする。
国益のために尽力したいマルクスにわたしは協力するだけだと説明した。
マルクスの尽力については、誰も文句を言わない。
大義名分をつけて、作物を育てて暮らしたいだけなのだが、耳触りのいい言葉に騙されているようだ。
さすがマルクス様と持ち上げる声まで聞こえる。
(うんうん。いい調子、いい調子)
この流れで一気に押し切ろうと思った。
「わたしもマルクス様の国を思う心に感服したので、協力させていただきました」
マルクス様は凄いですよ~。
わたしはそれに協力しただけですよ~とアピールする。
だがそんなことでマルクス支持者が引いてくれるわけがない。
当然の突っ込みをされた。
「協力と言うが、有償で貸し出すと聞いている。本当に協力するつもりなら、無償で貸し出すべきではないのか?」
顔色が変わったうちの一人に問われた。
この人はたぶん、それほど偉くないだろう。
こういう質問は本当に偉い人はしないものだ。
「無償で貸した場合、マルクス様のご研究が成功した時にわたしにも土地の所有者として権利が発生してしまいますが、それでよろしいのでしょうか?」
わたしは逆に尋ねる。
相手は戸惑った顔をした。
「有償で貸した場合、そこで何を行おうと借りた方の自由です。そのための権利をお金で譲渡しているのですから。マルクス様の研究が後に莫大な利益を生むことになったとしても、土地を貸したわたしに権利はありません。しかし無償で貸した場合、そこはわたしの土地です。その土地で生まれた成果はわたしにも権利は発生してしまいます」
わたしは説明する。
「後々、面倒な問題が起こらないよう、あえて有償でお貸しすることにしたのですが、無償の方がよろしかったですか? ランスローは田舎なので、この辺りの土地に比べて地代はとても安いのです。マルクス様にはさして負担にはなっていないと思うのですが……」
小さく首を傾げる。
わたしの説明にはとりあえず筋が通っていた。
突こうと思えば穴はあるが、この場でばれなければ問題ない。
「それなら、ランスローでなくても良かろう。王宮から通えるようなもっと王都に近い土地で研究を行ってもらえばいい」
偉そうな男が発言した。
どうもこの人が親玉っぽい。
「王都の近くでは土地代は高いと思います。それを王子のポケットマネーで支払うのは難しいのではないでしょうか?」
わたしの言葉に、男は露骨にムッとした。
(しまった。喧嘩を売ってしまったらしい)
穏やかに話していたつもりだが、機嫌を損ねたらしい。
「金が足りないというなら、国のためなのだ。予算を組めばいいではないか」
その言葉に今度はわたしの方がいらっとした。
国の予算を何だと思っているのだろう。
勝手に使い道を決める権利は彼にはないはずだ。
そう思ったのはわたしだけではなかったらしい。
国王の眉がぴくりと動いた。
だがそのことに男は気づいていない。
わたしの方を向いていて、国王の顔が目に入っていないのだろう。
「国の予算は国民のために使われるお金です。マルクス様はそのお金を使って研究されることを望んでおられません。あくまで、自分の私財でできることをやろうとしておいでです」
わたしは説明した。
「それに、品種改良というのは10年20年と長い年月をかけて初めて成功するものです。そして長い年月をかけたからといって、必ず成功するとは限らないのです。その研究に国の予算を使うことは果たして、正しいことでしょうか? 違うと思うからマルクス様は自分の私財で研究することを希望しておいでなのだと思います。さすがマルクス様ですね。思慮深くて、感服します。そのマルクス様のお心を無にするのはいががでしょう?」
わたしはマルクスを持ち上げた。
仲良しアピールは出来るときにするべきだ。
重臣たちは私がマルクスを誉めまくるので戸惑っている。
反論出来ない男は黙った。
(勝った)
心の中でわたしはガッツポーズする。
だが、勝ちすぎてはいけない。
わたしはさらに続けた。
「でも、選ぶのはマルクス様です。ランスロー以外にも研究に相応しい土地があるでしょう。協力したいと、申し出る他領もあるかもしれません。他に候補があるなら、経費なども含めて算出し、マルクス様に選んでいただくのはいかがでしょう?」
国王に提案した。
「ふむ」
国王は頷く。
「まず、マルクスの話を聞こう」
そう言った。
さっそくマルクスが呼ばれる。
一連の話の流れを説明されて、マルクスは驚いた。
「私がランスローを気に入り、我侭を言ったのです。マリアンヌはそれに協力してくれただけです。そんな噂になっているなんて、知りませんでした。いったい誰がそんな嘘を流したのでしょう?」
マルクスは一人の男を見た。
国の予算を使えと言った男だ。
やはり彼が親玉らしい。
「ランスローは私にとって、とても良い条件が揃った土地なのです。他の土地で研究をするつもりはありません。まして、国の予算を使うなんてありえません。私は私の私財で自由に研究したいのです。誰の援助も受けるつもりはないし、必要もありません。私は国王になるつもりはありませんが、王族として、自分の研究を国や民に捧げるつもりです」
しれっと国王にならない宣言をかました。
マルクスは物静かで押しに弱そうに見えるが、こういう強かなあたりはやはり王族だと感じる。
睨まれた男は渋い顔をした。
「マリアンヌ。迷惑をかけてすまない」
みんなの前で、あえてマルクスはわたしに謝罪する。
そんなことするとは思わなかったので、わたしも戸惑った。
「いいえ。マルクス様や国のためにお役に立てるなら、これからも協力させていただきたいと思います」
今後煩く言われることがないよう、重臣たちに釘をさしておく。
(それでもいろいろ言われるんでしょうね)
わたしは心の中でぼやいた。
わたしの隣で黙ってわたしと重臣たちのやり取りを聞いていたラインハルトは満足そうな顔をする。
「さて、わたしの妻へのあらぬ疑いは晴れたでしょうか?」
国王に問うた。
「疑いはもちろん晴れた。だが、マリアンヌはまだ妻ではない。そなたの妻になるのは一週間後だ。それを忘れないように」
国王はラインハルトに浮かれないように注意を促す。
「わかっております」
ラインハルトは頷いた。
ラインハルトはマリアンヌが困ったら助けるつもりでいました。
でも必要無かったから傍観していました。
国王様は情報を掴んだ上であえて振っています。




