教育
お妃様教育が始まります
次の日からルイスのスパルタ教育が始まった。
昨日の宣言どおり、最初は薬学だ。
毒の種類と特性を教えてくれる。
当たり前だが、この世界の毒は自然毒だ。
青酸カリなどの化学薬品はない。
植物の根や葉、毒キノコ、河豚などの毒がある生き物から採取したりといろんな方法で集めることが出来る。
その最大の特徴は、死に至るまで多少の時間的猶予があることだろう。
つまり、対処が早ければ助かる可能性がある。
ルイスがわたしに毒について教えようとする理由はそこにあるようだ。
自分の命は自分で守れというのは、とても合理的だとわたしも思う。
ルイスは様々な毒の対処法を教えてくれた。
わたしはノートにそれをメモしていく。
勉強は嫌いではなかった。
新しいことを知るのは楽しい。
それが自分の命を守るためならなおさらだ。
「なかなか奥が深いのね、毒の世界って。毒と薬は元は同じものですものね」
わたしの呟きに、ルイスは驚いた顔をする。
「どこでそんな話を?」
問われた。
「どこでって……」
わたしは言葉に詰まる。
TVドラマからですなんて言えなかった。
わたしはわりとミーハーな人間だ。
医療ドラマや刑事ドラマはとりあえず見る。
おかげでざっくりとした医療知識なら豊富だ。
ざっくりしすぎていて、ほとんど役には立たないけれど。
(来世で王子様に嫁ぐような人生が待っていると知っていたら、医学とか学んでおいたのに)
後悔は後から悔いるから後悔というんだなとしみじみ思った。
「本か何かで読んだのだと思うけど、よく覚えていません」
首を横に振る。
誤魔化した。
「まあ、いいでしょう。さっきマリアンヌ様が言ったとおり、毒というものは毒にも薬にもなります。なので比較的入手が容易い毒もあります」
本来は薬として流通しているが、毒として使用することもできると言いたいようだ。
国王との謁見も終わって結婚が正式に決まったからか、ルイスはわたしに様をつけて呼ぶ。
王子の妃として扱い始めた。
「これ、全部覚えるのは大変ね」
数が多すぎて、さすがにうんざりする。
世の中は毒だらけではないかと思った。
「覚えておくのは、これとこれとこれと、それからこれくらいで大丈夫ですよ。よく使われるのはこれらです」
ルイスはわたしのメモを見て、毒のいくつかに丸をつける。
「よく使われているって……」
わたしは苦笑した。
そんなしょっちゅう使われていたら駄目でしょうと心の中で突っ込む。
「素朴な疑問があるんだけど、聞いてもいい?」
ルイスに問いかけた。
「どうぞ」
ルイスは頷く。
「ラインハルト様は普段から、こんな風に命の危険にさらされながら生きているの?」
わたしはラインハルトを心配した。
毒殺される危険を感じながら生きるなんて辛すぎる。
「いいえ」
ルイスは否定した。
「王族の方々は基本的に命を狙われることはありません」
言い切る。
「何故ですか?」
わたしは首を傾げた。
正直、わたしを狙うよりラインハルトを直接狙った方が確実だろう。
婚約者や妃は、言い方は悪いが替えがきく。
わたしが死んでも、ラインハルトは他の誰かと結婚し、男子を儲ける可能性があった。
そうなったら、わたしを殺しても意味がない。
わたしが暗殺者なら、ラインハルトを狙うだろう。
「王族殺しは重罪です。徹底した調査が行われ、犯人は必ず見つけられます。そして本人だけではなく一族郎党すべてが処罰されるのです。もしもラインハルト様に何かあったら、国王は第一王妃・第二王妃の親族や支持者を全て処分することを厭わないでしょう。そしてそれは事前に王妃たちに伝えてあるのです」
人の良さそうな顔をして、食えない国王の顔をわたしは思い浮かべた。
(あのポンポコ、そこまでするのか)
納得できるところがある。
穏やかな顔で目だけ全然笑っていないのは今日も見た。
「ですから、ラインハルト様の命が狙われることはありません。もちろん、他の王族の方も安全です。危険なのは、マリアンヌ様だけです。挙式が終わるまで貴女は正式には王族ではないのです」
ルイスの発言はなかなかの衝撃をわたしに与えた。
「つまり、結婚式でわたしが王族としてお披露目されるまでの二ヶ月が、命を狙うチャンスってこと? 二ヶ月間、わたしはずっと命の危険に怯え続けなければいけないの?」
わたしはうんざりする。
二ヶ月は決して、短い期間ではない。
「いいえ」
ルイスはまたしても否定した。
「二ヶ月待たずに正式に王族として認められる手段があります」
そんなことを言う。
「……」
わたしは嫌な予感を覚えた。
「念のため聞くけど、どんな手段かしら?」
尋ねる。
「簡単ですよ。王子の子供を身篭ればいいのです。ラインハルト様のお子を身篭った場合、マリアンヌ様の命を狙うということは王族であるそのお子様を狙うことに等しくなります。お子様を身篭った時点で、マリアンヌ様は正式に王族と認められ、王家の一員になるのです。その命を狙うことは一族郎党全ての命を危険にさらすことになると、暗殺者ももちろん知っています」
淡々と語るルイスにわたしはちょっと引いた。
(うん、まあ。予想通りではあるんだけど)
苦く笑う。
「我が身の安全のためにも、毎日励んでください」
爽やかな顔でルイスはセクハラ発言をかました。
もちろん、こちらの世界にセクハラなんて概念はない。
「……頑張ります」
わたしは苦笑いで頷いた。
まあそれほどたいしたことは習いませんが。




