膝まくら
終わるのか不安になってきました^^;
ラインハルトは自分を歓迎して開かれたパーティでひたすらマリアンヌの自慢話を続けた。
ランスロー領近辺の貴族ばかりが集まっているというのに、ほとんど誰もマリアンヌのことを知らない。
弟が生まれて以来、マリアンヌが貴族の集まりに顔を出すことはないようだ。
誰の手もついていないという事実は、ラインハルトをかなり上機嫌にさせる。
姉とは逆に弟のシエルの方は有名だ。
最近、ぽつぽつと貴族の集まりに顔を出しているらしい。
母親似だというその容貌はかなり目を引くようだ。
その姉ならさぞかし美人なのでしょうねとマリアンヌを誉められる。
それが本気なのか嫌味なのかは微妙なところだろう
だがそんなこと、ラインハルトにはどうでも良かった。
誰も本人を知らないのをいいことに、好き勝手に誉め千切る。
ルイスは隣でその話を聞きながら、何度も心の中で冷や汗を流した。
それは盛りすぎです――と突っ込みたくなる。
だがラインハルトの機嫌に水をさすような真似はもちろん、しない。
貴族のパーティなんて尤も嫌いなものに機嫌よく参加してくれるだけで、他のことにはすべて目を瞑ろうと決めていた。
招待主の求めに応じてそのまま一晩屋敷に留まり、翌朝、朝食を取るとすぐに出発する。
娘に案内させるので観光をという申し出を、ラインハルトは笑顔で断った。
婚約者に寂しい思いをさせるわけにはいかないので、直ぐにでも帰らなければならないと惚気てみせる。
相手の顔は引きつっていた。
あわよくば娘を……という目論見は潰える。
男爵の娘か妃になれるなら家の娘もと思ったのだろうが、良くも悪くも貴族然とした淑女の彼女にラインハルトは1ミリの興味も抱かなかった。
却って、マリアンヌが恋しくなる。
ラインハルトは颯爽と馬車に乗り込み、帰路についた。
マリアンヌが待つ家に帰るという事実に浮かれる。
本当に機嫌が良かった。
昼前に到着した自分たちを出迎えてくれたマリアンヌから、マルクスが領内に別荘と畑を持つことを聞くまでは。
ラインハルトが帰ってくる時間に合わせて、わたしは畑から戻った。
午後からはアークも入れてみんなで話し合うことになっている。
その前に私は作業小屋の整理をしたり、放置している空き地の草をある程度刈ったり、自分の土地の見栄えを整えた。
どうせ売ったり貸したりするならその価値を少しでも高める企業努力はするべきだと思う。
だがこの世界の人はどうもそういうところが大雑把だ。
もっとも、過剰にちゃんとしている日本人の感覚で物事を見るのは間違いかもしれない。
前世でも、日本はちゃんとしていたが、海外のほとんどの国はいい加減だった。
約束の時間に来ないとか、日本人には信じられないことを当たり前な顔でする。
それはもうそういうものなのだと諦めるしかないが、相手には期待しなくても自分がする分にはかまわないだろう。
午後の商談に向け、わたしは自分なりに準備をした。
ルイスが知らせてくれた帰宅予定時間に合わせて家に向かっていると、馬車に追い越される。
出迎えるわたしの方がラインハルトより後になってしまった。
わたしは遅れていないので、馬車が早かったのだろう。
「お帰りなさいませ、ラインハルト様」
馬車から降りるところに駆けつけ、声をかけた。
ラインハルトはわたしを見て、嬉しそうに微笑む。
だいぶ機嫌がいいようだ。
作り笑顔ではない本気の笑顔を向けられる。
「パーティは楽しかったようですね。何よりです」
心からそう思って言うと、ラインハルトはにこやかに頷いた。
「ああ。大変有意義であった」
意味深な顔をする。
わたしは心の中でわーっと声をあげた。
(何故だろう。嫌な予感しかしない)
ラインハルトが意味深な顔をする理由を考えてみたが、何も思い当たらない。
(よし、考えるのは止めよう。どうせ、この辺りの社交界なんてわたしには関係ない)
呼ばれることも出席するつもりも無いのだから、何をどう噂されていても構わないと開き直ることにした。
スルースキルが大切なことをわたしは知っている。
全ての人間に好かれる人物なんて存在しないだろう。
わたしを好きな人がいるなら、嫌いな人がいるのも当然だ。
逆もまた真なりとはこういうことだろう。
真実にはいつも二つの顔があり、それはきっと正反対を向いている。
「良かったですね」
わたしは軽く流すことにした。
「もう直ぐお昼ですが、馬車に揺られてお疲れでしょう? お茶にでもしますか?」
ラインハルトと一緒に家に入りながら、聞く。
「いや、もう直ぐ昼食ならよしておこう。その代わり、昼食の時間まで私の相手をしてくれないか?」
手を繋がれ、強請られた。
相変わらず恋人つなぎが好きなようで、人前でも指を絡めてくる。
かなり照れくさいが、いちいちそれに反応していたら身が持たないことに気づいた。
19歳の王子はお子ちゃまで、甘えたなんだと割り切ることにする。
「いいですよ」
わたしは頷いた。
「どこでお話します? 居間でいいですか?」
問いかけると、首を横に振られる。
「わたしの部屋で」
にこやかに返された。
わたしはちらりとルイスを振り返る。
もちろん、渋い顔をしていた。
「いいですよ。ルイス様と一緒の部屋ですものね」
暗に二人きりでないことを強調する。
ラインハルトは一瞬、虚を突かれた顔をした。
「ああ、そうだったな」
頷く。
ルイスはほっと安堵を顔に浮かべた。
そのまま真っ直ぐラインハルトか使っている客間にわたし達は入る。
ソファはルイスが使っているからと、ラインハルトはわたしをベッドに座らそうとした。
「……」
反論し難い言い分に、わたしは大人しくベッドに腰掛ける。
疲れたとぼやくラインハルトは膝枕をせがんできた。
わたし的にはそれくらいは許容範囲だが、ルイスはやはり渋い顔をしている。
「ルイス様を説得できたら、して差し上げます」
わたしはルイスに丸投げした。
後からお小言を言われるのは面倒だ。
だが最初から判断を仰げば、その心配はない。
(お好きにどうぞ。勝手に決めてください)
心の中でルイスに囁いた。
「ルイス」
ラインハルトはルイスを呼ぶ。
「駄目ですよ。そういう気の緩みがずるずると自制心を堕落させるのです。結婚式の前に妊娠するような事態になったら、どうなさるおつもりですか?」
ルイスは諌めた。
(そんな大袈裟な)
わたしは心の中で突っ込む。
膝枕で妊娠はしない。
ルイスの言いたいことはわかるが、飛躍しすぎだと思った。
「結婚前に妊娠? そんなの、父上が喜ぶだけだろう」
ラインハルトは当たり前のように言う。
「はははっ」
思わず、わたしは噴出した。
確かにそうだ。
わたしがラインハルトの子を身篭ったと知ったら、あの国王なら諌めるどころか歓喜のあまり祝いの宴を開くだろう。
小躍りする姿が容易に目に浮かんだ。
「ルイス様の負けですね。いいですよ。膝枕、して差し上げます」
ポンポンと膝を叩くと、さっそくラインハルトか頭を乗せてきた。
ベッドに横たわる。
わたしはそっとラインハルトの髪を撫でた。
膝枕なんて、シエルが小さな頃にしてあげて以来だ。
あの時はなかなか昼寝してくれないシエルを寝かしつけるためにした。
懐かしさに、笑みがこぼれる。
「どうした?」
気づいたラインハルトに問われた。
「ちょっと昔のことを思い出しただけです」
わたしが答えると、その話を聞きたがる。
シエルが子供の頃にお昼寝させるために膝枕してあげていたことを話した。
「お前たち姉弟は本当に仲が良いのだな」
不満な顔をされる。
「仲良きことは美しきことでしょ?」
わたしは笑った。
「……まあ、な」
言葉とは裏腹にラインハルトは納得していない。
髪を撫でていたわたしの手を掴むと、自分の口元に持っていった。
チュッとキスをする。
(まあ、それくらいならいいか)
放っておくと、エスカレートした。
指を舐められて、さすがに不味いと思って手を取り返す。
メッとラインハルトを睨んだ。
ラインハルトはくすくす笑う。
やはり機嫌はいいようだ。
「ところで、さっきはどこに出かけていたんだ?」
問われたので、畑にいたことを話す。
「こんな時間まで珍しいな」
その言葉に、午後からみんなで畑に行くことを教えた。
マルクスに貸す予定であることを話す。
「はあ?」
ラインハルトは身を起こした。
とても驚く。
信じられないという顔でわたしを見た。
「たった一日留守にしただけで、何故そんな話に……」
詳しい状況説明を求められる。
予想以上にラインハルトが戸惑っているので、わたしはどぎまぎした。
「そんなに不味いですか?」
尋ねる。
「いや、不味いわけではないが……。自分が一晩留守にしている間にそんな話が纏まっているとは、普通、思わないだろう?」
問われて、それもそうかとわたしは納得した。
「よくまあ、次から次へと考えつくものだ」
ラインハルトはため息をつく。
まるでわたしが悪いような言い方をした。
それはとても心外で、わたしは口を尖らす。
「わたしのせいではありませんよ。望んだのは、マルクス様です。わたしはただ、マルクス様の望みを叶え、父の苦労を軽減させようとしただけですから」
わたしの説明に、ラインハルトはわかっていない顔をした。
「マルクス様もラインハルト様もわかっていらっしゃらないようですが、この辺の農民にとって、家や畑は唯一の財産なんです。それを簡単に手放す農民はいません。領主の父であっても、簡単に家や畑を手配できるわけではないのです。ですからわたしが誰も迷惑を被らない形の提案をしたんですよ」
みんなにとって一番いい形を模索した結果を悪く言われるのは納得出来ない。
「そうか。それは私が悪かった」
ラインハルトは自分の失言を謝罪した。
反省した顔をする。
可愛い子にそんな顔をされると、わたしは弱かった。
「わかってもらえれば、いいのです。それに、これは我が家にとっても都合がいい話なので」
小さく微笑む。
「わたしがいなくなっても、アルフレットと一緒にルークやユーリが来てくれたら、父も寂しくないでしょう?」
わたしの言葉に、ラインハルトは少し気まずい顔をした。
自分がわたしをこの家から奪っていくことを思い出したらしい。
「そうだな」
小さく頷いた。
予定では後一つで五章が終わるはずだったのですが。
終わる…かな?




