縁(えにし)
第五章はここまでです。
昼食の後、わたしたちは畑に向かった。
マルクスにアルフレットが付き添う。
わたしと父に何故かラインハルトがついてきた。
当然、ラインハルトにはルイスが付き添う。
ルークとユーリは留守番で、二人の面倒をシエルが見てくれた。
最近のシエルはすっかり二人のお兄ちゃんになっている。
子供だと思っていたシエルの成長を感じ、わたしはうるうるしてしまった。
そんなわたしにシエルの方が困惑する。
恥ずかしそうな顔をした。
アークとは畑で直接、待ち合わせをする。
わたしはマルクスに畑と小屋を見せ、家を建てることが可能な空き地に案内した。
午前中に草刈しておいたので、見た感じさっぱりしている。
広さは十分なようで、マルクスはこの土地でいいと承諾した。
だが畑はやはりもう少し広く欲しいらしい。
そのことは後日、父がジェームスおじいさんたちと相談することになった。
話し合いは父に一任し、アークが不味い立場になることがないようにとだけ頼まれる。
無理なら無理で構わないという寛大な依頼を受けた。
アークとマルクス、それにアルフレットは今後のことや家のことなどを相談したいと畑に残る。
わたし達は先に家に戻ることにした。
歩きながら、そろそろ結婚について相談したいとルイスに持ちかけられる。
そもそも、その話のためにラインハルトたちはわたしを追いかけてきたはずだ。
わたしもいつそういう話が出るのだろうと待っていたところがある。
でも、こちらからはなんとなく聞きにくかった。
ルイスが言い出してくれてほっとする。
父の書斎で父と共に話を聞く約束をした。
(ばたばたしていたから、そういう話をする時間がなかったんだよね)
そんなことを考え、ラインハルトたちがたくさん引き連れてきたせいだなと笑った。
追いかけてくるとも思わなかったが、こんなに大勢で来るのも想定外だ。
だが、そのおかげでいいことがあった。
アークの今後の生活の目処がつく。
全く心配はないとは言えないが、マルクスがアークを気に入っているようなので大丈夫だろう。
不安があるとしたら、アークの結婚問題だ。
マルクスが気に入る相手でないと、結婚は難しいだろう。
マルクスの家に一緒に住むことになるからだ。
だが女性を毛嫌いしているマルクスが気に入る相手を見つけるのは簡単なことではない。
だがその話をわたしからするのは躊躇われた。
自分にプロポーズしてくれた相手の結婚を心配するほど、失礼なことはないだろう。
自分が口を出すべきことではないのは十分にわかっていた。
そもそも、結婚の話くらい頼まれてもいないのに余計なお節介を焼かれて迷惑なことはない。
アークのことはアークが自分で考えるから、私は口を挟まないと決めた。
縁があれば、出会えるだろう。
マルクスの側近としてアルフレットがついてきてくれたのは、我が家にとっての幸運だ。
ルークとユーリを連れてきてくれたおかげで、父は楽しそうにしている。
娘の結婚話なんて、父親にとっては嬉しいだけではない話題だ。
父が楽しそうにしていられるのは、二人が父に懐いて甘えてくれるからだ。
今朝はとうとう、二人から『じいじ』と呼ばれていた。
実の祖父もそんな呼び方をしたことがないらしく、アルフレットの方が驚く。
もしかしたら子供は子供なりに気を遣っているのかもしれない。
シエルが子供の面倒をまめに見るのもちょっと意外だ。
小さな子供と接することがないシエルはどちらかといえば子供を苦手にしているように感じる。
わたしが子供好きで小さな子を見ると構いたくなるせいか、子供を見ると私の手を引いて避けていた。
ルークやユーリとあんなに仲良くなるなんて予想もしていない。
もしかしたら、ユーリが男爵家を継いでくれるかも知れないのも嬉しかった。
今後状況が変わることは十分ありえるので、本当に継いでくれるのかはわからない。
それでも、そういう話が従兄弟と出来る関係にあることも嬉しかった。
(ラインハルトたちがたくさん引き連れて来てくれたおかげで、いろいろ上手くいっているのかも)
これも人の縁かと、しみじみ思った。
父の書斎で、わたしと父は並んで座った。
向かい側にラインハルトとルイスが座る。
実はラインハルトは同席しないのだと、わたしは勝手に思い込んでいた。
相談するのが結婚式の話とか、結婚後の二人の生活についてなら、ラインハルトが同席するのは当たり前だろう。
だが、ルイスが相談したいのはわたしの嫁入りについての話のはずだ。
嫁入り道具が云々とかの話に、迎え入れる側のラインハルトは関係ない。
「ラインハルト様も同席するんですか?」
戸惑った顔でわたしは尋ねた。
「私がいると邪魔ですか?」
ラインハルトに聞き返される。
「邪魔というわけではないのですが、嫁入り道具とかの話だと思っていたので」
わたしは苦笑した。
「そういう話の時に私がいない方がいいなら、席を外しましょう。だが、私はまだランスロー男爵に結婚の許可を頂いていないので」
その言葉に、わたしだけでなく父も驚く。
(そんな許可、取るつもりあったんですね!)
わたしは心の中で叫んだ。
その割にはずいぶんいろいろと手を出されているなとも思う。
ラインハルトの隣で、ルイスが一瞬、驚いた顔をしたのも見逃さなかった。
ルイスも知らなかったらしい。
「許可と言われましても。お妃様レースに参加させると決めた時から、覚悟はしていましたので。まあ、まさか本当に王子に娶っていただくことになるとは思いませんでしたが」
父は苦笑した。
(それは誰も思っていないよね)
わたしはうんうんと心の中で頷く。
「今さらですが、本当にうちの娘でよろしいんですか?」
父は心配そうに尋ねた。
わたしが後から辛い思いをしないよう、確認する。
「私はマリアンヌだから妃にするのです。他の令嬢なら娶りませんでした」
ラインハルトの視線がわたしを見た。
わたしは急に恥ずかしくなる。
下を向いてしまった。
頬が熱い。
自分が赤い顔をしているのがわかる。
「どうか、マリアンヌを私にください。必ず、幸せにしますから」
ラインハルトは父に約束した。
「……」
父は黙り込む。
不自然な沈黙が流れた。
直ぐに父は返事をすると思っていたわたしは戸惑う。
父は口を噤んでじっとしていた。
ラインハルトは不安な顔をする。
わたしも心配になった。
父が何を考えているのかわからない。
反対するつもりがないことは知っていた。
わたしが嫁ぐことはもう覚悟している。
でもだからこそ、黙す理由がわからなかった。
「何があっても、娘を守ってくださいますか?」
長い沈黙の後、父は尋ねる。
「もちろんです」
ようやく口を開いた父に、ラインハルトは安堵した。
大きく頷く。
「そうですか。でもたぶん、そういう手助けは不要です。娘は一人で、自分の足でちゃんと立つ子ですから」
父はわたしを見た。
小さく笑う。
「私の娘は賢い子です。子供の頃から親にさえ気を遣う子でした。自分のことより人のことを考えてしまう悪い癖があって、自分のことは何でも後回しにしてしまいます。自分は何があっても大丈夫だという根拠のない自信を持っているのです。そして事実、何があっても自力で乗り越えてきました。私が親として娘にしてやれたことは何もありません。娘は誰かに守られるより、誰かを守ることで力を発揮するようです」
父の言葉に、ラインハルトも笑った。
「知っています。そういうところに惹かれました」
大きく頷く。
過剰に誉められて、わたしは居たたまれない気分になった。
(これが誉め殺しというやつか)
心の中でぼやく。
「でもだからこそ、私は心配なのです。頭の回転が速く、いろんなことに気がつくのに、自分のことには無頓着です。誰かを助けるために自分が傷つくことを仕方がないと流してしまうのです。ですが、それが仕方ないことでなどあるわけがありません。傷つけば痛いのは娘だって同じです。苦しい思いも辛い思いも人より深く感じてしまうのです」
わたしは父の言葉に泣きそうになった。
そんな風に思っていてくれたなんて少しも気づかなかった。
(わたしは本当に、周りが見えているつもりで自分のことは何も見えていなかった)
涙が出そうになるのを堪える。
「娘を愛し、大切に思ってくださるなら。どうか娘に伝え続けてください。マリアンヌが傷つけば、自分が苦しいことを。マリアンヌが傷つくことを悲しむ人間がいることを。娘は頑固で自分の信念は曲げない子です。口では納得しても、心が納得しない困った子なのです。娘に自分を大切にしろと言っても、無駄です。そんなこと、直ぐに忘れて突っ走ってしまうのですから。ですから、自分が苦しいことを伝えてください。その方が娘には効果があるでしょう」
父の言葉をラインハルトは真摯な態度で聞いていた。
「はい、必ず。伝え続けます」
約束する。
わたしは我慢できなくって、立ち上がった。
「お茶、入れてきます」
書斎を逃げ出す。
部屋のドアを閉めて、そのまま近くの壁に寄りかかった。
涙が溢れて止まらない。
必死に止めようとするのに、どうしても無理だった。
声を堪えるのが精一杯で、肩が震える。
そんなわたしを追いかけてきたのは、ラインハルトだった。
見られたくなくて逃げようとするわたしの手首を掴んで、引き寄せる。
何も言わずに、腕の中に抱きしめた。
わたしの顔を自分の胸に押し付ける。
「大丈夫。何も見えない」
囁かれた。
わたしはラインハルトの背中に手を回す。
自分から抱きついた。
ラインハルトの手が優しくわたしの背中を撫でてくれる。
わたしは愛されていることを疑ったことはない。
父も母もわたしをとても大切にしてくれた。
だがわたしの中にある前世の記憶が、二人に無邪気に甘えることを邪魔する。
前世の自分より若い両親に甘えることに遠慮があった。
そんなわたしを父は丸ごと全部受け止めていてくれたらしい。
それをこのタイミングで、こんな形で知らせるなんて、ずるいと恨めしく思う。
「わたし、幸せにならなくちゃ」
ようやく涙が止まって、わたしは呟いた。
わたしの幸せを誰よりも願ってくれる父のために。
「そうですね。一緒に、幸せになりましょう」
ラインハルトは頷く。
わたしの顔をラインハルトの手が掴んだ。
上を向かせようとする。
「何ですか?」
わたしは嫌がった。
「キスしたいから、上を向いてください」
耳元に囁かれる。
「不細工な顔をしているので、駄目です」
わたしは断った。
きっとまぶたが腫れて、目が赤くなっている。
そんな顔、見られたくなかった。
「じゃあ、見ません。目を閉じているので、自分からキスしてくれますか?」
ラインハルトは譲歩する。
「それなら、まあ……」
わたしは頷いた。
「では、お願いします」
そんな囁きが聞こえて、私は上を見る。
ラインハルトは俯いて、本当に目を閉じていた。
(意外と律儀)
わたしはそう思いながら、そっとラインハルトの頬に手を触れる。
自分から唇を合わせた。
わたしの口の中に、ラインハルトの舌が入ってくる。
舌を絡め取られた。
「んっ」
小さな声が洩れる。
ラインハルトはなかなかキスを止めてくれなかった。
「はあ……」
ようやく唇が離れると、わたしは息を吐く。
「毎回、長くないですか?」
文句を言った。
「愛しさが溢れて、つい」
ラインハルトは笑う。
ちょっと照れた顔をしていた。
「こんなに大切に愛された令嬢を妃に出来るなんて、私は何て幸せな男なのだろう」
わたしの目を真っ直ぐに見て、そんなことを言う。
(泣かせにこないでよ)
わたしは心の中で文句を言った。
「ただのいき遅れの男爵令嬢に大袈裟ですよ」
軽口で誤魔化そうとする。
だが、ラインハルトは怯まなかった。
「それは私と出会うのを待っていてくれたのでしょう? こういうのを縁というんです。マリアンヌが16歳で結婚を決めていたら、私とは出会えていない」
その一言に、わたしは計算してしまった。
わたしが16歳の時、ラインハルトは7歳だ。
(おおっ)
さすがに戦く。
「確かに、縁は感じます」
そうでなければ、出会うなんてありえないだろう。
「待っていてくれて、ありがとう」
礼を言われて、笑ってしまった。
「どういたしまして」
ふざけて返すと、ぎゅっと抱きしめられる。
「人が来る前に、放してください」
わたしは頼んだ。
けれど、ラインハルトは放してくれない。
結局、戻ってこないラインハルトを探しにルイスが書斎から出てくるまで、わたしは抱きしめられていた。
第二部では本当はマリアンヌが王都に戻るまでを書くつもりでした。
全然、戻れていない。
というわけで、次の第三部との間に書き損ねている話を書く閑話を挟みます。
ちなみに三部のタイトルは『その他大勢のわたしの平穏無事じゃないかもしれない後宮生活』になる予定です。




