閑話:ホーム
マルクスは自分の居場所が欲しいのだと思います。
マルクスは物心ついた時、自分が面倒な立場にいることを漠然と察した。
母は兄である第一王子より息子を優秀な王子に育てることに必死で、何かと干渉してくる。
そんな母がマルクスは煩わしくてならなかった。
だが、逃げる術などない。
のらりくらりとかわしても、母の干渉は年々ひどくなる一方だ。
半分諦めかけた頃、第三王子あるラインハルトが生まれる。
すでに王子は二人いるのに、父王の喜びようは凄かった。
まるで初めての王子が生まれたかのように祝う。
誰の目にも溺愛ぶりは明らかだ。
マルクスは自分も第一王子である兄も代用品に過ぎなかったことを悟る。
そのことにショックを受けたのは、王子たちより第一王妃と第二王妃だった。
彼女たちは自分の息子こそが次の王だと競ってきた。
だが第三王子が生まれて、その可能性が潰えたことを知る。
国王は跡継ぎを第三王子にすると明言して憚らなかった。
後から思えば、それは父王の自分たちへの愛情だったのかもしれない。
それれぞれの母親によって、息子たちが無駄に競わされることに父王はずっといい顔をしていなかった。
だが目の前のことしか見えなくなっていた王妃たちはそのことに気づかない。
第三王子を次期王にすると宣言することで、国王は王妃たちの無駄な争いに楔を刺した。
事実、それ以降、王妃たちが息子を競わせることはなくなる。
息子を国王にする夢を断たれた母は消沈した。
正直、マルクスはほっとする。
自分を救ってくれたラインハルトに感謝した。
そんな弟の顔をマルクスは見たくなる。
実は母よりも第三王妃の方にマルクスは懐いていた。
気が強い母とは違い、第三王妃は昔から優しい。
母の干渉から逃げる場所がなくなると、マルクスは第三王妃のところに避難した。
第三王妃はマルクスのことを母から上手に隠してくれる。
ラインハルトに会いに来たことを告げると、第三王妃は生まれたばかりの弟を見せてくれた。
ラインハルトは可愛い赤ん坊だった。
そっと触れると、にこっと微笑む。
マルクスの指をぎゅっと握ってくれた。
そんな弟にマルクスはメロメロになる。
何に対しても冷めていたマルクスは初めて胸が熱くなるのを感じた。
弟として可愛がって欲しいと頼まれ、自分が守ることを第三王妃に約束する。
あまり丈夫ではなかった第三王妃は、それほど長生きはせずに亡くなってしまった。
だが亡くなった後もその約束はマルクスの中で生き続けている。
マルクスは自分が持っているものは何でもラインハルトに譲るつもりでいた。
ラインハルトが望むなら、何でもしてあげたい。
だが弟は優秀で、マルクスが手を貸す必要などなかった。
行き場がないマルクスの愛情は草花に向けられる。
植物を育てる楽しさを教えてくれたのは父王だ。
ある朝こっそりとマルクスの部屋に来る。
夜が明けたばかりの時間に、父王に連れられてマルクスは庭に出た。
父王と一緒に庭の手入れをする。
植物は掛けた愛情にそのまま応えてくれる。
手を掛ければかけただけ、綺麗な花を咲かせた。
それが嬉しくて、マルクスは庭の手入れに嵌まる。
庭師のような格好で、庭師と一緒に草花を育てるようなった。
そんな息子に母はいい顔をしなかったが、何も言わない。
今さら息子が何をしても王位を継ぐ可能性は無いことを知って、息子への興味も失くしたようだ。
これ幸いと、マルクスは庭の手入れに精を出す。
そんなマルクスだったが、年頃になれば結婚しないわけにはいかなくなった。
母が急に、乗り気で妃を探し始める。
母の実家が勧めてきた令嬢を母の意向に従って娶った。
相手に興味はなかったが、それでも上手くやっていこうとは思う。
揉めるのは好きではなかった。
だが残念なことに、娶った妃は母に似た性格をしていた。
直ぐに気が合わないことはわかったが、子供が出来るまでは我慢する。
幸い、妃は直ぐに妊娠した。
そしてそれ以降、マルクスは妃のところへ足を運ぶのをぱったりと止める。
息子が生まれた時はさすがに顔を見に行ったが、息子の養育を乳母に任せることが決まってからは、息子には会いに行っても妃の顔を見ることはなかった。
そんな夫には妃の方も早々に愛想が尽きたらしい。
息子が一歳になる前に、実家に帰ったままほとんど戻ってこなくなった。
別れて欲しいと言われて了承したが、そのタイミングはこちらに任せて欲しいとも言われる。
夫婦が上手くいかなかった責任を感じているので、マルクスは全面的に妃の条件を飲むつもりでいた。
息子を産んでくれたことには感謝している。
妃が実家に戻った後、マルクスは息子と暮らすようになった。
妃には何の未練もないが、息子は可愛い。
本当はランスローにも連れて来たかった。
だが急な話だったので、警備が整わないので無理だと周りに反対されてしまう。
仕方なく、息子は置いてきた。
しかしルークやユーリを見ていると、連れて来ても大丈夫だったのではないかと思ってしまう。
アルフレットとシエルが二人で子供たちの面倒を見ている姿はとても微笑ましかった。
シエルが綺麗な顔立ちをしているせいか、遠目では夫婦のように見える。
4人は家族のようだ。
マルクスは羨ましい。
「息子も連れて来たかった」
アークに野菜の育て方や肥料の話などをいろいろ聞きながら、ちらりとアルフレットたちの方を見て、マルクスは呟いた。
「息子さんがいるんですか?」
アークは優しい笑みを浮かべながら、聞いてくる。
「ああ。とても可愛いんだ」
マルクスは自慢した。
今日初めて会ったばかりなのに、アークには不思議な懐かしさがある。
理由は自分でもよくわからないが、一緒にいると安心した。
質問すると何でも答えてくれるのも心強い。
頼りたくなった。
誰かに頼ろうと思ったのは初めてで、そんな自分にマルクスはびっくりする。
「今度来る時は、息子も連れてきていいだろうか?」
アークに尋ねた。
「オレ……、私は構わないですけど、またランスロー家に滞在するんですか?」
アークは一人称を言い直して、聞く。
「いや。この近くに土地と家を買って、息子と二人で長期滞在したい。その時はアークも協力してくれるだろうか?」
マルクスは真顔で尋ねた。
本気であることはアークにもわかる。
だからこそ、迂闊な返事は出来なかった。
「例えば、どんなことをすればいいんですか?」
尋ねる。
仕事の内容を確認した。
「そうだな。屋敷を買ったら、その屋敷に住んで管理を頼みたい。あまり人が多いのは好きではないから、最低限の人数しか屋敷には置きたくないんだ。普段、屋敷にいるのはアークだけになると思う。私たちが滞在するときは必要に応じて、料理人や使用人を雇う形にしたい」
マルクスは考えながら答える。
アークが手を貸してくれることを前提で考えた。
「そういうのは無理だろうか?」
甘えるようにアークを見る。
自分が頼っている自覚はあった。
「そうですね……」
アークは考える顔をする。
マルクスはドキドキしながら返事を待った。
「無理ではないですが、正直、場所によります。私はマリー様の畑と小屋の管理を頼まれているので、この土地から離れた場所は住むわけにはいきません。でも、私は長男ではないので、いずれ家を出なければいけないことも決まっています。マルクス様の屋敷に管理しながら住めるのは正直、わたしとしても助かるんですが……」
アークの言葉にマルクスは嬉しそうな顔をする。
「では一緒に、家と土地を探しに行こう」
珍しく浮かれた。
「私も一緒に探すんですか?」
アークは戸惑う。
「ああ。だって、アーク以外の人間に管理を頼むつもりはない。私はこう見えて、人のえり好みは煩いんだ。誰でもいいわけではない。アークだからいいんだ。アークの都合が悪ければ、私も困る。それなら一緒に探しに行った方が合理的だろう? 最初から、アークに都合のいい場所から土地と家を選べばいい」
楽しげにマルクスは語った。
自分がだいぶ信頼されていることをアークは知る。
頼りにされると、嬉しかった。
応えたくなるのは弟妹がいる兄の気質かもしれない。
アークは長男ではないが、下には弟も妹もいて頼られてきた。
「ああ。楽しいな。こんなわくわくするのは初めてだ」
マルクスは興奮する。
そんな子供みたいな姿がアークは可笑しかった。
表彰式で見た時はもっと沈んだ感じで、まるで自分の存在を消そうとしているようだった。
そんなマルクスが気になったので、アークはよく覚えている。
王子として生まれた人は幸せで、恵まれた人生を歩んでいると思っていたから、寂しそうな顔が気になった。
だから、植物の話をしている時のマルクスの生き生きとした顔を見て、驚く。
何を教えても興味津々で、楽しそうに聞いていた。
すべてが目新しく、興奮している。
そんな様子を見ると、アークも嬉しくなった。
もっと喜ばせたくなる。
マルクスとマリアンヌはどこか似ている気がした。
具体的にどこだと聞かれると答えられないが、二人とも貴族としては変わっている。
「でも、そんなこと勝手に決めてお妃様は大丈夫なんですか?」
アークは心配した。
王都に比べたら、ここは本当に田舎だ。
王都で育ったお妃様にこんな田舎の暮らしは耐えられないだろう。
「大丈夫だ。妃とは別れることがずっと前から決まっている。だが、そうだな。いつでもいいと放っておいたが、そろそろはっきりさせた方がいいかもしれない。ラインハルトもようやく結婚するので、別れても母は煩く言わないだろう」
どう考えてもスキャンダルな話を、マルクスは隠すことも無くアークに打ち明ける。
話されたアークの方がどきまぎした。
「そんなこと、私に話して大丈夫ですか?」
不安な顔をする。
「アークは他の誰かに話すのか?」
マルクスは逆に聞いた。
「いいえ」
アークは首を横に振る。
「だったら、構わない」
マルクスはにこっと笑った。
「アークのことは信用している」
そんなことを言われると、アークはドキッとしてしまう。
相手はやはり王子様だ。
きらきらしていて、眩しい。
「明日はいつなら都合がつくんだ? アークの都合がいい時に家と土地を探しに行こう」
マルクスはアークに聞く。
「わかりました」
アークは頷いた。
もう一つ、書きたい人たちがいます。




