閑話:初恋
実は3組分あわせて書こうと思ったら1組で終了でした
ラインハルトは何をやってもそつなくこなす。
小さい頃からそうだった。
基本的に器用なのだろう。
だが、努力を全くしなかったというわけではない。
努力しなくてもたいていのことは出来たが、それを全て完璧にこなすにはラインハルトをもってしても努力は必要だった。
だがその努力を人に見せることを本人は嫌う。
悟らせないことも上手だった。
だからラインハルトを知らない人間は、彼が何の努力も無く全てを完璧にこなすただの恵まれた人だと思っている。
実際、ラインハルトは父王に溺愛されていた。
国王は第三王子であるラインハルトに王位を継がせたがっているし、それは周知の事実であった。
第二王子には端から王位を継ぐ意思が本人になく、第一王子には本人にその気があるのかないのか不明だ。
今のところ、第三王子が王位を継ぐのを邪魔しそうな勢力はない。
ラインハルトは眉目秀麗で、見た目も中身も優れていた。
国王になっても、良い統治者になるであろうことは誰も疑っていない。
だが本人は国王になりたいわけではなかった。
貴族同士の面倒な付き合いも本当は嫌っている。
だが、嫌いでも完璧にこなしていた。
他人につけ入る隙なんて与えるつもりはない。
そして完璧すぎて、周りはラインハルトが嫌がっていることに気づいていなかった。
だからこんな辺境の土地まで来て、貴族同士の面倒なしがらみに付き合う羽目になる。
ラインハルトを喜ばすために開かれるそのパーティを本人は面倒だとしか思っていなかった。
昨日、届いた招待状を見たラインハルトはそれはそれは不機嫌になった。
もっとも、そんな機嫌の悪さはルイスの前でしか見せない。
他の人の前では嫌な顔一つ、しなかった。
招待なんて断りたいだろうに、受ける。
それはランスロー男爵の立場を考えてのことでもあった。
招待状を送って寄こしたのはこの辺では一番上の爵位を持つ伯爵だ。
近辺の貴族の取り纏めでもある。
断れば、男爵の立場も悪くなるだろう。
ルイスは義理の父親に気を遣うラインハルトを微笑ましく思った。
完璧な王子を演じながら、今までのラインハルトにはどこか投げやりなところがあった。
ずるずると結婚を引き延ばしたのにもそれが現れている。
自分の人生をつまらないものと考えている様子が見えた。
完璧でありながら、そんな完璧な自分を嫌っている。
国王になることさえ、予定調和と諦めているが本当は嫌なようにルイスには見えた。
だがマリアンヌと知り合ってから、ラインハルトは変わる。
いつも楽しそうだ。
自分の思い通りにならないマリアンヌのことを嘆きながら、それを楽しんでいるようにも見える。
正直、ルイスはラインハルトがこんなにもマリアンヌに嵌まるなんて思っていなかった。
確かにマリアンヌは変わった娘だが、取り立てて美人でも何でもない。
可愛くないわけではないが、あの程度の娘なら貴族にはごろごろいる。
むしろ、自分の容姿を磨くことに精を出していない分、中の下くらいになってしまうだろう。
もう少し気を遣えばもっと美人になれると思うのだが、本人にその気はないようだ。
王都の華とまで言われた叔母の血を引いているとは信じがたい。
弟のシエルの方がよほど美人だ。
ラインハルトの妃には並んでも劣らない美人を期待していたルイスは少しがっかりしてしまう。
しかもかなり年上だ。
年上なのが悪いとは言わないが、ラインハルトにはもっと相応しい令嬢がいたのではないかと考えてしまった。
なのに、ラインハルトはマリアンヌにメロメロだ。
結婚の相談もせずにさっさと実家に戻ったことを知ると、追いかける。
マリアンヌのどこをそこまで気に入ったのか、ルイスには理解し難いところがあった。
ちらりとルイスはラインハルトを見る。
二人は馬車に揺られ、昨日、招待を受けた伯爵家に向かっていた。
昨日は不機嫌極まりなかったラインハルトが、今日は朝から機嫌がいい。
今もご機嫌だ。
朝、マリアンヌと一緒に畑から戻って来て以来、浮かれているのがルイスにはわかる。
その理由を尋ねるべきかどうか、ルイスはずっと迷っていた。
なんとなく聞きたくない。
だが、ラインハルトは聞いて欲しそうだ。
意味深な顔でにやにやしている。
(はあ……)
心の中で一つ、ルイスはため息をついた。
「何かあったのですか?」
問いかける。
その質問を待っていたらしいラインハルトはにやっと口の端を上げた。
「いいことがあった」
答える。
「見るか?」
そう言った。
ルイスの返事を待たず、首元を緩める。
ぐいっと指で襟元を引いて見せられた鎖骨には歯型がついていた。
「……」
ルイスは青ざめる。
「まさか、結婚前だというのに手を出したんですか?」
ラインハルトを叱った。
睨みつける。
「いや、残念ながら逃げられ続けている」
ラインハルトは心の底から残念な顔をした。
「当たり前です」
ルイスはほっとする。
「結婚するまで、待てないんですか?」
責めると、待てないと即答された。
ラインハルトとマリアンヌの結婚の日取りはまだ決まっていない。
だがそう遠くないことは予想されていた。
国王はラインハルトに子供が生まれることを切望している。
少しでも早く結婚させたいはずだ。
「黙って手を拱いていて、すんなり手に入ると思うか? いつの間にか、兄上にまで気に入られているのに」
ラインハルトは口を尖らせる。
ラインハルトの兄のマルクスは昔から欲がない人だ。
何でも他人に譲ってしまい、自分の希望なんて口にしたことがない。
それは遠慮しているとか我慢しているのではなく、本当に希望がないようだ。
すべてをどうでもいいと思っている。
そんな彼の唯一の趣味は草花を育てることだ。
庭師のような格好をして、庭の手入れをするのを楽しんでいる。
そんな息子がいじらしいようで、国王は第二王子には何かと甘かった。
ラインハルトとは別の意味で寵愛している。
跡を継がせるつもりはなく、ただ幸せになって欲しいと願っていた。
マルクスには不思議と他人に好かれる素質がある。
ラインハルトでさえ、マルクスを嫌いにはなれない。
兄として、マルクスが自分を愛してくれているのも知っていた。
同母の兄弟がいないラインハルトにとって、兄弟と思っているのはマルクスだけだ。
そんなマルクスがマリアンヌに興味を持ったことがラインハルトは心配でならない。
今は園芸仲間だとマルクスは思っているようだが、それが恋愛感情にならないなんて誰が保証できるだろう。
ラインハルトは焦った。
努力する自分と違い、マルクスは本当の天才だ。
何も努力しないのに、実は何でも出来る。
本人がそれを誇示しないので、周りが気づかないだけだ。
側近たちはもちろんそのことに気づいているが、マルクスの望みが第一の連中ばかりなので、本人にその気がないかぎりただ見守るだけに徹している。
マルクスが本気で何かを望めば、それも変わるだろう。
マルクスはラインハルトが唯一、敵わないと思う相手だ。
「マルクス様がラインハルト様の大切な方に手を出すわけがないでしょう?」
ルイスは苦く笑う。
第二王子はそういう性格だ。
ラインハルトのものを横取りするわけがない。
「そんなことはわかっている。だが、わかっているのと心配なのは別問題だ」
ラインハルトは早くマリアンヌを自分のものにしたいと思っていた。
それは身も心もという意味だ。
全部、欲しい。
そんなことを思うのは初めてで、ラインハルトだってそういう自分に戸惑っていた。
「今頃、初恋なんですね。遅れてきた初恋は厄介ですね」
ルイスは苦く笑う。
ラインハルトはムッとした。
ルイスには言われたくない。
「そういうお前は初恋さえまだなんじゃないのか?」
反論した。
ルイスとは子供の頃からずっと一緒にいる。
自分のことでルイスが知らないことはないように、ルイスのことで自分が知らないこともないはずだ。
自分以上に、ルイスは恋愛というものに冷めている。
誰かを好きになった姿など、見たことなかった。
「初恋ですか?」
ルイスは問われて、少し考える顔をした。
「ああ」
何かを思い出したのか、小さく笑う。
「美しいと思って、心惹かれたことはありますね」
そんなことを言った。
「あるのか?」
ラインハルトは驚く。
「ええ」
ルイスはちょっと意味深な顔をした。
「誰なんだ?」
ラインハルトは問う。
(貴方ですよ)
ルイスは心の中で答えた。
初めてラインハルトに会った時、美しい人だと思った。
この人に一生忠誠を誓おうとルイスは決める。
自分の主がこの人で良かったと思った。
だがそんなこと、ラインハルトに言うつもりは無い。
代わりの答えを用意した。
「昔、とても美しい肖像画を見たんです。後から、それは叔母の肖像画だと知りました」
ルイスは説明する。
「それはマリアンヌの母親のことだろう?」
ラインハルトはとても嫌な顔をした。
「まさかお前も……」
疑いの眼差しをルイスに向ける。
「言っておきますが、マリアンヌは叔母には欠片も似ていません」
ルイスはきっぱり、否定した。
「むしろ、弟のシエルがそっくりですよ」
ルイスの言葉に、ラインハルトは少し複雑な顔をする。
「シエルか」
困ったようにその名前を口にした。
ラインハルトはマリアンヌが天使のようだと溺愛する弟とランスローに来て初めて顔を合わせた。
確かに綺麗だと思う。
だが、どう接していいかわからない。
ラインハルトに弟はいない。
弟との付き合い方を知らなかった。
その上、シエルには嫌われている気がする。
姉を取られるのだから当然なのかもしれないが、距離を取られているようだ。
側に近寄ることさえ出来ないでいる。
「シエルは私を嫌っているのだろうか?」
ラインハルトは悩む顔をした。
「まあ、嫌いでしょうね」
ルイスははっきり言う。
「あそこの姉と弟は異常に仲が良いので。マリアンヌは弟を溺愛していますが、弟の方はそれ以上です。今、その八つ当たりをアルフレットが受けているようですよ」
少し面白そうな顔をした。
「ルイスはアルフレットと仲が良くないのか?」
兄弟なのに、二人はあまり一緒にいない。
それがなんとなくラインハルトは気になっていた。
「いえ、別に。昔からあまり一緒にいることがなかったので、お互いにどう接するのが正解なのかわかっていないだけで、仲は悪くないと思います。アルフレットは年下に甘えられたりわがままを言われた経験がないので、シエルが可愛いみたいですね。なんだかんだいって甘やかして、可愛がっています。むしろシエルの方がアルフレットの弟みたいですね」
冷静に分析するルイスにラインハルトは苦笑する。
「ルイスには何かないのか? 誰かのために何かしようとかそういう類の感情が」
心配になってきた。
「私がそんなこと思うのはラインハルト様にだけですよ。今はラインハルト様が結婚し、王子が生まれたらその王子の世話をさせてもらうのを楽しみにしています」
ルイスは楽しげに笑う。
その言葉に偽りはなさそうだ。
「私はお前の将来がなんだか心配になってきたよ」
ラインハルトはため息をつく。
「ラインハルト様に心配していただく必要は無いので大丈夫です」
ルイスは突き放した言い方をした。
「それより、今日のパーティはどのように乗り切りますか?」
話題を変えるように問いかける。
「そうだな。せいぜい、マリアンヌとの密な関係をアピールしておくことにしよう。いかに私の妃となる女がすばらしいのか、延々と語るのも楽しいかもしれぬな」
ラインハルトはうきうきと答えた。
「第三王子は色惚けしてしまったと陰口を叩かれますよ」
ルイスは苦笑する。
「それでも構わない。言いたいやつには言わせておけばいい」
ラインハルトは気にしなかった。
そんな主に困った顔をしながら、ルイスは頼もしく思う。
今までは必要以上に気を遣っていたが、割り切ることにしたらしい。
それがマリアンヌのせいだと思うと複雑な気持ちにもなるが、ラインハルトが幸せならルイスに文句はなかった。
3組分の閑話を書こうとして、長くなってしまいました。
ちなみに、この後のパーティで本気でラインハルトはのろけまくり、他の貴族たちから引かれます。




