第八話 桜を包む冬の寒気
幼い頃からラハヴャは一族の希望だった。高い魔力量に高い身体能力、加えて十年に一度とも言われる桜毒の持ち主。戦闘ではその圧倒的な才能で敵を幾度も倒してきた。
そんな彼女は日々気丈に振る舞うも、
心には黒く重い毒が侵食していく。
一族を背負う彼女に失敗は許されない。
誰からも縋られる存在であるが故に、
今までのわがままは許されているのだ。
ラハヴャの存在意義。
それは皆を守る唯一の強者となること。
変わることのない存在意義、
しかし、彼女は一つの光を心に浴びる。
「余が貴様の縋る存在となってやろう」
誰にも縋り付くことの出来なかった竜のお姫様であるラハヴャ、その言葉は彼女の背に乗る重い期待を紛らわせてくれるもの。
「……オマエは何者なの?」
「余は凍塵、ペルポネ・ライダイアだ」
ラハヴャはずっと本心を隠してきたのだ。
(ウチはもっと……もっと好きに生きたい。戦いなんて本当は好きじゃない。できるなら、いつまでもみんなとのんびり過ごしたい。でも、世界はいつだって争いに呑まれてる。みんなを守るのはウチで、これはウチにしか出来ないこと。だけど……だけどっ、本当は──)
「好きに生きたい。配下なんてイヤ……」
地面に座り込むラハヴャ。
すると、こちらを見下ろして話すペルポネ。
「先に言っておくが配下にするとなれば、
貴様の配下である者らもまとめてだ。
余は貴様らを傷つけることもなければ、
無理に戦わせることもない。ただ──」
ペルポネが話す間に顔を俯かせたラハヴャは、自身の顎を優しく触られて顔を上げる。
「余の質問にだけ答えれば良いのだ」
ラハヴャは王魔に分類されてから五年ほど、年齢は十八歳ほどで一族の頂点と言われる者。
「質問……?」
ラハヴャは困惑したようにペルポネの瞳を見つめ、それに対して彼女は一つ問うてきた。
「聞くが、貴様が最も恐れる存在は──
赫海、カルトナ・レルルトネか?」
図星。それが似合う反応を見せたラハヴャ、
ピクッと肩を動かし唇が震え始める。
「あ、あいつは……あいつはいつか。
ウチらを配下にしようとしてる……だから、
みんなを守るためにウチが強くなきゃ……」
ラハヴャは自身の頭に少し冷たい感覚を受け、それがすぐにペルポネの手だと分かる。
「なら、そやつは余が配下にしてやろう。
対等となれば話は変わるだろう?」
暴論である。神魔でも赫海は確かに上位の存在ではない。しかし、神魔たらしめる理由が彼女には多くある。間違いなく格の違う強敵、今のペルポネでは勝つことは不可能だ。
「バ、バカ言ってんじゃないわよ!
そんなの無理に決まってるじゃない!!」
ラハヴャは頭上の手を振り払うと──
「余だけでは無理だ」
再びペルポネの手がラハヴャの頭の上に乗る。そして、撫でるようにそれは動かされる。
「だが、貴様らがいれば勝算は大いにある」
ラハヴャは口を少し開けて驚いた。
「ウチらが……?」
「余は弱い。ので、力を貸してくれる存在がいなければ、余の願いが叶うことはないだろう。だから配下を増やしているのだ」
ペルポネは真剣な表情でそう言い、
ラハヴャは唇を噛み締めて頭上の手を握る。
「っ、べ、べつに配下になんてならない。
けど……もし、本当に赫海を倒せたら、
その時はウチらが配下になってあげる」
ラハヴャは決して下についたとは言わない。彼女の矜持は未だ健在だ。しかし、眼前に立つペルポネを見上げるラハヴャは、先までの殺意に塗れた目つきとはかけ離れたもの。
「それでいい。行くぞ」
「ど、どこにいくの!」
「貴様の住処だ。挨拶は礼儀……配下とは言わずとも協力関係、仲良くしようじゃないか」
ペルポネはこちらへと手を差し出して、
ラハヴャは少し躊躇ったのちに手を握る。
「……いまだけよ」
「あぁ、そうだな」
そうして二人は手を繋いだまま、
リフルとユニムのもとへと向かった。
* * *
「あっ、戻ってきたにゃ!」
ペルポネは恥ずかしそうに手を繋ぐラハヴャを引き連れ、二人のもとへと戻ってくる。
「待たせたか?」
「いえ! 全然です!」
「ヒヤヒヤして待ってましたにゃ〜」
二人の反応を見たペルポネは、
すぐにラハヴャのことを話し始めた。
「配下とはならなかったが、
今日から協力関係ではいてくれるそうだ」
ラハヴャは手をペルポネから離し、
腰に手を当てて鋭い目つきで二人を睨む。
「さっきの突進はオマエらね……
ふん、こうなった以上許すしかないわ」
態度はまだまだ偉そうなものだ。
「ペルポネ様、本当にラハヴャは協力してくれるんですかぁ……? なんか、すごい怖いですよ。不意打ちとかで殺されたりとか……」
「そうにゃそうにゃ、あたしらを狙ってそうな匂いがするんにゃ……!」
「だーれがオマエらなんか殺すのよ。
取るに足らない強さで自惚れないで」
ラハヴャはツンツンとした態度で二人にそう接し、リフルとユニムは揃ってイラついたようだ。
「ペルポネ様、この竜はちゃんと躾けたほうがいいんじゃないですか!? 私やります!」
「あたしも混ぜるのにゃリフル!」
ペルポネはため息を吐いて二人を見ると、
呆れたように言葉を発する。
「ラハヴャは今の余でも殺せん。
貴様らが力を合わせても勝てんぞ」
それに合わせてラハヴャはドヤ顔で二人を見下ろし、勝ち誇った顔を見せた。
「そうよ。オマエらじゃ勝てない」
リフルとユニムはイラついた様子で、
二人でラハヴャを指さして反論する。
「うるさーい! ぶっ殺しますよ!!」
「ちょっと強いからって調子乗んなにゃー!」
「……ねぇ、ペルポネの配下ってこの二人だけなの? ポンコツすぎない? 大丈夫?」
ペルポネはそう言うラハヴャを横目に、
首を横に振っては目を瞑って話す。
「意外にも心地が良いぞ」
上に立つ者も下に立つ者も緩いこの状況で、
ラハヴャはやれやれとして眉を下げる。
「それよりもラハヴャ。住処はどこだ?」
「……てっきり知ってると思ってた。
まあいいわ、特別に《《乗せてってあげる》》」
ラハヴャは少しニヤけると翼を大きく広げ、
自身の周りに桜色の光を纏い始めた。
そして、その光が膨張していくと、
ラハヴャは次第に竜の姿へと変わり、
毒緑竜の希少種に当たる毒桜竜となった。
「うっわ……すごいにゃぁ竜族は」
「早く乗って、ウチの気は長くないよ」
ラハヴャがそう急かせば、三人は彼女の背中へと乗る。すると、翼を広げてラハヴャは一気に飛び上がり、地面から離れていく。




