第七話 毒姫は強がり様
九千年前。ペルポネは魔族らの中で唯一、
独自の進化形態を持つ存在とされていた。
神化。それは彼女のみが扱うものであり、身体能力や魔法の威力と、軒並み素の状態から一段階上へと強化する特異な技術。
神化時のペルポネは白色を身に宿し、
全てを凍てつかせるような冷気を纏う。
そして彼女が封印されてから九千年間。魔族らはその神化を真似るべく、様々な種族が独自の進化形態を作り上げていった。
ペルポネの視界に映るラハヴャは、
まさにその歴史を体現した存在。
竜化とは人型の状態でありながら、竜の状態と変わらぬ魔力量を引き出す進化形態の一つ。
「ッ!?」
それに至ったラハヴャは先の動きとは違い、
今のペルポネが認識出来ない速度を持ち──
「どうしたの? 見えないみたいッね!!」
彼女の勢いつけた蹴りがペルポネの腹部に直撃し、豪速で後方の木々を薙ぎ倒していく。
(先よりも格段に速い……この蹴りを何発ももらえば、余であろうと容易に死ねるな)
ペルポネは吐血しながらも木を背に立ち上がり、右腕に氷の剣を作り出して構える。
「今のオマエじゃ、ウチは捉えられない!」
「……有頂天なことだ。竜の姫よ」
(相手は毒液を扱う竜、毒の強さは余の肉を溶かすもの……全身に喰らえば、再生する暇もなく溶かされて死ぬだろう)
ペルポネは氷の礫を自身の周りに作り上げては、周囲へとそれを放つ。その行為により木々は粉砕され、辺りの景色が一気に晴れた。
(さて、視界は晴れた。どう出てくる?)
ペルポネは立ち尽くしたまま、
耳に入ってくる風切り音を聞き続ける。
「毒嬰の焦燥!」
しかし、視界が晴れたとて依然劣勢。ラハヴャは突如ペルポネの頭上高くに現れては、翼から流星群のように毒の落下物を地面へと向け、高速を維持させたまま落下させていく。
ペルポネはそれに対して焦ることなく動き回り、落下物を回避し続けていく。
「っ! 産まれなさい!」
「……なるほどな」
赤紫の毒液は地面にドロっと膨らみを持ち、それが破裂して巨大な赤子へと変形する。
その毒の怪物はペルポネへと向かって這い出し、逃げ道が途端に消えてしまった。
(召喚魔法に依存していない毒魔法由来のもの……動きは単純だがこの状況では余に対して、最善の攻撃だろう……参ったな──)
「溶かされて死ぬがいいわッ!!」
ラハヴャは勝ち誇ったように声を発し、
ペルポネは目を瞑って息を深く吐く。
(これでは、本当に殺される)
九千年ぶりの死の緊迫感。
その刺激はペルポネの口角を上げる。
「っふふ、一瞬だけだぞ」
「いまさら……っひ!?」
ペルポネは毒液の赤子に呑まれた瞬間、
震え上がるような寒気が辺りを支配する。
「……なによ。なにが起きたの!?
なんでこんないきなり寒くなったの!?」
ラハヴャはわかりやすく焦った様子を見せ、
周囲の異様な寒気に白い息を吐いていた。
「不便なものだな。魔力が少ないというのは」
ペルポネは凍りついた赤子らを破壊し、
周囲の寒気が一気に熱気へと変わる。
何が起きたかはラハヴャは理解できていないようで、ペルポネは疲れた様子でラハヴャをジッと見つめた。
「……さて、どうするか」
(依然劣勢、リフルらは……逃げたか?
なに、全てを期待していたわけじゃない。
逃げたならばそれでいい。余、一人で十分)
ペルポネは内心見捨てられたと感じている。だが、あれからリフルらの動きはなく、戦いも先ほどから一対一である。
「なんか、なんか変なことしてたみたいだけど! 結局戦況はウチに傾いてるんだから!」
ラハヴャは翼を大きく広げ、翼膜から毒の球を作り出し、こちらへと向けて放とうとしてきた。ペルポネも両腕を凍り付かせてラハヴャへと向ける。
「オマエなんかに負けてたまっ──」
その瞬間、ラハヴャが横から衝撃を受けて吹き飛び、地面へと豪速で落下していく。
「なっ? はは、そうか……そうかそうか」
ペルポネは嬉しそうに声を上げる。
「期待以上だ。余は満足しているぞ!!」
ペルポネの右目は魔眼として刻まれている。それは、魔力の流れをはっきりと見ることが可能で、《《透明になっている二人》》を視認出来た。
* * *
「え? それ本当に言ってるのにゃ?」
「や、やややるしかないでしょ!?
だってそれくらいしか無理だし……?」
ペルポネとラハヴャが戦う中、
リフルとユニムは作戦会議をしていた。
「あたしは確かにさぁ、透明になる魔法は使えるケド……あんたの上に乗って透明になりながら突っ込むって……頭おかしいにゃ」
「でもそれしかないですよ! だって魔法を当てられると思います? 無理ですって!!」
リフルの策とは、透明化状態で速度をつけてラハヴャに体当たりすることだ。
飛ぶのが得意なリフルはそれが最善の策だと確信して、ユニムの右手を両手で握る。
「やりましょ! 早くやりましょう!!」
「え、えぇ……う、うぅ、わ、わかったにゃ。
どうなっても知らんからにゃぁ!」
そして──今に至る。
「やば〜! 本当に成功したんだにゃ!?」
「痛い〜……頭突きなんて二度としたくない」
リフルの背中にしがみつくユニム。透明化となった二人は、魔力探知でしか見つけられない存在である。周りから見れば何もない空間から声がしている状況なのだ。
「あぁ〜〜!! 誰よいきなりぶつかってきて……ぶっ殺すわよ!!」
ラハヴャは土まみれになりながらも立ち上がり、頭から血を流して激怒している様子。
「余は今、気分が良い。
配下が期待を超えてきた」
ペルポネが落下したラハヴャへと近づいており、リフルらは上空からそれを見ていた。
「うるさい!! オマエの配下ってさっきの雑魚たち? ほんっとうざったい!!」
ラハヴャは魔力探知を行い、二人を探そうとしたが、それはペルポネの行動によって阻止される。
「……上に立つ者は下の者を動きやすく立ち回るのが基本。高貴な姫には些か理解は出来ぬか? 出来ぬならば今知るといい」
辺りには冷気が散布されており、
ペルポネは魔力探知を封じ込めていた。
「ペラペラと……敗北する癖に偉そうね」
「あぁそうだな。余は敗北するが──
貴様は“余ら”は勝てんぞ」
自信満々の様子でペルポネはそう言い切ると、ラハヴャは両腕から毒液を溢れ出させ、翼を広げて地面を踏み込む。
「意外よ。オマエみたいな強者でも!
弱者に頼ることがあるなんてねッ!」
地面が割れて地形が抉れると、
高速でペルポネに接近する。
「っくは!?」
だが、その行動は阻止されてしまった。
リフルは上空から急降下してラハヴャの腹部に頭突きする。その威力は彼女の魔力で強化された身体にダメージを与えるほど。
(す、すごい。ペルポネ様のおかげもあるけど、面白いくらいに頭突きが当たる……めちゃくちゃ痛いけど……痛いけど当たるのは嬉しい!)
リフルは透明状態で吹き飛んでいったラハヴャを見つめている。
「奴はおそらくだが、まだ上の形態を有している。それに、本格的に戦いがこちらに優勢になればなるほど、奴の配下がここへと向かってくる。リフル、ユニム。ここからは余に任せよ」
ペルポネは目をこちらには向けずに話し続け、リフルとユニムはそれを聞いて理解する。
* * *
一方、吹き飛ばされたラハヴャ。
地面に倒れながらも彼女はまだ元気だ。
「うあああああ!! もおおおお!!
なんでなんでっ! なんで勝てないの!
ウチの方が絶対に強いのに!!」
そんな彼女から離れているペルポネは、泣きじゃくるような声を出すラハヴャへと向けて、無言のままゆっくりと歩いていく。
「オマエなんかっ殺してやる!」
起き上がるラハヴャ。
「それでどうするのだ?」
彼女はそれを聞いて動きが止まる。
「貴様は毒緑竜の姫であり長と聞く。
しかしまあ、幼稚な者だ。醜いとも言える」
一見挑発かのような言葉の列。
「は、はぁ? 何が言いたいの?」
「貴様、恐れているな」
ペルポネはそう言い切った。
「……適当なこと言わないでよ」
「竜族、貴様らは今の余らよりも強い。
自然と迎え撃てば完全勝利は必然だ。
だが、貴様はこうして単独で戦いに来た」
ラハヴャは右腕を振り上げて、
毒液を指先から放とうとするが──
「本当は怖くて仕方ないのだろう?
余の存在や……他の強者の存在が」
「っ!」
毒液がラハヴャの指先からこぼれ落ち、
放つに至ることはなかった。
「貴様より強い魔族は多く存在している。
毒緑竜の姫であり長、貴様の持つ縄張りは、
誰にも邪魔されることのない楽園の一つ。
言わば、現状が貴様の人生の全て」
ラハヴャは王魔として君臨するも、
内心では他の魔族や人間を恐れている。
自身が維持する楽園が崩壊する際、同族の仲間たちはどうなるのか、同族の皆は自身に対して何を思うのか。そんな不安を抱えている。
「その荒い口調も恐怖を隠すための盾……
貴様はどうしようもなく弱虫であるのだ」
ラハヴャは舌打ちをして激怒する。
「オマエなんかに何がわかるの!?
九千年も封印されてたから、分からなくなってるようだけど、この世界が前より平和だと思う!? そんなわけないでしょ! ウチはみんなを守る存在! 負けなんて許されないし、なんでも事前に手を打たなきゃいけないの!」
ラハヴャはわがままな姫ではあるが、
種族の頂点に立つ王でもある。
「ウチは……ウチはみんなが縋る存在なんだから……弱みは見せられないの!」
恐怖。ただそれだけが彼女を常に包み続け、彼女の本心は──居場所を奪われたくないことや、皆の期待を裏切ったりしたくないだけだ。
「……ならば余は改めて言おう」
気がつけばラハヴャはペルポネに接近を許しており、その毒液に塗れた手を彼女に握られてしまった。
「余が貴様の──縋る存在となってやる」
毒によってじわじわと皮膚が溶ける中、ペルポネは青黒い瞳でラハヴャの紫の瞳を見つめていると、その瞳は自然と赤紫へと変化する。
ラハヴャは咄嗟に手を離し、
ペルポネの手を見つめた。
「……オマエは、何者なの?」
「余は──凍塵、ペルポネ・ライダイアだ」
ラハヴャはその言葉に対して、
攻撃などで返答することはなかった。




