第六話 竜のお姫様は不機嫌
夏魔の暦、千二十九年、十月二十七日。
ペルポネらは洞穴を後にして五日、
緑穣谷を目指して森の中を歩いていた。
「リフル、毒緑竜は余が居た時代には存在しなかった竜だ。毒を扱うことは察せるが、いまいち生態がわからん。教えよ」
ペルポネは横を歩くリフルに向け、前を向きながら聞く。彼女はそれに喜んで答え始める。
「なんでも溶かしちゃう毒を放つ竜です!
緑色で尻尾が真紫で、結構強いですよ!」
ペルポネはリフルの説明が簡素なもので、
結局生態については深く知れなかった。
すると、リフルの横からユニムが出てくる。
「あんた戦ったことあるのかにゃ?」
「ふふふ、こう見えても強いんですから」
リフルは俊魔でありながらも上澄みに位置する存在。ペルポネの予想では魔力量だけじゃ王魔と大差ないと感じている。
「毒緑竜の長とは戦ってないか?」
「むむむ無理です! 毒緑竜の長は南の支配者ですから、私なんかじゃ絶対勝てません!」
リフルは両手を顔の前で振り、絶対に勝てないことを確信している様子だった。
「……リフル。この大陸の名を教えろ」
「え、急ですね……ここは“ネロ大陸”です。
ペルポネ様、なんで急に大陸の名を……?」
ペルポネは立ち止まってリフルに視線を向け、一つの質問を投げかける。
「大陸は全部で七個、その全ての大陸には等しく方角に合わせた支配者がいるのか?」
それにリフルはこくこくと頷いて答えた。
「そうです! 東西南北に支配者がいます!
ネロ大陸は南は毒緑竜が支配してて、
北は赫海を長に吸血族が……それと──」
ペルポネはリフルの口に手を当てる。
「何か来る」
そのペルポネの言葉に二人は身構えた。
「!」
そしてペルポネは知ることとなる。
自身が感じた気配はそこらに蔓延る魔族ではなく、絶対的な強者として君臨する者の気配だと。加えて、ペルポネは右腕を咄嗟に前へ突き出し、氷を大量に放出して毒液を防ぐ。
「うにゃああ!? にゃんですかぁ!?」
「ペルポネ様っ!!」
ユニムは腰を抜かして地面に尻餅をつき、
リフルはペルポネの近くへと駆け寄る。
「案ずるな。毒液、しかしこの威力──」
ペルポネは氷を溶かして消すと、奥からこちらへと歩いてくる一人の少女。身長はユニムより高く、ペルポネの肩の下ほどのものだった。
「初めまして凍塵。結構弱そうじゃない?」
桜色の長髪がクルクルと巻かれており、赤紫の瞳を持ちながら黒めの赤い角を二つ頭から生やす彼女は、小さな口から牙を出して笑う。
「っひ……にゃ、にゃあリフル!
あれが、あれが“長”じゃにゃいのか!?」
ユニムの言葉に頷くリフル。
「まさか貴様から来るとはな」
「来てあげたの! 待つのはウチの趣味じゃないし、目障りだから殺しに来たってわけ」
現れる竜族の女は紛れもなく──
「桜姫、ラハヴャ・ワイルドア、
意外に小さく可愛らしい者だな」
毒緑竜の長であり姫。
「はぁ!? ウチは小さくない!!
言っとくけどオマエより大きいし!!」
ペルポネは氷を両腕に纏わせて口を開く。
「一応、これは命令だ。余の配下となれ」
「バカじゃないの? 言葉と行動が釣り合ってない、戦う気満々よね? ねぇ史上最悪の魔族、そしてかつての世界の女王様?」
互いに挑発し合いながらも臨戦状態に移り、
ペルポネは息を吸い込んで足に力を入れる。
「にゃ、にゃぁ、リフルぅ本当にペルポネ様は勝つのにゃ……? 魔力量が桁違いにゃ……」
「……うるさーい! ユニムは黙って!
ペルポネ様は絶対勝つんだから……!」
リフルはポコポコと座り込むユニムの頭を叩き、彼女は頭を抑えて地面でうずくまった。
一方、ペルポネは冷静にラハヴャのことを見つめ、相手の実力を分析する。
(リフルの言った通り……余に勝算はない。終焉手法を使ったところで無駄打ちに終わるだろうな。それほど隙のない相手。勝つには──)
ペルポネはリフルの方をチラッと見た。その瞬間、こちらへと踏み込んで接近してくるラハヴャ。速度はアンデッドの王を越えていた。
「なに? 間一髪じゃないの!」
凍った腕で、下から爪で切り裂こうとしてきたラハヴャの攻撃を防ぐ。攻撃によって氷にヒビが入って砕け散れば、ペルポネは横へと跳んで木の上に跳び乗る。
「っ、どこいくの!!」
舌打ちをするラハヴャは桜色の翼を広げ、バサバサと羽ばたいて両角の間から毒液による魔法攻撃を放つ。
それは周囲の木々を溶かし、轟音と共に森は荒れ始めて鳥が空へと飛び立った。しかし、ペルポネの姿は見えない。
「……溶けて死んだ?」
「極雲」
ペルポネはラハヴャの頭上を跳んでおり、
上から地面に向けて極寒の霧を放った。
「そんなのでウチを殺すつもり?」
だが、その霧はラハヴャの翼が風を起こし、
辺りへと飛んでいってしまった。
「殺さない。貴様は必ず配下にする」
「っ、いつまで女王様気分?
もう時代は変わったの!!」
ラハヴャは桜色の尻尾を上へと向け、赤紫に染まる先端から光線のように毒液を放出。
ペルポネはそれに対して空中で身を反らして回避、けれども光線は彼女を追い続ける。
「リフルとユニム。これは命令だ。
こやつを無力化する方法を考えていろ」
そんなことをさらっと言って、辺りの木々を足場にして駆けるペルポネ。リフルとユニムは困惑した様子でそれを耳にする。
「ペルポネ様っ、今なんて……?」
「にゃ、にゃれ本当?」
ラハヴャは片足で地面を踏み鳴らし、
舌打ちをして二人を睨みつけた。
「邪魔したらオマエらから殺す」
そんな言葉を発する彼女は殺気を纏っており、すぐにラハヴャは飛び立ってしまう。
「リフル、リフル……どうするんにゃ!」
「どうって……考えるしかないでしょ!」
その場に取り残された二人。ペルポネは彼女らに期待しながらも後ろを振り返り、こちらへと高速で迫ってくるラハヴャが見えた。
(あの二人なら考えつくはずだ。もし考えついていなければ……あれを使うしかない)
「逃げんじゃない! みっともない!!」
「役には立つぞ。こう言う動きはな」
* * *
「毒覇!」
ラハヴャは角の間から毒液を放っては、ペルポネの左腕を溶かしてみせた。激痛が彼女を襲っているだろうが表情は変わっておらず、振り返って即座に腕を再生し、こちらに右手を向けた。ラハヴャはその様子に表情を変えて驚く。
(直撃してあの再生速度……!
治癒魔法じゃない何かで再生した?
だけどっ! ウチの前じゃ無意味よ!!)
「くたばれ!!」
ラハヴャは尻尾を股から突き出し、
そのままペルポネへと突っ込む。
「っふぇあ!?」
「戦い方は下手くそだな貴様」
しかし、その尻尾はペルポネに掴まれてしまい、彼女の声が聞こえるとおでこに強い衝撃を受ける。
「っぁ〜っ!?」
「っぐ……ふふ」
ラハヴャはペルポネから頭突きを喰らった。
血が両者のおでこからツーッと流れる。
「は、はなせ!」
尻尾を掴まれたラハヴャは翼を広げて飛び、
ペルポネを無理やり引き剥がした。
「っと、乱暴な奴だな」
(なんなのあいつ……絶対ウチの方が強いのに有利な気が全然しない。なんなのよこの感覚、気色悪い……腹が立ってきた……!)
ラハヴャは王魔として認知される魔族であり、その実力は上澄みと評されるもの。
現在のペルポネと実力では圧倒的な差があり、苦戦するようなことなどないはずだった。
だが、九千年前。ペルポネは世界中の強敵と戦い、封印される時まで生涯無敗を貫いた絶対的強者。単純な力量だけでは測れない、圧倒的な差がもう一つ存在していたのだ。
「血なんていつぶりよ……?
ウチの血なんて珍しいんだからっ」
ラハヴャはぺルポネに指を向ける。
「オマエ! ありがたく死になさい!
ウチも少し本気を出してあげるんだから!」
しかし、ラハヴャも強者として君臨する者。
彼女は弱体化したペルポネに負けるほど──
「“竜化”!!」
名ばかりの強者ではないのだ。
「……っくくく、九千年も経てば。
貴様ら魔族も進化するのだな?」
ラハヴャは両目下から赤紫の刻印が浮かび上がり、翼が一気に赤紫に染まっていく。そしてその瞳は紫へと変色して一瞬発光した。
魔族は九千年で進化したのである。
「この先はまだ見せてあげない。
せいぜいウチを楽しませることね!」
「あぁ、余のことも楽しませてみろ」
「生意気っ!!」
ラハヴャの舌打ちを合図に、
彼女らの戦いは苛烈を極める。




