第三話 屍を統べる魔族の王
リフルはペルポネに魅了されている。
凍塵という伝説的知名度を誇る悪名、
それは彼女の人生を彩るには十分なもの。
屍悦洞という大洞窟はアンデッドが蔓延る魔境、リフルであろうと真っ向からの勝負はせず、策を講じてから戦いに臨むだろう。
しかし、どうだろうか。
眼前にて大量の冷気を纏いし空色の髪を持つペルポネは、その気が全くないように見える。
この短い期間の中でも、リフルはある程度ペルポネの性格というのを理解し始めていた。
一見無愛想だが情に溢れる彼女は、
敵対する者には徹底的に冷たく接する。
己が利益と思うような存在としか会話はせず、
物事なども慎重に進める性格だった。
それなのに──
「いるのだろう、アンデッドの烏合共。
陰気溢れるこの洞窟は今から余のものだ!」
ペルポネは楽しそうにもその言葉を合図に、地面を踏み込んでは前へと飛び込み、周囲の暗闇から一気にアンデッドの群れが現れた。
アンデッドの本体は火球のような姿、
それらが生物の死体に宿って寄生し、
死者を操って動くのである。
骸骨に腐った死体、様々な形で死を表現する者らがペルポネの身体へと手を伸ばす。
(ペルポネ様は史上最悪の魔族であって、史上初めて魔法発動の短縮を可能にしたお方……今の魔法使いたちよりも発動は遅いですけど、それでもペルポネ様ならすぐ追い越せるっ……)
リフルは胸の前で両手をギュッと握り、
息を呑んで目を輝かせてペルポネを見る。
(だって──カッコいいんですから……)
リフルが目の当たりにした光景。それは接近してくるアンデッドらを一体ずつ手で頭に触れ、一瞬にして凍結させているペルポネの姿。
「どうした。この程度か?
貧弱なものだなアンデッドとやらは」
それの呼応するようにアンデッドらの動きが活発化した。リフルはその戦況の変化に足をモジモジとさせて静観するのみ。
「王を出せ、余を迎えよ!」
ペルポネは右足を自身の頭まで上げ、驚異的な身体の柔らかさを見せながらも、勢いつけて地面を一気に踏み鳴らす。
「ペルポネ様ヒラヒラしたお洋服なのにっ!」
(ズルいズルいっ! 絶対見えたもん!!)
リフルの反応を気にすることなく、ペルポネは右足を中心にして地面に魔力を流し、辺り一体を真っ青な氷で覆い尽くした。
「……兵どもは消えたぞ。のう、王よ」
ペルポネは目が慣れたのか、薄暗くも奥に見える大きな石門の先を凝視する。彼女の魔眼に映る情報は、門の先に王がいると示していた。
「流石ですペルポネ様!
このまま王もぶっ倒しちゃ──」
リフルはウキウキとしてペルポネに近づいた瞬間、彼女は手から氷の剣を作り出し、自身らに放たれた太い骨を弾くに至る。
(はえ……ぜ、全然気が付かなかった)
「リフル、辺りを明るく出来るか?」
「え、あ、はいっ!」
(明るく……? 光属性ってことですよね!)
すると、リフルは両腕を上に向けては魔法陣を足元に浮かび上がらせ、一言発する。
「大明陽!」
両手から放たれる大きな光の球、
キラキラと輝くそれは、洞窟内を照らす。
「あぁ、これで勝ちやすくなった。
ので、余の後ろでリフルは休んでいろ」
「はい! しっかり休みます!」
リフルは笑顔で頷き、ペルポネは氷の剣をくるくると手で回しながら逆手持ちにする。
「アンデッドの王よ。先の礼を返す」
ペルポネはそんなことを言いながら氷の剣を手から離し、逆手持ちから変えて切先を石門の方へと向けると、それを思い切り投げた。
魔力を付与して加速させた氷の剣は空気を切り裂き、門を越えて奥の石造りの建物に直撃。
ペルポネは無表情にも立ち尽くしていると、
手をピクッとさせて右腕を氷で纏わせ、
急接近してきた者の蹴りを右腕で防ぐ。
「初めましてェッ! 俺がアンデッドの王!」
「そうか、足を退けてはくれないか?
些か不愉快だ。不潔であろう?」
「ゲッ、差別主義者だったのかよ。
俺、そういうのオ”ッ”エ”〜〜」
ペルポネは右腕を振って距離を離すと、
アンデッドの王を名乗る者の名を聞く。
「貴様、名は何という?」
「俺の名かい? 俺ァ、アレナトだ」
アレナト。アンデッドの王として膨大な魔力を有し、身体を使った近接戦を好む王魔だ。
(やっぱり強そうだなぁ……ペルポネ様は負けないと思うけど、策なしで勝つのかな……?)
「ではアレナト、今すぐに王を降り、
余の配下となれ。これは命令──」
「やなこった」
ペルポネは咄嗟に左手を腹部の前に出すと、
アレナトの豪速の蹴りが手に直撃する。
「テメェなんか大昔の時代遅れ魔族。
今の時代に居場所なんてねェ〜んだよ!
甘すぎるんじゃねェか? 史上最悪さんよ」
リフルは衝撃を抑えながらも吹き飛んでは、洞窟の壁に叩きつけられたペルポネを見て息を呑み、思わず動きそうになるが不動を貫く。
アレナトはリフルを脅威だとは思わずに、ペルポネへの追撃を行うべく動き始める。
流石は近接戦を好み王魔になった魔族。
ただ走るだけでも高速であった。
* * *
一方、ペルポネは痛がる様子も見せずに息を吐いて壁から抜け出し、地面に着地──と、同時に、アレナトの拳が眼前に迫る。
「なんだなんだァ!? 意外に弱いなァ!」
「なにせ身体をバラバラにされたからな」
拳による連打をペルポネは壁に挟まれながらも防ぎ、その表情に焦りは伺えない。
「そりゃァお気の毒にィ!
ほぉらっお待たせッしましたァッ!」
しかし、アレナトは渾身の一撃でペルポネの凍りついた腕を破壊し、腹部に強烈な一撃を打ち込むに至った。
「ぐっ……」
(強いな。完全に余が近接では負けている)
リフルは吐血するペルポネを見て足が震え、
今にでも助けたくなるが、動きはしない。
「へへ、テメェ、硬いな」
ニヤニヤとするアレナト。
「あぁ、丈夫に出来ていてな」
口元の血を服で拭うペルポネ、
破壊された腕をゆっくりと再生する。
「俺ァせっかちだから次の猛攻で殺すぜ?」
アレナトは拳をポキポキと鳴らした。
「……所詮、貴様などどうでもいい」
うんざりしたように彼を睨むペルポネ。
「……!」
すると、アレナトの笑みが崩れた。
「恨むんじゃないぞ。なにせ貴様は、
今から何も出来ずに死ぬのだから──“神化”」
ペルポネの右目の魔眼が一瞬光る。
そうして、一気に辺りへ充満するのは冷気。
この世界で味わうことの出来ない冬の寒さ。
アレナトが驚いたように見るペルポネの姿は、髪の末端が白く変色しては輝き、手足が凍りついては、右目から涙のように流れた氷の線が出来上がったのだ。
「テメ、なんだよっそれ……種族なんだよ!」
アレナトは焦ったようにそう聞くと──
「そうか、知らぬか。いや貴様が知るわけもないか、余の種族は“魔神族”だ。余を敬え凡夫」
ペルポネは言葉を残して姿を消し、
アレナトは周囲へと視線を向け始める。
体術面では劣っているペルポネ、こうして力を解放した今でも、アレナトの速度に対して彼女はやや劣る。しかし、彼は彼女のことを視界に入れることができなかった。
「なっ!」
魔法とは基本的に、無から何かを作るもの、
それ故に操作性はかなり悪いのが現状だ。
だが、ペルポネの魔法はその枠に囚われない。彼女の魔法は圧倒的規格外、怪物である。
リフルは思わず口を開けて驚いた。
「所詮ッ小細工!」
アレナトの周囲を高速で駆け回るペルポネは、大量の氷柱を空中に生成し、それを放つ。
「小細工だったら、良かったな──凍変」
大量の氷柱を全て叩き落とそうとするアレナトだったが、その氷柱は突如地面に刺さる。
「ッ!? な、なんだこれ閉じ込めたつもりかよ! 俺はアンデッドの王だッナメるなァ!」
アレナトは自身を中心に全方位に向けて拳から魔力を放ち、周囲を囲う氷柱の塀のような物を全て砕いてしまった。
「すごい……これが……」
リフルは瞬きを忘れるほど戦いに夢中となって、ペルポネの規格外さに魅了されていた。
ペルポネは九千年前と違い、一度敗北を経験した身、未だ発展途上の成長性を秘めている。
弱体化していようと経験や知識は消えない。
「《《余は魔族の神だ》》。終焉手法──」
魔法学において太古から存在する奥義。
極めし者のみが扱う終焉手法。
それは一撃必殺となる性質を秘めている。
「終焉の凍気」
アレナトが上を見上げると、
指をこちらに向けるペルポネが見え、
全てを察して声も出すことが出来なかった。
「ぁッ……」
そんな精一杯の声が、彼の生涯最期の音。
ペルポネが地面に足をつけた頃には、アレナトは口を開けた状態で完全に凍っていた。自然に溶け出すこともない絶対零度に近い冷気。
「……リフル、少し頼る」
「え? あえ?」
ペルポネは髪の色が元に戻り、身体中の氷が溶けて地面へと倒れる。
「ペルポネ様っ! 魔力枯渇ですか!?」
リフルは倒れるペルポネに駆け寄った。
「……不便なものだ。九千年ぶりの本気は疲れる。結局、あやつも殺してしまった。これでは損したのは余の方だな……」
不満足そうに話すペルポネ、リフルはそんな彼女の頭を自身の膝の上に乗せるのであった。
「いいですよ……王魔なんてまだいますから」
「……嬉しそうだな」
「ペルポネ様の本気が見れて光栄です!」
「そうか……」
そうして、アンデッドが支配する屍悦洞は、
呆気なくペルポネによって滅ぼされた。




