第一話 天使な乙女に愛される
夏魔の暦、千二十九年。
十月三日、プルートス王国。
凍塵。ペルポネ・ライダイアが復活。
原因は不明とされており、行方は不明。
彼女の復活は国中に知れ渡り、二ヶ月ほどで世界中の国々がそのことを知る。ペルポネを逃した警備の戦士は処され、世界中からプルートス王国へと非難が集中していた。
* * *
一方、全ての原因であるペルポネは復活後、即座に王都を離れ、プルートス王国の領土内ではあるが、中規模の森の奥に潜んでいた。
逃亡の際に負った傷は致命傷には至らずも深く、弱体化したが故の微量な魔力で治癒魔法を使い、治癒に専念するのだった。
ペルポネが森に潜って三日ほど。彼女は九千年前とは違う世界の光景に、刺激を受けていた。森の植物らはペルポネが知る大きさとは異なり、基本的に大きな植物が群生していて、ジメジメとした熱気が辺りに充満している。
そんな森の中であるせいか、森に入る前に人間から奪った服は三日間で汚れ、靴に関しては濡れた土によってびしょ濡れになっていた。
不快感がペルポネを呑み込む中、彼女は復活以来初めての魔族と出会うことになる。
「……さて、一度だけ聞くが貴様。なぜ余を殺そうとしない? その力であれば、余と戦っても勝算は十二分にあるだろう?」
深い森の中、ペルポネは苔むした岩の上であぐらをかき、一人の少女を見下ろして問う。
「それは、貴方様があのペルポネ様だからです。
魔族の中で知らぬ者はいませんっ……」
ペルポネは頭上で天使の環を薄く光らせ、二つの白い翼を背中から生やし、銀色の瞳を持つ少女を見つめる。
「そうか、貴様は運が良い」
「そ、そうでございましょうか……?
常識かと思っていましたが違いましょうか」
恐る恐るこちらを見上げて話す少女。
「過去の強大な存在というのは、何年も経てばその偉大さを理解できぬ阿呆も湧き出る。貴様はその阿呆ではなかったというだけだ」
その言葉に目をパチパチとさせる彼女に対し、ペルポネは息を吸った後に話し始める。
「余には待たせている者がいる。こうして復活したが隠居生活などはしていられない……」
ペルポネはあぐらを解いては立ち上がり、
跳んで地面へと着地して少女の前に立つ。
「ので貴様、余の配下となれ。これは命令だ」
それに対して少女は微笑み承諾した。
「光栄です……まさか、生きてるうちにお会いできてっしかも忠誠を誓えるなんてっ……」
恍惚とした表情の少女の頭にペルポネは手を置き、優しく撫でながら名を聞く。
「そうか。名を言え」
「リフル・カルバガラですっ!」
「リフル。そうか、覚えた」
「うへへ……」
ペルポネはリフルという名を持つ天使の少女から手を離し、背中を向けて歩き出す。それにとことことついてくる彼女は嬉しそうだった。
「……リフルよ。余は貴様のような存在が今の魔族全体の考えだとは思わない。言わば貴様は希少的な存在だと余は思う。ので、命ずる。余に世界のことについて教えよ」
リフルはペルポネからの命令に快く頷き、獣道を歩く中、世界のことについて語り始めた。
「それとお気づきかは分かりませんが、ペルポネ様が封印されてから全世界の季節はずっと夏なんです」
常夏の世界。その原因はペルポネである。
「薄々感じてはいたがやはりそうか……余は封印される際に、この世界の冷気を全て吸収し尽くしてしまったからな」
そのせいかペルポネの身体は少し冷たい体温を維持している。そうして、世界から冬を奪ったことが事実となれば、リフルは続けて語った。
「それと……ペルポネ様の身体は十三個に分かれてて、復活した際の場所がプルートス王国ですと……右目の魔眼ですね!」
ペルポネは少しの沈黙に陥った。身体が十三個に分かれているのは初耳であったのだ。
「魔眼を除いて残るは──頭に胸、腹と腰。
両腕に両手、両足と両足の甲ですね」
「……かなり分けられたな」
ペルポネは自身の身体がバラバラにされていることに、かなり嫌そうな態度を見せる。
「魔力量が多すぎましたからね……分けないと封印が出来なかったそうです」
「詳しいな。貴様、学を積んだのか?」
妙に知識を多く持つリフル。ペルポネはそんな彼女に対して少しばかりの疑念を抱く。
「えへへ、その……憧れですから、ペルポネ様のことだけを調べるために、人間を襲いましたから……だから詳しいんですよっ」
赤面しながら答えるリフル。そんな彼女を横目に見ながらもペルポネは、リフルの魔力量に対して感心するようにしていた。
(リフル……魔力量だけを見れば九千年前でも余の配下としては上位の部類。人間を襲うことに対しても抵抗はないようだが……余に対しては今は友好的。実力的にも不意打ちは出来るだろうな。気を許すにはまだ余が弱すぎる)
「良い心がけだ。そのままであれ」
リフルはペルポネよりも強い。
実際戦ってみなければ分からないことではあるが、死闘になることは間違いないだろう。それはペルポネも確信している。
「もちろんでございますっ人間皆殺しです!」
片腕を上に伸ばすリフル、ウキウキな彼女とは対照的にペルポネは、無表情に近い顔つきで歩み続けていた。
「世界についてはもうよい。
これからのことについて少し話しておこう」
「はいっ。まずは王国を滅ぼしますか?」
ペルポネは振り返ってリフルの頭を片手で触り、撫でながらそれを否定する。
「そこまで自身を最強だとは思っていない。今の余は強くとも、名のある戦士には勝てん」
「そ、そうですかぁ……?」
撫でられる中で目を瞑ってペルポネの手を受け入れるリフル。天使の環が点滅しており、ペルポネは瞬きをしながらも話を続けた。
「余の魔眼を封印していたのはプルートスという国らしいな。手始めに攻め滅ぼし、力を示すには余と貴様だけでは大敗するだろう。ので、配下を集めようと思う」
ペルポネは手を離し、ゆっくりと目を開けるリフルを見つめていた。
「配下……私以外にも出来るんですね」
残念そうなリフル。
「案ずるな。可愛がる頻度は変わらん」
パッと明るい表情を見せるリフル。
「うへっへへっ……」
「……とりあえず、リフル。
ここらで強い魔族を教えろ」
ペルポネはため息をつきながらもそう聞き、リフルもそれに対してすぐさま返答した。
「現代では強い魔族は王魔と呼ばれてますよ。王魔とされてる魔族はこの大陸の近場ですと、確か南の屍悦洞にアンデットがいます!」
ペルポネはリフルの知識量に満足感を抱き、再び無言で頭を撫でながら口を開く。
「アンデッドか……九千年経っても奴等は滅ぶことなかったのだな。リフルよ、そのアンデッド共の王は余より強いか?」
リフルは即答する。
「確実にペルポネ様が勝ちます」
「よろしい。では、配下にするため向かうぞ」
「はぁいっ」
ペルポネはリフルの頭から手を離して、再び獣道を歩んでは進み出す。すると、彼女はペルポネの左手を両手で握り、それをペルポネが振り解くことはなかった。




