勿忘草の香り 1
カフェは個室のような造りで、幸いにも客はいない。
男がマスターに何かを話しかけると、カウンターの向こうのドアを開けた。
男は俺にどうぞ、とその部屋に案内した。
いかん、まずい気しかしない。
「ちなみに言うが、恋愛対象は金髪グラマーな美人だからな?」
┌(┌^o^)┐ ではなかったようだ。
「今、頭の中によからぬことを考えたな?」
「気のせいです。」
さらっと流して、席に着く。
部屋の中を見回すと机と椅子、窓がある簡素な部屋だった。
「俺のお気に入りでね。」
「でしょうね。」
どかっと椅子に座った男が懐から名刺を取り出して、机越しから渡された。
"G&S探偵事務所"と書かれた名刺だ。
「後藤 暁斗だ。」
名刺をしまうと、ちょうどコーヒーが運ばれてきた。
香りに誘われて、思わずコーヒーを一口。
「うまいだろ。」
「はい。」
「そこも気に入ってるんだ。」
コーヒーを飲みながら、暁斗はふぅと一息ついた。
「じゃ、何から聞きたいんだ?」
「彼女のことを、【夢の死神】のことを。」
「ああ、どっちから知りたい?」
「正直、【夢の死神】に関してはどうでもいいです。"彼女"のことを知りたいです。」
暁斗はふーん、と言いながら、懐からタバコを取り出した。
こちらの了承を取ったのち、火をつけて吸う。
「彼女は、渡辺 茉莉花。」
鞄から書類を何枚か取り出して、俺に差し出した。
「神代女子高出身で、17歳にイジメを苦に首吊り自殺を図るも未遂となり、意識不明のまま神代中央病院にて入院中。ってところか?」
「じゃ、彼女もあの病院に?」
視線の先には壁があるが、方向は病院だ。
「ああ、まぁ、普通の病棟にはいないが。」
「何故?」
タバコをふぅっとふかしたあとに、暁斗がこっちをにらみながら言う。
「後悔しないな?」
「しません。」
「ちなみに今なら引き返せるが?」
「それは無理です。」
あまりにもキッパリ言い切ったのが、面白かったのか、くっく、と笑いながら暁斗がタバコを消す。
「気に入った。俺はアンタに賭ける。」
バサッと追加された書類、ちらっと暁斗を見たあとに目を通す。
「分かりにくいだろうから、簡単に説明するな。」
書類には"ドリームダイバー"という非公開の医療装置の内容が書かれていた。
「名前のごとく、夢に入り込むんだ。」
「夢に?」
「正確には、意識不明者の意識にな。」
この医療装置はまだ開発途中で、実験を繰り返して、もうすぐ一般普及させるところまで話が進んでいるらしい。
「何となく察しただろうが、現在の被験者は彼女、茉莉花だ。」
「彼女が、被験者。」
「ああ、実験自体はさっきも言った通り、被験者の意識に入り込むんだ。装置を通して会話をしたり、回線で繋がった装置を動かしたり、まぁ概ね順調だったんだ。途中までは。」
次に見せてきたのは、何かの実験内容だ。
「彼女が被験者になってから、すぐに本来とは違う使われ方がされていた。」
「本来とは違う?」
「彼女の才能だったのか、装置の操者の腕かは知らないが。」
「彼女が装置を経由して、他人の夢に入り込めたんだ。」
「!」
「そう、アンタが体験済だよな?」
じゃ、彼女が俺の夢に、"ドリームダイバー"を経由してきたのか。
「何で知ってるかはまぁ、実験内容はすべて保存されるからな。彼女が隠れてアンタに会いに行ってるのも、バレバレだったわけだ。」
今、すごい恥ずかしい気持ちになった。あの夢、保存されてるのかよ。
「まぁ、それだけならこんなことにはならないんだが。」
新しいタバコに火をつけて、会話を続ける暁斗。
「別の問題が発生してるんだよ。しかも、現在進行形でな。」
「問題?」
「こっからは【夢の死神】が関わる話だ。」




