9.質疑
ミランダと別れた足で王城へ向かったエヴリーヌは、着くなり王妃に呼び出しを受けた。
侍従の先導で回廊を歩きながら、去り際のミランダを思い出す。
王太子妃教育があるからと頃合いを見計らって切り上げたのだが、名残惜しそうな様が隠しきれておらず、可愛らしいったらなかった。貴族社会を生きていけるのか心配になるほどに。
これから会うのは、そのミランダとは対極にいる女性、王妃マグダレナ=ヘーゼルダイン。
お手並み拝見といきましょう。
「エヴリーヌ=アストレイ、お召しと伺い参上いたしました。王妃陛下に拝謁叶いましたこと、恐悦至極に存じます」
王妃と顔を合わせるのは、今生で初めてだ。前回は婚約して2年後くらいだったが、会う価値なしと判断されていたのだろう。
「楽にしていいわ。初めまして、になるわね。なかなか時間がとれなくて、ごめんなさいね」
「とんでもないことでございます」
穏やかな声。落ち着いた物腰。気品ある姿は変わりなく。
違いを敢えて言葉にするならば、目、だろうか。口元に湛えた笑みを裏切る、底知れない冷たさを秘めた目。
ただ、以前のエヴリーヌが気付かなかっただけかもしれないので、何とも言えない。
着席を促されたので、対面で座る。
「クロヴィスから聞いてるわ。今日は、オールドリッジの令嬢に非難されて登城が遅くなったそうね」
「ええまあ…」
曖昧に濁したのは、咄嗟に躊躇ったからだ。強く否定してしまえば、ミランダに関心を向けられるかもしれないと。…あの可愛らしさにほだされちゃったかしら。
「あの子も困ったものね。公爵も何とかしようとしてるみたいでは、あるのだけれど」
悩まし気に王妃は溜息をつき、手持ちの扇で口元を隠す。”開始”のサインのようなものだが、反応してはならない。扇に描かれた花の意味も。
「まあ、あの子のことはともかくとして。あなたの方はどうなのかしら」
「…と言いますと?」
「本当に、クロヴィスの隣に立つ覚悟は、あるのかしら」
王妃にしては直截な言葉選びだ。率直にどう反応するのか見たいのか、エヴリーヌに合わせたのか。
「そうなるべく、努力しております」
「あなたはもう13歳。本来なら、王太子妃教育の大半を終えていないといけないのは、当然分かっているわよね?」
「…はい」
「それで、今は?」
「…予定の半ばほどだと伺っております」
はあ、とこれ見よがしに落胆を表に出される。びくっとエヴリーヌの肩が震えるのを王妃が一瞥する。
「努力しているのは聞いているけれど、追いついていないのも事実」
「はい…」
「このままでは、新たな婚約者を選ぶことになるわ。…残念だけれど」
「そんな…!」
悲痛な声を上げるエヴリーヌに、王妃はそれまでの冷然とした態度を一転させ、温かみを感じさせる眼差しを向けた。
「それはできれば避けたいの。あなたのためにも、クロヴィスのためにも」
「…殿下のため、ですか?」
「そうよ。あなたも気付いているでしょう、あの子の気持ちに」
「…そんな」
顔に熱が集まっているのを隠すように手で覆う私に、王妃は微笑まし気な表情をする。
「それにね、わたくしも、あなたが義娘になるのを楽しみにしているの」
いかにも期待しています、というような明るい声。
「厳しいことを言ったけれど、それだけあなたを買っているの。分かるわね?」
「…王妃陛下にご心配をおかけしまして、申し訳ございません。ご期待に沿えるよう、精進いたします…!!」
「ええ、頑張って」
改めて決意を述べると、王妃も満足そうに頷いた。
「──ああ、そういえば」
ふと思い出したというように、といったさり気なさを装った切り出し方だったが。
「公爵家の、商会なのだけれど」
「トレイス商会のことですか?」
「ええ。王都の支店もなくなって、完全に閉店状態になってるのは知ってる?」
「…一応、話だけは聞いております」
「どうして、そうなったのかしら? 5年くらい前までは順調だったわよね?」
「…申し訳ございません。商会の方は、私は関わっておらず…父からは商会長と意見の相違としか」
「そう。…公爵家は最近、事業の失策や投資の失敗が目立つわね。鉱山も売却したらしいし」
「言われてみれば、ここのところ父は忙しそうでした。詳しくは教えてくれなかったのですが…」
探るような視線を受けるが、嘘ではない。
「──何も、知らないの?」
何も聞いていないのかと、そう言われたならば。
「はい…。王妃陛下のご質問にお答えできず、申し訳ございません…」
「そう。…そうなのね」
こちらが本命だったのだろうというのは想像に難くない。
時間も押しているしと、今日は王太子妃教育は免除された。
馬車に揺られながら、思う。
やはりマグダレナは手強い。
王妃が手にしていた扇に描かれていたのは、アンチューサ。花言葉は、『不信』。




