8.予感
やはり避けられなかったか…とエヴリーヌは遠い目をした。
ミランダ=オールドリッジに、令嬢らしからぬ大声で呼び止められたのは、試験結果の掲示板の前。
入学早々絡まれるとは、…いや予感はあったが。
クラス分けは入試の成績によるもので、上位10名がAクラス、30位までがBクラス、以下Cクラスとなるが、入学時の人数によってDクラス以降が増える。
今年度はクロヴィスという王太子がいるので、同年代もそれなりに多い。王家と縁を繋ごうというだけではなく、次世代の要職に就かせようとする目論見もあるだろうから。
「エヴリーヌ=アストレイ、あなたは王太子殿下に相応しくないわ! 婚約者の座を辞退なさい!!」
Dクラスまであるので人の目は多い。衆人環視の中、居丈高に言い放つ金髪碧眼の美少女。
大きな目をキッと吊り上げているが、エヴリーヌからすれば可愛らしいとしか言いようがない。オールドリッジ公爵夫妻がついつい甘やかしてしまうのも、分からないでもないのよね。
しかし、この言いよう、まさかクロヴィスの婚約者を狙っているのだろうか。
アシャール家、オールドリッジ家は公爵家でも、系譜に他国の貴族の血が入っている。故に、継承権問題があったとしても、アストレイ家のような末路にはならないとは思うが。
「ごきげんよう、オールドリッジ様。ここでは他の方のご迷惑になりますので、場所を移しませんか?」
「何よ、逃げるの?!」
「いいえ、そんなつもりはありませんわ」
にっこりとエヴリーヌは笑う。
相手をするのは面倒ではあるが、ミランダ個人は嫌いではないのだ。我儘というのも、欲求を素直に口に出しているだけで分かりやすいし。
腹の探り合いや迂遠な物言いをする人間より、余程好ましい。貴族としては難があるにしても。
「式は終わりましたし、お話があるのでしたらお茶でもどうでしょう?」
入学式後は、掲示板でクラスを確認したら銘々解散していいことになっている。始業日は1週間後だ。
「どうして、わたくしがあなたなんかとお茶を、」
「まあいいではありませんか。折角お声をかけていただいたのですから」
「ちょっと、わたくしはまだ了承していなくてよ?!」
控えていた侍従のエルマーに、後に落ち合うことになっていたクロヴィスへの伝言を頼むと、ミランダを伴って学院を出た。
「オールドリッジ様は何にしますか? この季節のお勧めタルトは絶品らしいですわよ」
「……あなた、何でそんなに友好的なのよ…」
学院近くにある評判のカフェに、ちょうど来てみたかったのだ。心なし浮かれてメニュー表を見ていると、気味悪そうにミランダが見ている。
護衛と侍従は見えるところで待機。
「何故と言われましても。私たち、敵対しているわけではありませんし」
「敵対、はしていないけれど…わたくしが何を言ったか覚えていないの?」
「ああ、婚約を辞退というお話ですか。オールドリッジ様は、殿下の婚約者になりたいのですか?」
「…ミランダでいいわ」
「では私のことも、エヴリーヌとお呼びください」
よし。やはり、メアリお勧めのこのタルトにしよう。
手を上げて、人を呼ぶ。
するとミランダが慌てたように、メニューを真剣に見始め抗議する。
「わたくし、まだ決めていないのに!」
「あら、そうなのですか? 十分時間はあったように思いますが」
「…どれも美味しそうで迷ってるの」
「どれとどれを迷われてるんです?」
店員が静かに寄ってきた。こちらが声をかけるまで待ってくれている。
「このチョコレートケーキと…その、エヴリーヌ様がおっしゃった、」
「季節のタルトですね? では、それを2つ頼んで、半分ずつ分けませんか? 2つともは夕食に響きますし」
「…いいの?」
「はい」
根は素直なのよね。窺う目に笑顔で頷く。
「──このチョコレートケーキと、季節のお勧めタルトをひとつずつ。飲み物はダージリンを。ミランダ様、お飲み物は?」
「わたくしは、アールグレイを」
「それから、ナイフと、お皿を余分にお願いします」
「かしこまりました。チョコレートケーキ、季節のお勧めタルトを各1つ、ダージリンとアールグレイをおひとつずつですね。少々お待ちくださいませ」
メニューを下げ、店員が去ると、改めて向き合う。
「それで先ほどのお話ですが」
「…いきなり悪かったわ」
きまり悪そうに謝る姿に、やはり可愛らしいと思ってしまう。同時に、ミランダに淑女の仮面は辛いだけだろうとも。
何を言われても、何をされても、冷静に。平常心を保ち、内面を決して見せず笑顔を浮かべるというのは、並大抵の自制心ではできないのだ。
「それはいいのです。推測ですが、私の入試結果をご覧になって、ではありませんか?」
「…その通りよ」
私はBクラスだった。そうなるように、調整したのだ。
ちなみに、首席で代表挨拶をしたのはクロヴィスである。
「ミランダ様は、Aクラスでしたね」
「……これでも、頑張ったのよ。小さい頃は、…言い訳になるけれど」
「はい」
「…家庭教師と、合わなくて」
「…ああ」
ままあることだ。それであんな噂が立ったのかと得心がいった。
教師の中には、対象者の学力に見合わない進行をしたり、保護者の監視がないからと必要以上に体罰を与えたりする者もいる。
それが原因で、勉学を敬遠するようになる子も少なくないとか。本末転倒である。
「…あなたの噂も少しは知ってたわ。でも、噂が事実かどうかなんて、分からないじゃない」
「…そうですわね」
相槌をうったところで、注文していたケーキが運ばれてきた。
「お待たせいたしました」
チョコレートケーキと色とりどりのフルーツが乗ったタルト。目を輝かせるミランダを微笑ましくエヴリーヌは見る。
「よろしければ、こちらでお分けいたしましょうか?」
ミランダとの会話を聞いていたのだろう、店員の気を利かせた申し出だ。
私が頷くと、同じくミランダも。
了承を得て、店員がナイフを入れる。綺麗に2等分されたケーキを1つの皿に載せたものが、それぞれに置かれた。
「ありがとう」
「ごゆっくりお過ごしくださいませ」
紅茶を手に取る。セカンドフラッシュだろうか、香りは申し分ない。
「美味しい…」
ほうっと満足そうにミランダは紅茶を飲み、カップを置くと中断した続きをぽつりぽつりと話し出す。
「……でも、あの掲示板を見て、噂通りなのかと思って」
「はい」
「つい、勢いで…」
「そうですか」
「…怒らないの?」
「理由がないですわ」
「そう…」
結局、特に殿下を慕っているというわけではなさそうだ。もし私が婚約破棄されるのを、ミランダが望んでいるのなら好都合…ではあるのだけれど。
向いてないと思うのよね…。華やかなのは見た目だけの宮廷には。




