7.段階
「お嬢様、旦那様からこちらを託りました」
届いた手紙に目を通しながらお茶を飲んでいると、メアリがトレイに乗せた一通の手紙を差し出してきた。
「ありがとう」
受け取って確認すると開封済み。ということは、私宛ではなく、父に来たものか。封蝋はなく、差出人もイニシャル一文字のみ。
商会長─インフリックの『I』。
インフリックはもともと、エドガーが拾ってきた孤児だった。馬車で轢きかけたのが縁だったと後に聞く。
素質があったのだろう、教えたことをみるみる吸収し、貪欲に学んでいく姿勢に、人員不足だった公爵家お抱えのトレイス商会に入れてみたらしい。
力をつけ頭角を現し、トップに上り詰めたのも父の予想以上に早かったとか。
現在トレイス商会は、アストレイ公爵家とは袂を別ったために弱体化し、廃業寸前というのが表面上。実際は名を変え、レイア商会として国外に流出している。インフリックは商会長として顔が知られているので、陰でサポートしているようだ。
父に来た手紙を渡すということは、内容の把握か、判断の委譲のどちらかだろう。定期報告程度で私に回すはずがない。
報告はすべて公爵家の暗号を使用している。外部の手に渡ったとしても、表面に綴られた他愛のない世間話しか読み取れない。内容的には数行といったところだ。
「……ふうん」
さっと読み解いた後、手紙は焼却するためメアリに渡す。
──商会に探りを入れる者ねえ…。
王家の可能性は低い。行動も情報も遅すぎるし、国内の支店が減少した頃に、エドガーが陛下から詰問されたと聞いている。断言はできないが。
国内の目端の利くものか、それとも他国か。
公爵家の庇護にあるときから、商会を狙う者は多かった。商会そのものもだが、インフリック自身も才覚を見込まれ、何度も引き抜きにあっていた。どんな好条件を提示されても、頑として頷くことがなかったのは現状が証明している。
──人は情で従わせよ、か。
いつかの父の言葉だ。
エドガーは正しい。過去のクロヴィスも。
財力、資金力は、時に忠義や絶対的権力すら揺るがすほど影響は大きい。だが、金で動くものは金で裏切る。
そして心からの忠義や忠誠心は、金銭と引き換えできるものではないことを、エヴリーヌ自身も理解しすぎるほどに理解していた。
商会の件は、公爵家の諜報ではなく影に動いてもらい、目的を追ってもらうことにして。
貴族学院に入学まで、あと1年を切った。準備段階としては上々といったところ。
この国では、13歳から15歳までの間、貴族は王都の学院に入学が義務付けられている。距離的に通うのが困難な地方や辺境の貴族のために、寮もある。ちなみに、16歳で成人とされ、デビュタントを迎える。
公爵家から十分通える距離なので、エヴリーヌは寮に入る予定はない。王城から学院に通うのはどうかという提案もあったと聞くが、父が却下していた。
教育が想定以上に進んでいないのを危惧したのだろうが、公爵令嬢を滞在させるための費用を言及すると黙り込んだそうだ。無駄な予算だものね。
公爵家から捻出すればいいとの意見もあったが、それなら王城に居を移す必要はないだろうと切って捨てたとか。
婚約して5年。そろそろ、エヴリーヌに見切りをつけるか否か、話しが出始めている頃だろうか。次の候補者を選定する段階に入っているかもしれない。今のところ父は何も言っていなかったが。
──首尾よく見つかるといいわね。
各地から届いた手紙を見ながらエヴリーヌは笑う。
アシャール公爵家リゼラ様は、外務大臣のお父様と各地を巡って学んでいるそう。お父様の老獪な手腕と交渉術は勉強になると楽しそうである。『実践に勝る学びなし』という金言もいただいた。
バイエ侯爵家フルール様は、エドガーの説得という名の脅しの甲斐もあり、バルツァルへの留学を認められた。薬学の権威とも言われる教授と懇意になり、今では師弟関係のようだとか。
オドラン伯爵家コレット様、サルナーヴ伯爵家クラリス様は、婚約者と領地に下がり、特産物開発に勤しんでいるとのこと。
学院入学時に王都に戻ってくると手紙にはあった。婚約者との縁を取り持ってくれた礼と共に。
ベルトー侯爵家ディアナ様は、やり取り自体はないが、噂は届いている。そもそも彼女の好みは、騎士団長のような飾りではない鍛えた男性と聞いていたので、そちらとの縁があるのではないかという話だ。
数年前に蒔いた種は、無事芽吹いているようである。何より、それぞれ望む道に進めたことがエヴリーヌにとっても嬉しい。望んで王家に嫁ぐのならともかく、そうではなかったので本当に。
別段、彼女たちに情が湧いたわけではない。友人というには遠すぎる。ただ、常に暗殺の危険と隣り合わせ、権謀術数渦巻く宮廷劇など、知らずに済めばそれに越したことはないと思っているだけだ。
クロヴィスと同年代の他の令嬢たちは、エヴリーヌから見ても資産の面や器量に問題があり、まず議会で承認されないだろう。
残った候補で最も高位なのは、オールドリッジ公爵家だが、令嬢のミランダ嬢はある意味で有名だ。幼少時から、自分の要望が通らないと、癇癪を起こす、暴れる、喚くの三拍子。今でも我儘でやりたい放題、かの公爵家では手を焼いているらしい。学院入学前に矯正されるといいけれど、おそらくは。




