6.不可解─クロヴィス視点
ヘーゼルダイン国第一王子として生まれたクロヴィスは、7歳の折、資質、器量共に妥当であると議会の承認を得て、立太子された。同時に、婚約が決定した。候補は何人かいたが、王家の意向、議会の選定によるものだ。
我が国の貴族家は、3公爵、10侯爵、20伯爵から成る。子爵男爵は個人の功績如何で増減するので、数の取り決めはない。
クロヴィスの婚約者に決まった、アストレイ公爵家の嫡女エヴリーヌは、6歳の時点で優秀との誉れ高く、未来の王妃として申し分ないとの見解。
王家としては、公爵家の資産も魅力的だったことは、クロヴィスも理解できたので異存はなかった。
クロヴィスの方でも調査を命じたが、これといって問題は見つからなかった。
顔合わせは、婚約打診、了承を経て10日後だったのだが。
「…フリッツは彼女をどう見る?」
先日対面した、彼女の様子。それまでの評価とあまりにもそぐわない。
所作やマナー面は多少気になるところがあるにしても、誤差の範囲。だが、教養、学業全般に関して、調査報告と大きく乖離しているように思う。
試してみたのは、言語だけでなく、他国の情勢、歴史など、高位貴族であれば学んでいるだろう範囲も、エヴリーヌは理解できず、申し訳なさそうにしていたのだ。
7歳で初歩辺り。進み具合としては、遅いを通り越して、問題外の範疇である。これが下位貴族であれば何ら問題はない。そもそも学ぶ範囲が違い、他国の貴族と接する機会もほとんどない、下位のものならば。
しかし、エヴリーヌは高位貴族。それも公爵家。当然、教育は施しているはずだ。癇癪我儘娘と噂される、オールドリッジ公爵家の令嬢ならまだしも。
彼女と話した限り、学ぶ姿勢や意欲に陰りは見当たらなかった。
正対した際の印象が正しいのだろうか。クロヴィスの拭えない違和感は何なのか。
どうにも考えが纏まらず、側に控えていた侍従に尋ねてみる。王太子教育は過密なスケジュールであっても、効率面を鑑みて適度に休憩は入れられるので。
フリッツは逡巡した後、主の問いに答えを返した。
「自分から見て、不自然な素振りはなかったように思います。断定しかねますが、殿下のお考えとそう変わらないのではないかと」
クロヴィスの疑念を正確に察した上での答えだ。さすが父が侍従としてつけただけあって、有能である。
「もしあれが偽りだったとして、何のためにそんなことをする必要が? かの方自身の評価を落とすだけで、益があるとは思えません」
そうなのだ。フリッツの言うように、理由がない。いや、理由に思い当たることがない。クロヴィスを謀るような、婚約者相手に偽りを見せる理由が。
「…………」
それでも、腑に落ちない。
王城にも公爵家の教育に携わった者は数人いたが、揃って絶賛していたのだ。あの手放しの称賛が、公爵家への忖度か?
──いや。
重要なのは、以前の評価ではなく、今後のことだと思い直す。過去のことにいつまでも捉われていては、対策もとれない。
頭の回転は悪くないし、怠惰でもない。思考は柔軟、気質は素直なようだから、いくらでもやりようはある。ひとまずは公爵家の教育を見直させるとして。
あとは、様子見か。
それから王城にて王太子妃教育も始まり、エヴリーヌと顔を合わせる機会も増えた。婚約者の交流ということで、教育後のお茶会も定期的に行われる。
軽い世間話から始め、状況を窺うが。
「進捗はどうかな?」
「申し訳ございません…」
教育の進行になると、それまでの笑顔が固まり、謝罪するようになった。
クロヴィスにも報告は届いている。成果は捗々しくなく、遅々として進まないと。
通常、王太子妃教育は、成人のデビュタント前に終わらせることが必須とされている。知識、教養は最低条件であって、その他にも交渉術、応用力なども求められる。王家に嫁するのであれば当然のことだ。
足元をすくわれないために、他国に侮られないために、間違いや失敗は許されない。
知識や教養、礼儀は、そのための武器であり、盾でもある。
「いや、謝罪は必要ないよ。…エヴリーヌが頑張っているのは聞いている」
「……それでも予定より進んでいないのは、私の力不足によるものですので…」
悄然と俯くエヴリーヌを取り成す言葉をかけるが、内心では不満を募らせている。どうしてそれほど進みが遅いのかと。
彼女の意欲を削がないよう気を遣うも、言葉の端に棘が出そうになる。
「私、もっと努力いたします。殿下の隣に立つために」
「ああ、期待しているよ」
意気込みだけは買うが、結果が伴わなければ意味がない。などと口に出しはしないが、ため息のひとつくらいつきたくなる。
貴族学院に入学するまでに、少しでも学力が向上しているといいが。
クロヴィスの願いも虚しく、その後数年、エヴリーヌに変化はなかった。




