5.思惑
爪も牙も隠したまま、3年が過ぎた。
公爵家の資産は、その間に3分の2まで目減りした。正確には、減少させたのだが。とはいえ、それも表向きでしかなく、実情は大して変わっていなかったりする。資産移転に関して、まだ法整備されていないのだ、この国では。
商会は経営権を既に譲渡してある。条件として商会長に提示したのは、この国から他国へ拠点を移すこと。
深入りさせるつもりはなかったのでこちらの事情は話さなかったが、敏い商会長はおおよそ察しているだろう。そうでないと務まらないし、公爵家に恩を感じているようなので背信の不安もなく、託すのにうってつけの人物だ。
名義を変え、手法を変え、軌道に乗るまではこの国から動くことはなかったが、今や隣国だけではなく、周辺国まで勢力を伸ばすほどになった。
自国では落ち目の商会になりつつあるのにと笑みが浮かぶ。国内最大手の商会だったはずなのにね。
鉱山もそろそろ売り時を見計らう時期かと思案する。大きな鉱山は、ダイヤモンド、サファイアの2つ。小規模ながら上質なエメラルドが採掘できるのが1つ。ターコイズ、アレキサンドライトは人気が高いが、調整するまでもなく採掘量は少ない。鉱夫ごと任せられる買い手を見繕わなければならない。
この辺りは、父と要相談といったところか。
読書を装いながら、目まぐるしくエヴリーヌの頭の中は動いている。
分家には巻き戻って間もなく、通達している。本家の指示に従わない愚か者は、一族には存在しない。仮にいたとしても、真っ先に粛清対象である。
今後何があろうと口出し手出し無用と。
何せ、公爵家の品位や権威を、嫡子自らが貶める行動に出ているから。資産関連もその一端。
社交界も探らせているが、なかなかどうして、思い通りに動いているではないかとほくそ笑む。クロヴィスの方もだ。
完璧貴公子と称された彼だったが、その顔も、そつのない淑女としてのエヴリーヌであったからこそだったのだろう。
クロヴィスに並び立つに相応しくと、完璧を目指し、努力していたエヴリーヌはもういない。年相応に振る舞い、能力を平均値に見せかけながら、精一杯頑張っているという演技をしている。
苛立ちを隠しているようではあるが、時折表に出てしまっているのを、彼は気付いているだろうか。
相手がこちらを甘く見ているからと、油断する気はエヴリーヌにはない。余裕を見せつつ、常に気を張り、神経は鋭敏に研ぎ澄まされている。
──さて、化けの皮を剥がすのはどちらかしら。
思わず漏れてしまう笑いに、控えめなノックの音が割り込んできた。侍女のメアリが誰何すると、訪ねて来たのは母のキャロラインだった。
「お母様、どうかされましたか?」
「お茶でもどうかと思ったのだけれど…お邪魔だったかしら?」
エヴリーヌの手元の本を見て、母が窺う。
内容が頭に入っているカムフラージュのための本と、母のお茶の誘い。比べるべくもなく。
「いいえ。ちょうど休憩にしようと思っていたところなのです」
嘘も方便。笑顔で答えると、キャロラインも微笑んだ。
「メアリ、お願い」
「畏まりました」
テーブルセッティングをメアリに頼み、母をソファに誘導する。
間を置かずして、数種類の焼き菓子と紅茶を乗せたワゴンが来た。手際よくテーブルに並べ、紅茶を注ぐとメアリはすっと下がった。
繊細な白磁のティーカップは領地で作っているものだ。手に取り、紅茶を口に含む。
「いい香り…」
「落ち着くわね…」
ゆったりと紅茶を味わうのも、そういえば久しぶりな気がする。
3年前から始まった王太子妃教育と並行して、公爵家でも教育を施すよう厳命されている。エヴリーヌの不出来さは王家にとって誤算だったはず。婚約前は、才女として評判だったので尚更。
王城では必死に教育を受けているように見せ、家では多方面に思いを巡らす。あと数年は気が抜けない。家での教育? 必要ありません。
「ねえ、イヴ」
音を立てずにソーサーにカップを置いた母が、改まった表情でエヴリーヌを見る。
「いろいろ耳に入ってきてるのだけれど、あなたの思惑通りとみていいのかしら」
「はい。支障はありません」
母には何も話していない。陰で私と父が動いていることは把握しているだろうが、理由を問われても答えられないからだ。すべてが前世の由縁。それを語るのならば、秘術のことも明かさなければならなくなる。血族といえど直系以外には口外できない掟だと言われている。
だが、何も知らなくとも、簡単に尻尾をつかませるような迂闊な人ではない。
社交界の華と謳われる、キャロライン=アストレイ。男女問わず信者も多い、私の母。当然、私の噂も知った上で合わせてくれているのだ。
「そう。ならいいの」
私も、父も、行動を制限されたり、諫められたりはしない。それだけの信頼が私たちにはある。
「何かあれば、いつでも言いなさい。イヴが思うより、この母は頼りになってよ?」
「よくよく、分かっておりますわ、お母様」
ふふ、と顔を合わせて笑い合う。
娘から見ても、その微笑みは美しい。仕事第一の堅物だった父を、押して押して結婚まで導いたという逸話のある美しい人。公爵夫人としての辣腕ぶりは、他国まで届いているとかいないとか。
そんな母に、私の今の評判を吹き込んだ人間は無事でいられただろうか。その場は無難に躱しただろうけれども。




