4.対面
主要な貴族家には根回し済み、問題の2家も縁談が調ったようで、今のところ順調といっていい。
本日は、今世では初めて王城へ、婚約了承後のクロヴィスとの顔合わせである。
7歳の殿下ね…と記憶を掘り起こす。
当時の私から見て、王族らしい振る舞いではあったように思う。およそ誰もが想像する王子様というような。
所作に気品があり、マナーも問題なく、落ち着いた話し方で、緊張していた私を気遣ってくれていた。
初顔合わせということで、父のエドガーと一緒に馬車で向かうことになった。
「大丈夫か、イヴ」
「問題ありませんわ」
「正直、お前が婚約を受けるとは思わなかった。…聞いていいか?」
「はい、何でしょう」
「殿下に、恨みはないのか?」
恨み…恨みか。
騙されたことに対して?
信頼を裏切ったことに対して?
処刑されたことに対して?
「──ありませんわね」
「そうなのか」
「ええ。高位貴族ともなれば、騙される方に非があることは、言うまでもありませんが」
「そうだな」
知識も教養も必要だが、情報の正確さ、取捨選択、人の見極め、状況把握や判断力も含め、それらを上手く使いこなせなければ、潰されるだけ。笑みの下に武器を隠し持っているのが、貴族というもの。
だからこそ、幼い頃からあらゆる分野を学ばされる。隙を見せないよう、陥れられることのないよう。
実害が、自分だけでは済まないのを肝に銘じて。
「私は前回、政争に負けたのですわ。実に愚かでございました。…申し訳ありません」
愚かさを悔いても、クロヴィスに対する負の感情はない。
けれど、共に犠牲になった一族には、謝意と慙愧の念はある。時間が戻ったとしても、なかったことにはならないのだ。
「では、王家に復讐などしないということか」
「特に何かをするつもりはないですわね。ただ、いいように利用される気もありませんが」
「なるほど。…好きにするといい」
「ありがとうございます、お父様」
そう、特別何かを仕掛けるつもりはない。むしろ私が何もしないことが、彼らの痛手になるだろうから。致命傷でなくとも、重症くらいには。
「お初にお目にかかります。アストレイ公爵家が嫡女、エヴリーヌと申します」
「クロヴィス=ヘーゼルダインです。ようこそ、アストレイ嬢」
中庭に案内された私は、既に用意されていた茶席とクロヴィスに向かって、カーテシーと挨拶の口上を述べる。
エドガーは陛下に謁見ということで別行動になった。
如才ない笑顔で、クロヴィスは席へエスコートする。記憶と寸分の違いもなく。
「先日、君との婚約が決まったことは聞いてますか?」
「はい、父から伺っております」
「では、お互い口調と呼び名を変えるのはどうかな? いずれ結婚するのだから、歩み寄りは必要だと思うんだ」
「承知いたしました」
「君のことは、エヴリーヌと呼んでいい? 僕のことはクロヴィスと」
「はい、殿下」
「これからよろしく、エヴリーヌ」
笑みが標準装備のクロヴィスをそれとなく観察しながら、他愛のない会話に興じる。
最近何があったかとか、クロヴィスの弟や妹の話など、聞き役に徹していると。
「そうだ、エヴリーヌは幼いながらとても優秀だってね。先生たちが言ってたよ」
「いえ、私などまだまだですわ」
「そうなの? 語学はどこまで進んでる?」
語学はクロヴィスの苦手分野だ。成人後でも、習得したのは3か国語のみだった。7歳の時点では2か国語、自国と共通語のヒース語だけだった。
仕事を押し付けられていたとはいえ、彼は決して無能ではない。クロヴィス自身の能力は勿論、人を使うのも士気を高めるのにも長けていた。しかし、こと言語に関しては、覚える気がなかったのもあるだろう。
彼の補佐という意味で、エヴリーヌは7か国語の習得を余儀なくされた。今でもそれは根付いている。
「ヒース語の発音が難しく、未だ初歩で躓いておりまして…」
「…へえ。『本当かな。教師たちは絶賛してたんだけど』」
「? 何か、おっしゃいまして?」
エヴリーヌを試したのだろう、ヒース語でクロヴィスは尋ねるが、ただ首を傾げてみせた。
「いや、何でもないよ。…『才女だとか持て囃してたのも、公爵家への忖度か。この婚約、失敗だったかもな』」
理解できないだろうと踏んだのか、小声だがヒース語で呟くのをしっかり拾った。エヴリーヌは耳がいいのだ。7か国語も言語を覚えられたのは、リスニング能力の高さもある。
こうも容易くボロを出すのか。私を侮っているというのもあるのだろうが、それにすら気付かなかったのは同年代という補正があったのかもしれない。
7歳のクロヴィスなどこんなものかと、拍子抜けしたエヴリーヌである。
王太子に恨みがないということに疑問や意見はあるかと思いますが、エヴリーヌは芯から高位貴族ですので、すべての行動の責任は自身にあると思っているからこその考えです。




