3.暗躍
商会を1年の間にできる限り他国へ移し、王都の支店を縮小させた。拠点をすべて動かしてしまうと、王家の横やりが入るのは確実だったので、目立たない個所からひっそりと。
鉱山に関しても、採掘量を調整し、徐々に減らして価値のないものと誤認させてから売却の予定。そうなると売価が本来の価値よりも低くなるのが問題だが、買い手次第で交渉も可能だ。
領地の方は手を付けず、収支は父と相談してから公爵家、一族全体をコントロールすることに決まる。一気に動くと怪しまれることも予想し、すべてが緩やかに衰退していくように仕向ける。意図的だと悟られないように。
そして7歳の誕生日を過ぎたある日。
「エヴリーヌ。王家から婚約の打診が来たけれど、本当に受けてしまっていいのかい?」
王家からの使者が来ていたのは、窓越しに見ていたのでおおよその予想はついていた。
対応したエドガーが使者を帰したその足で、エヴリーヌに確認に訪れた。
「構いませんわ。どうせ、在学中辺りで破棄されるでしょうし」
「何を考えてる?」
「私が婚約者に選ばれたのは、公爵家の資産だけではないことを、お父様もご存じでしょう」
「ああ」
王太子妃教育傍ら、王太子、王妃の執務の一部を押し付けられていたのだ。私の実践教育と名目で、彼らの口車に乗せられて。
何が『君のような優秀な女性を妃にできるのは幸せだ』、『あなたのような有能な女性は国の宝よ』だ。
認められ、役に立てるのが嬉しくて、時には寝食を削って無理をしてまで執務をこなした日々。
それもこれも、クロヴィスへの想いと、未来の義母である王妃への敬意があったからだ。
「私はこの1年、何度か非公式にお茶会を開いていましたが」
「確か、アシャール公爵家、バイエ侯爵家、ベルトー侯爵家、オドラン伯爵家、サルナーヴ伯爵家の令嬢たちだったか。国内有数の資産家だな」
「はい。彼女たちと交流を重ね、私と殿下の婚約を匂わせることで他の候補を潰しました。尤も、彼女たちにその気はなかったようですが」
「ふむ。殿下の逃げ道を塞いだ、という認識でいいかな?」
「ご明察です、お父様。彼女たちは資産家であるだけではなく、前世で非常に優秀な方たちでした。万が一にも王家に目を付けられないようにというのもありますが、私たちの間でしか話せないような本音や希望を聞き出すことも目的でした」
この国は男性優位で、女性蔑視とまでいかないが、軽視されがちだ。貴族の女性は基本、結婚して家政を取り仕切るのが多数である。
前世では、彼女たちとそれほど深い付き合いはしていなかった。表面上の、貴族的付き合いでしかなかった。エヴリーヌの幼少時は勉学や礼儀作法などの授業でスケジュールが埋まっていたから、幼い頃に親睦を深めるなどということもできなかった。
今は、前世での経験があるため、時間を自由に使える。
「子供は素直でいいですわね。これが成長して仮面をつけ始めると、身の内を明かすのは難しくなりますから」
貴族が弱みを見せるのは、味方であっても得策ではない。その弱み次第で、敵になりうる可能性を秘めているからだ。
父は複雑な顔をしている。
「まず、アシャール公爵家リゼラ様。お父様の影響で外交官になるのが夢だそうですわ」
「アシャール公爵か。あのタヌキはあれでいて娘に弱いからな。私から接触しておこう」
「お願いします。次に、バイエ侯爵家フルール様。薬学に興味があるそうなのですが、家の方から許可が下りないのが悩みだとか」
「薬学か。お前から見て彼女はどうだ?」
「学業は全般的に上位ではありましたが、ムラがありましたね。おそらく興味のない方向へは能力が発揮できないタイプかと。なのでバルツァルへの留学をお勧めしましたわ。後押しをお願いできますか?」
「薬学で名を馳せているバルツァルか。任されよう」
「ベルトー侯爵家ディアナ様は…」
微妙に言い淀んだエヴリーヌに、エドガーは怪訝な目を向ける。
「なんだ、何かあるのか」
「…恋愛結婚が、夢だそうで。絶対に、政略結婚はしない。王家なんて死んでもごめんだ、と」
「……まああの家は、代々、恋愛結婚している家系だからな。奇跡的に」
貴族家で高位になるほど情は二の次になりがちだが、ベルトー侯爵家に限っていうならば、相性のいい男女が奇跡的に惹かれ合い、奇跡的に家格も問題なく、奇跡的に継続している家だ。
「もし王命など出され強制的に嫁ぐことになったら、出奔するか修道院に行くとまで言ってましたわ」
「家族仲がよく、結束が固いあの一族なら大丈夫か。そのような事態になれば、一丸となって王家に抗議するだろうし」
「あとは、ディアナ様自身がクロヴィス殿下他、王家の方々に惹かれなければいいのですが」
「そうだな」
「論外、と言ってました」
「論外」
「優男は趣味でないそうで」
「…そうか」
「成長して気が変わらないことを祈りますわ」
「そうだな」
「問題は、オドラン伯爵家、サルナーヴ伯爵家の2家でしょうか」
「何かあるのか」
「いえ、彼女たち自身はとても素直でいい子なのですが、家が問題ですわね」
「両親ともに、野心家だったな。そういえば」
「オドラン伯爵家コレット様、サルナーヴ伯爵家クラリス様。お2人とも、王家と縁を繋ぐなど恐れ多いとおっしゃっておりましたが…」
2人とも、どちらかというと、優し気でおっとりした女性だ。気質的に、常に命の危険が伴う王家のような昏い場所は似つかわしくない。
記憶に間違いがなければ、在学中に婚約し、領地で結婚したはずだ。相手も知っているが、自然に寄り添っていてとてもお似合いだと思っていた。
「在学中では遅きに失する可能性もあるな。現時点でその相手とやらと婚約させてしまうか」
「それがいいですわね。先に、対面を済ませて問題なければということで」




