10.報告
「久しぶりだな、イヴ! ヴィクター様が会いに来てやったぞ!!」
ノックも先触れもなしに現れたのは、1つ年上の従兄だ。道理で騒々しいと思った。公爵家に従事するものは皆、不要に音を立てることなどないので。
報告書から目を離さず、一言。
「…エルマー」
「はっ! ただちに」
「ちょ、ちょっと待てって!」
招かれざる客を追い出すべく侍従に命じると、従兄は焦った様子で待ったをかける。
「報告! 報告に来たんだって!!」
始めからそう言えばいいものを。
冷たい視線を向けると、ヴィクターはばつの悪そうな顔をする。
ヴィクター=アークライト。分家のうち、主に公爵家の諜報を担う家門の放蕩息子。こんなのが跡取りで大丈夫かと不安を感じる今日この頃。
あの紳士な叔父と、母の熱狂的信者だが完璧淑女の叔母から何故、というのがヴィクターの認識。
「や、だって、学院じゃ接近禁止だし、そうそうお前に会うこともないしさぁ」
「会う必要がどこに?」
「冷てーな…そんなんじゃ、殿下に愛想つかされちまうぞー」
望むところですが何か。
「…………」
「ああ、分かった、悪かった! 貴重な空き時間を邪魔して悪かったよ!」
「──報告を」
「あーはいはい。ほんっと、イヴは合理主義者だよなー」
「…その呼び方、やめるように何度言えば分かるのかしら。その頭、飾りなら要らないわよね?」
「ひっでえ!」
ついでに騒がしいのも嫌いだと、いい加減その軽い頭に刻んでほしいものだ。
大袈裟に嘆くヴィクターを横目に、手渡された報告書に目を通す。これだけ置いて帰ればよかったのに。
──諜報活動に休みはない。
貴族家の動向、市場や他国の情勢、物価、流通、対象は様々だが、わざわざヴィクターを使いに出したのは理由があるのだろう。
「てか、何でお前に報告なんだ? 伯父さ…公爵閣下じゃなくて」
伯父さんと言いかけて睨まれたヴィクターが即訂正する。血縁といえど、線引きははっきりさせなければならない。
犬の躾は最初が肝心と聞くけれど、こんなに大きくなった後では難しいだろうかと思案する。これで適正なしの無能なら、処分もできたのだが。
「なーんか、物騒なこと考えてねえ?」
「さっきの質問と合わせて、あなたが知る必要のないことよ」
数枚の報告書は王家関連だった。
先日の茶番で、エヴリーヌはクロヴィスに恋する愚かな少女を演じてみたが、完全に欺けるとも思っていなかったのでさして驚きはない。
いくらエヴリーヌが前世で王妃教育まで終えていたとしても、経験値は圧倒的にあちらが上だ。マグダレナの目は最後まで油断なく光っていたし。
「…大丈夫なのか?」
「これくらいならね」
「一族が他国との縁を繋いでるのも、関係あったり?」
「想像に任せるわ」
読み解いてヴィクターに渡す。報告書はすべて機密事項だから、一切残さないのが鉄則。情報の重要度は関わりなく。
そもそも、今更動いたところで探れることなど高が知れているのだ。
資産関係は二重三重に人を介していて、痕跡も消している。公爵家内部は、王家の影でも立ち入れないほど厳重で、警戒を怠ることはしていない。こちらは”影”の方も動かしている。
しかし、エヴリーヌを召見したことが公爵家の内情を探る要因になったのならば、王妃の判断ミスだ。あと3年ほど早ければ違っただろうに、早い段階で私という人間を見極めようとしなかったことが。
「そういや、閣下の子はお前1人なのに、王家に嫁いじまったら公爵家はどうするんだ? 養子の話も出てねえよな?」
「一応、私の産んだ子が継ぐことになってるわ。2人目以降になるけれど」
前回もそういう契約だった。もしエヴリーヌが不妊の場合は、養子も検討されていただろう。
「……」
無意味な、仮定だった。
「……なあ、お前さ。前はもっと…数年前まではまだちょっとこう…」
「はっきり言いなさい」
微妙な表情で、何を口籠っているのか。
「いや、王太子妃教育とかもあるかもなんだけど。何か、変わったなって。一気に大人になったってーか」
「………」
「何が、あったんだ?」
自分が今どんな顔をしているのか、分からない。
ヴィクターが何故、そんな傷ましいものを見るような目をしているのかも。
「答えは同じよ」
──知る必要はない。
「言うと思ったけどなー」
肩を竦める従兄はそれでも笑っていた。
他愛のない雑談をあしらいつつ、エヴリーヌが必要なことを終えると、ヴィクターは伸びをしながら立ち上がる。
「最後に確認だけど。学院の方は、本当に放置でいいんだな?」
「構わないわ」
学院始業日から5日あまり。
エヴリーヌは嫌がらせを受けていた。
備品の破損、誹謗中傷など平民が思いつくようなもので、悪質な噂も流れているようだが、その程度かわいいものだ。
首謀者は判明しているし、対処しようと思えばできるけれど。
「あと、追加情報。入ったばっかだから、報告書に間に合わなかったやつ」
「何?」
「お前の学年に、帝国からの留学生が来るんだと。詳細不明」
「…帝国?」
「おう。まあ、気をつけろよ」
「…あなたもね」
手をひらひらさせながら、ヴィクターは退室した。
──さて。
邪魔者は帰ったしと、エヴリーヌは情報を頭の中で纏め、思索する。
現状、最も注視すべきなのは、帝国の動きだろうか。
この世界で帝国といえば、1つだけ。
海を隔てた大国、ノイベルト帝国。基本、他国には不干渉の何かと秘密の多い国。
最近接点を持ったと言えば、フルール嬢の留学くらい。バルツァルも帝国の傘下だから。
それだけなら、偶然と片付けられたかもしれない。
でもねえ…商会を探ってるのが帝国らしいという、別件からの報告を受けてしまった後では。




