11.嘲笑
学院の昼食は食堂があるが、身分に関わらず利用は自由である。無論、教師も。
ただし、王族だけは個室が用意されている。身分に対する忖度ではなく、他の生徒たちへの配慮としてだ。
下位貴族も気兼ねなく、また楽しんで食事を摂れるように。
今日の私は、クロヴィスの誘いで個室に来ていた。略式のコース料理をいただき、食後のお茶を飲んでいるときだ。
「エヴリーヌは、噂を知っているか?」
「噂…ですか?」
「そう君の」
「? 何か噂されているのでしょうか?」
私に関するもの、無関係のものまで一通り聞いてはいる。
噂の掌握、情報統制、誘導も、高位貴族として、ひいては将来王族に連なるものとして、必須だ。クロヴィスの内意を汲み取った上で、だからこそ知らぬ風を装う。
「…いや、知らないならいい」
クロヴィスは目を伏せることで失望を隠したつもりだろうが、隠しきれていない。
感情というフィルターを除けば、彼はなんと分かりやすいことか。誰にでも分かるほど、あからさまではないにせよ。13歳という年齢を加味しても、王族としてどうかというライン。
──読みやすいのは、私としては助かるけれど。
食事を終え、会話もひと段落したところでクロヴィスに暇を告げた。
昼休憩はまだ残っているが、ちょっとした用事ができたのだ。
エヴリーヌは新鮮な気持ちで、手紙ともいえないそれを見る。
上位貴族を、紙切れ1枚で呼び出すことの意味。
まあ、理解できていないから、こんなことできるのよね。
指定の場所にエヴリーヌが赴くと、待ち構えていた3人の令嬢に囲まれた。じろじろと不躾な視線を向けられるのも、久しぶりの感覚だった。
「アストレイ様、そろそろ王太子殿下との婚約は辞退なさった方がよろしいのでは?」
「そうそう、あなた様には荷が重いようですし…」
「ほら、ミランダ様もおっしゃっていたではないですか、入学式のとき」
「ああ! そういえばそんなこともありましたわよね」
挨拶もなく、くすくすと嘲笑しているのは、Aクラスの、ギビンズ侯爵家、フリント侯爵家、ハンプソン伯爵家の令嬢たちだ。無礼にもほどがある。
興味本位で来てみたのだが、なんともお粗末な展開になっている。
嫌がらせの主犯たちが揃って、エヴリーヌ1人を囲み、中傷している姿は実に醜い。まあ社交界も似たようなものであるが。
どう振舞うのが適切かしらと、迷ったのは数瞬で。
「ひどいです…私は精一杯努力していますのに…何故そんな…」
俯き、怯えたように声を震わせた。
エヴリーヌの様子にますます調子づいたのか、令嬢たちは揃って次々に批判を重ねる。
「まあ! ご自分の至らなさを棚に上げて、わたくしたちを非難するなんて!」
「そうですわ! 私たちは親切で申し上げているのですよ?」
「アストレイ様の学力では、王太子妃教育もままならず、殿下もご苦労なさっているでしょうし」
「実際、教育係が呑み込みが悪いとこぼしていたそうですわよ」
「そうでしょうね、ほら、アストレイ様は他事でお忙しいのよ」
「ああ、あの噂!」
その噂も、この令嬢たちが寄り子たちを使って流したということは割れている。
学業そっちのけで、夜遊び、男遊びに興じているとか、身分を笠に下位貴族に横暴に振舞っているとか。
根も葉もない噂だ。
「え、何の噂なのですか…?」
弱弱しく尋ねると、3人は顔を合わせた。
「殿下からも、私の噂があると聞いたのです。何か、知っているなら…」
「ご自分で調べることすら、できませんの?」
これだけは真っ当な言い分である。ぐっと詰まると、嘲笑よりも侮蔑を含んだ笑みを3人は浮かべた。
「そんな体たらくで、王太子妃、果てはこの国の王妃など務まりますの?」
「やはり、今のうちにご辞退されるべきかと」
「その方が、アストレイ様のためですわ」
「他に相応しい方はいるでしょうし」
まさか、あなた方、ご自分が相応しいとか思ってませんわよね?
などと思っても、口に出すことも、まして顔に出すことなど以ての外だ。
「…………」
「とにかく、お早い行動をお勧めいたしますわ」
「後々のこともありますし」
「それでは、ごきげんよう」
無言でいる私をどう思ったのか、最後に念を押すと令嬢たちは去っていった。
エヴリーヌは表情を悟られないよう、顔を伏せたまま動かない。遠目には、令嬢たちに責められて消沈したように見えるだろう。
ここに来る前から視線を感じていた。それも複数。
その中に王家の影もいることを見越して無難に対応したが、それ以外の視線にはどう見えていたか。
何を探っているのか、未だ不明だ。
私の目的の妨げにならなければいいのだが。




