12.事態
嫌がらせは依然なくならず、むしろエスカレートしていく。
食堂で水をかけられたり、足をひっかけられたり、エヴリーヌに直接、小さいながらも害を及ぼすようなものに。
時折、呼び出しもあり、嫌みと皮肉をただ耐えてみせたりしていた。
そして定期試験をほどよく手を抜き、結果が出た頃だった。
決定的な事件が起きたのは。
そのとき、エヴリーヌは何人かのクラスの令嬢たちと次の授業のために移動していた。
前方からも同じように移動中の生徒たちに、すれ違ったのだが。
階段を下りる最中、どんっ!と背中に衝撃が走った。
「…っ!!」
1階から2階に続く広い中央階段は、それなりに段数がある。
無防備なまま転げ落ちたエヴリーヌに、令嬢たちが悲鳴を上げるのを痛みの中聞いた気がした。
「気が付いたかい、エヴリーヌ」
「ここは…」
意識が戻ると、心配そうなクロヴィスが見ていた。
「医務室だよ。…何があったか覚えているか?」
「…ああ」
誰かに押されて、階段を落ちたのだ。記憶は混濁したりしていない。はっきり覚えている。
身を起こそうとして、僅かに痛みが走った。
「無理はしない方がいい。軽い打撲と捻挫らしい」
「そうですか…」
落ちたのが上段からでなくて幸いだったというべきか。おそらくそれほどの傷は負っていないし、後遺症が残るものでもない。
多少の護身術を、前世含めて習っていることも功を奏したのだろう。
エヴリーヌは護衛対象ではあるが、習っているのといないのとでは、咄嗟の動きに差が出る。命を拾うのは、そういった努力の積み重ねからくるものもあるのだ。
「ずっと嫌がらせがあったと聞いた。何故、対処しなかったんだ?」
責める響きはなかったものの、クロヴィスの疑問は尤もだ。公爵家の権力などなくとも、解決など容易い。エヴリーヌの裁量で十分可能である。
「まさかここまでするとは思わず…」
ある意味本音で、ある意味偽りの答え。
クロヴィスはそれに、溜息で反応する。
「実に甘い考えと言わざるを得ないな。欲にかられた貴族の手口がどんなものか、学んでいないのかい?」
「…申し訳ございません…」
クロヴィスの学びはこの場合、学業という意味ではもちろんない。高位貴族ならば、幼い頃から身につけさせられるものだ。
人の善意も悪意も、等しく人の思惑というものを。それが正か負かの差があるだけで。
医務室の寝台で静かに謝罪するエヴリーヌに、クロヴィスは立ち上がる。
「しばらく学院も休むことになるだろう。王城での教育も、そのように伝えておく」
「はい、ご配慮、ありがとうございます…」
「迎えを呼んである。私はこれで失礼するよ」
儀礼的な挨拶を残したクロヴィスと入れ替わりに、エルマーが入ってきた。慌てた様子の侍従を見ながら、いつから彼は一人称を『私』に変えたのだったかと、埒もないことを考える。
婚約者の対応としては、冷淡と言われてもおかしくない態度だった。重症ではないとはいえ、労りも気遣う言葉もなかった。
怪我をしたエヴリーヌを自宅まで送り届けることもなく、家人とはいえ他人に任せるとは。
──これが決め手になったかしら。
先日の試験結果の件もあるだろうが。
公爵家に戻ったエヴリーヌは、まず出迎えたキャロラインの怒りを目の当たりにして、身が竦む思いをする。エルマーが先触れを出していたらしい。
母は、決して表情には出していない。いつも通りに美しい微笑みを湛えているのに、怒りを感じるのが心底恐ろしい。矛先が、自分でないことだけが救いだ。
エルマーが私を自室に送った後にキャロラインに連れていかれたが、大丈夫だろうか。事情聴取のようなものだろうことは分かるけれども。
次にメアリに泣かれ、着替えの最中に、できたばかりの痣や裂傷を見られ、また泣かれた。
即寝台行き、そしてしばらく出歩くことを禁止された。私を心配してのことなので、逆らうこともできず、されるがままになっている。
アストレイ家お抱えの侍医にも改めて診てもらったが、念のため10日は安静にしているようにとのこと。治療後に薬を渡される。学院に届けは、診断書と共に提出すると母が言っていた。
──10日か。
エヴリーヌが休んでいる間に、事態は動くだろう。
今回の怪我が偶然によるものではなく、悪意によって起こされた傷害事件であることはさておき。
適正、対応、能力、資質。
王族に必要なものすべてが、エヴリーヌに不足していると。既に見極めの必要はないと。
クロヴィスの帰城後、議会招集は間を置かずにかけられるかもしれない。
これまでのエヴリーヌを思えば、審議に時間がかからないことは想像に難くない。そうなるように、私が企ててきたのだから。
7歳で婚約してから6年。
長かったのか短かったのか、エヴリーヌには分からない。
けれど、結果はもうすぐ出るだろうと予想をつける。
そして、2週間後。
アストレイ公爵家に王家からの使いが来た。
父エドガー、母キャロライン、それから私エヴリーヌの召喚状だった。
もう少しでイヴの第一目的は達成というところ。
使い古された階段落ちで申し訳ない(´・ω・)




