13.不適格─クロヴィス視点
「何? エヴリーヌが階段から落ちた?」
「はい。中央階段だそうです」
エヴリーヌとはクラスが違うため、当然授業も同じではない。クロヴィスがその報告をフリッツから受けたのは、騒ぎが収まった1時間後くらいだった。
「原因は? 足を踏み外したなどではないだろう?」
「人為的に突き落とされたとのことです」
「…そうか」
嫌がらせを受けていることは報告されていた。誰が先導しているのかも。影をつけていたが、表立っては動けないため、突発的事故を阻止するのは難しいことも分かっていた。
それも含め、エヴリーヌの動向を注視していた。どう対処するのかと。
彼女の手に余るようなら、クロヴィスに相談すべきであったし、そもそもエヴリーヌより上位の身分のものは学院では自分しかいない。
今回の事故も、未然に防ごうとすればできたはずなのだ。低位貴族と違い、それだけの権力が公爵家にはある。
自ら動かずとも、寄り子を動かすだけでも止められた。いや、エヴリーヌの命がなくとも、自発的に動くべきなのだ。もしくは公爵家からの抗議だけでも収まっただろう。
しかし、彼女は何もしなかった。
「……それで実行犯は?」
「カーナル男爵家ボニー嬢でした。既に捕らえてあります。いかがなさいますか?」
「王城に連れて行け。男爵家に召喚状も」
「かしこまりました」
「寄り親は、ギビンズ侯爵家だったな」
「カーナル嬢はDクラス。アストレイ嬢と接点はありませんし、おそらくは」
「ギビンズ嬢は嫌がらせの主犯格でもある。十中八九、侯爵家から、いや令嬢からの指示だろうが…」
「物的証拠は、ないでしょうね」
「行動自体は愚かだが、そんなものを残すほどではないだろうな」
言及したところで、水掛け論になり、最終的に男爵家が切られるだけだろう。
エヴリーヌに、議会が承認し選定した王家の婚約者に危害を加えるという意味を、理解していない愚か者ども。
本来なら、それらに対応し解決するのも、王太子妃、ひいては王妃になるものとしての裁量だった。
自身に降りかかった些末事くらい処理できなくては、国内を束ねることなどできはしない。まして他国と渡り合うなど。
王妃とは、国の最も高貴な女性であり、すべての貴族の女性の頂点であり、社交界を掌握しなければならないのだから。
「──…残念だ。エヴリーヌ」
フリッツに指示した後、医務室に赴き、エヴリーヌからも話を聞いた。
善良ではあるのだろう。だが、それでは貴族社会は生き抜けない。足の引っ張り合い、化かし合い、隙を見せれば命すら危うい弱肉強食の世界では。
この辺が、潮時か。見切りをつけるときがきたようだと悟る。
エヴリーヌを公爵家の者に引き継ぎ、早々に辞去した。
事後処理がまだいろいろと、ある。
帰城すると、フリッツが待ち構えていたように出迎えた。
カーナル男爵家の聞き取りは終わったとのこと。
予想通り、裏で糸を引いていたのは、キビンズ侯爵令嬢だった。
取引の継続をちらつかせ、脅迫したらしい。家族と領民の命を量りにかけるような真似をさせるとは。
やり方としては、実に貴族的だと言える。弱みでもって人を脅し、意のままに操るというのは。
それが如何に卑劣なものだとしても、利益のために人を陥れるのは、珍しいことではない。推奨されているわけでもないが。
「カーナル嬢ですが」
「ああ」
「公爵令嬢に危害を加えたのだから覚悟はできていると。ただ」
「ただ?」
「男爵家は関わりない。罪は自分1人の命で、と言っておりました。いえ、懇願されていました」
「そうか…」
かの令嬢は、上位貴族に歯向かうことの恐ろしさと意味を理解していたのだろう。
侯爵家に逆らっても、エヴリーヌに危害を加えても、男爵家は終わりだと。
「男爵の方は?」
「娘の命だけは助けてほしい、自分が代わりになるからと」
「令嬢もだが、真偽はどうだ?」
「嘘は言っていないと。使用人などの証言も一致していました」
「あの男爵に、王家を謀る胆力はないだろうしな」
フリッツも同じ意見らしく頷いた。
「アストレイ嬢に大した怪我はなく、命に別状ないと伝えたら、カーナル嬢は泣いてました。よかったと、本当はこんなことしたくなかったと」
カーナル男爵令嬢も被害者だと言えるのだろうが、それでも罪をなかったことにはできない。
罪状として、準王族に相当するエヴリーヌを害したことは、王家に叛意ありとみなし反逆罪に当たる。しかし、酌量の余地があるのも事実。
父に報告後、処遇を決めることになるか。クロヴィスの今後も。
「早急に、王太子殿下の次の婚約者の選定をしなければ」
宰相の言葉に、議会に招集された全員が同意する。慣例では、あと3年ほどで王太子妃教育を終えなければならないのだ。
かなりの詰め込み教育になる。最低でも、高位貴族の教育を基礎としてなので、下位貴族は候補には入らない。
エヴリーヌは学力、適正共に疑問視されていたが、当初の話ではあと1年は様子見の予定だった。
だが、今回の件を受け、卒業を待たずに不適格の烙印を押され、婚約解消となることが決まる。
「候補は、オールドリッジ公爵家、ベルトー侯爵家、ギビンズ侯爵家、フリント侯爵家、クレイストン侯爵家、ハドック伯爵家…婚約者のいない家門は他にありましたかな」
「アシャール公爵家は確か」
「私の後を継ぐことになっているのは周知した通りだ。外交官として実績も上げている」
「そうでしたね」
「バイエ侯爵家の令嬢は、バルツァルに留学中でしたな。薬学の権威と懇意になったとか」
「なので、婚約は辞退させていただく。王太子妃教育を受ける余裕などない」
「オールドリッジ公爵家は、どうです?」
「申し訳ないが、我が娘に王太子妃は荷が重すぎる。器量に不安があるのでな」
「ああ…」
「オドラン伯爵家とサルナーヴ伯爵家の令嬢は、婚約者がいますよね」
「はい、事業提携もありますので解消は視野に入れておりません」
「同じく」
「ベルトー侯爵家は…」
「我が家に、政略結婚を? 娘はその決定次第で出奔すると言っているが? 更にいうならつい先日、チェスタートン家の倅と婚約が決まったところだ」
「おお、騎士団長のところのですな。なかなか筋がいいと評判の」
「というか、先にそれを言ってくださいよ」
「ハンプソン伯爵家はどうですか?」
「我が家に王家を支えるほどの資産がないことは、ご存じでしょう?」
次々と候補が上がり、却下されていく。
各々が思いついた順に発言しているので、爵位の上位からではない。発言の許可を受けてだが。
「そういえば、ギビンズ侯爵が見当たりませんな」
「彼は別件で席を外すと陛下から託りました」
「陛下がこの場に同席されていないのも、そういうことですか」
「では、残る候補で有力なのは、ギビンズ侯爵家、フリント侯爵家、クレイストン侯爵家、ハドック伯爵家の4家ですか」
「しかし、最低でもその4家当主がいないことには…」
「そうですな。続きは後日ということでよろしいか?」
宰相がまとめたところで、今回の議会は解散となった。




