14.永訣
召喚状に従い登城したエヴリーヌたちは、謁見の間に案内された。
父母と合わせての呼び出し、応接間でもなく謁見の間。つまり、内々の話でもなく、正式な通達であるということ。
それも決定事項。
エヴリーヌは確信した。──結実のときが、来たことを。
「面を上げよ」
檀上から掛けられる声に、アストレイ家3人は揃って顔を上げる。
見上げた先には、国王ユークレース=ヘーゼルダイン、王妃マグダレナ、王太子クロヴィス、王側に宰相グレン=バーナード。
そして、私たちと同じ位置で控えているのは、クレイストン侯爵家の面々だ。次が決まったのかと、緊張した面持ちで佇んでいる令嬢をそれとなく見る。
クレイストン侯爵家は令嬢のグロリアもだが、すべてにおいて、中の下の評価を受けている。これから苛烈な教育が待っているかと思うと、少しだけ同情してしまう。他に選択肢はなかっただろうから。
「──アストレイ公爵家嫡女、エヴリーヌ。此度のこと、災難であったな」
「もったいないお言葉にございます」
始めに国王から声がかかるのは意外だった。宰相から通告されるものだと思っていたが。
入室前に直答は許可されているので、エヴリーヌの答えは不敬には当たらない。
「実行犯は捕らえてある。そなたはどんな処罰を望む?」
──そういうことか。最後まで私を試すつもりなのね。
「恐れながら申し上げます。もし私の希望を反映していただけるのでしたら、どうか寛大なご処置を」
「厳罰は望まないと?」
「同じ学院の生徒かと思われますので…」
「理由はそれだけか?」
「はい」
エヴリーヌは、危害を加えたのが誰かなのも、事情も知っている。本人の意志ではなかったことも。
しかし、王はそれを敢えて告げなかった。
罪状だけならば、反逆罪で一族郎党死刑であると答えるのが正解だったはずだ。
国を背負って立つというのは、感情を挟まず、ただ事実で判断しなければならない。冷静に事態を見、時に冷酷な判断を下さなければならない。
仮にエヴリーヌが王家側から背景を知らされていたら、前述の答えは何ら不思議なものではない。
被害の度合いにもよるが、犯行を強制された被害者と知り、厳罰を望むものは多くはないだろう。教唆した人間、原因に対してならともかく。
犯行後にカーナル嬢を捕縛し、男爵家も含め尋問したのは王家主導で行われている。情報が外に漏れるなど通常ならあり得ない。
だからこそ、エヴリーヌはそう答えた。私が知っていることを、知る由もない王家に対して。
「グレン」
国王は、クロヴィス、マグダレナと視線を交わし、頷くと宰相を呼ぶ。
「実行犯、カーナル男爵ボニー嬢は辺境の修道院送り、男爵位は剥奪。酌量減軽による処断となります。よろしいですかな?」
「異存はございません」
「また、犯行を指示したとされるギビンズ嬢ですが、証拠がないため、アストレイ嬢に対する加虐で処罰されることとなりました。フリント侯爵家、ハンプソン伯爵家も同様にです。こちらについては複数の証拠、証言が得られましたので」
エヴリーヌが首肯すると宰相が続ける。
「ギビンズ侯爵家、フリント侯爵家、ハンプソン伯爵家は降爵処分。ギビンズ嬢は除籍後、北の孤児院に修道女として送ることに。フリント、ハンプソン両家令嬢は除籍。以上です」
1年の3分の1は雪に覆われるという厳しい土地にある、北の孤児院。あの令嬢にとっては重い処分だろう。
当初のエヴリーヌの構想では、婚約解消後の後釜はギビンズ嬢を考えていた。何事もなければ筆頭候補だったはずだ。エヴリーヌがそう仕向けたのだ。
多少難ありでも、資産、能力もそれなりで、上昇志向の強いあの令嬢ならと。
人を貶めることなく、研鑽を積み、大人しくしていれば、望みは叶っただろうに。
「そして、今回の事件により、アストレイ嬢、あなたと王太子殿下の婚約は白紙撤回となりました」
待ち望んでいた、言葉だった。
──ああ、ようやくだ。
ようやく、自由になれる。
衝撃を受けたような表情をしたエヴリーヌに、宰相がほんの僅かに憐れみの目を向ける。
「アストレイ嬢から何か異論はありますか」
「……王家の意向とあらば、従わざるを得ません。謹んで、お受けいたします」
侍従がエヴリーヌの返答で、婚約解消についての書類を持ってきた。
私と、当主であるエドガーがサインすると、壇上の宰相に確認させる。
「確かに。──王太子殿下の新たな婚約者は、クレイストン侯爵家グロリア嬢となりますが、両家よろしいですかな」
「我がクレイストン侯爵家に異存はございません」
「アストレイ家も同じく」
各当主の了承を以て、1つの婚約が解消、新たに1つの婚約が締結したのだった。
ここで、エドガーが口を開く。
「今回の婚約解消に伴い、我がアストレイ公爵家は、王家に爵位返上いたしたくお願い申し上げます」
「…爵位返上だと?」
「はい。娘のためもありますが、新天地にて心機一転したいと考えております」
さすがにこの提案には驚きを隠せなかったのか、国王が目を瞠るのが下段からも窺えた。
「そういえば、ここのところ公爵家は失策が続いていたようです。納税額が数年前と比べ、半分以下との報告も」
「…そうか。グレン」
宰相からの言葉で国王は然程迷う必要もないと断じたのか、書類が用意された。
エドガーがそれにもサインする。
「ご寛恕いただき、ありがとうございます。我らアストレイ家は、今後の王家の繁栄を陰ながらお祈り申し上げます」
国王が鷹揚に頷くのを見て、エヴリーヌが発言の許可を求めた。
「最後に私から、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
宰相の許可で、改めてエヴリーヌはクロヴィスを真っすぐに見据えた。
「私の力不足によりこのような結果になりましたこと、申し訳ございません」
クロヴィスは何も言うことはないが、視線は合った。
「今後の殿下と…、クレイストン嬢のご活躍とご健勝をお祈り申し上げます」
きっともう会うことはないだろう。これが最後になるはずだ。
だから。
「…お慕いしておりました、クロヴィス殿下」
それは、訣別の言葉のつもりだった。
過去の想いから、遠い昔の想いから。
過去のこと、なのに。
知らず、エヴリーヌの頬に涙が伝っていた。
「…エヴリーヌ」
困惑を滲ませたクロヴィスの声に、溢れた涙に、気付かされた。
彼に、怒りも恨みも、憎しみもなかったのは本当のこと。
感情で目が見えなくなっていたのは、私だから。何もかも、自分が招いたことだと。
クロヴィスへの愛も砕けてしまって、何も残らなかったのだと、思っていた。
けれど。
──哀しみだけは、あったのだと、気付かされてしまった。
信頼していたから。
…心から、愛していたから。
それもまた、私の中の真実だった。
裏切られて、哀しかった。
愛したひとに、愛されていなかったことが、哀しかった。
「……」
エヴリーヌは無言で涙を拭い、完璧なカーテシーを披露すると、両親と共に謁見の間を後にした。
さようなら。
かつて私が愛したひと。
私に、人を愛する喜びを。
人を愛する絶望を、教えてくれたひと。
私たちの道が交わることは、もうない。
永訣は通常死に別れの意ですが、ここでは過去との想いにという意味で使ってます。




