↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砕けた愛  作者: 篠月珪霞


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/30

28.認識

この先、私は人を愛することができないかもしれない。

それどころか、誰かを信じることさえ。








「入るぜ」

「入室を許可した覚えはないわよ」


ドアを開けてからノックするという無礼さを発揮した従兄を、エヴリーヌはじろりと睨む。

おおこわっとおどけているが、ヴィクターに何か依頼した覚えはない。

現在、情報はエドガーにすべて集約されるようになっている。必要があれば、伝えられるはずだ。先日の侯爵家の調査のような個人的なものならともかく。


「何か用? あなたの相手をするほど暇ではないのだけれど」

「そう言いながら、持ってる本、1ページも進んでないくせに?」


いつから見られていたのか。

内心苦々しく思いながら、集中できていないのは確かなので否定はしない。肯定するのも癪なのでしないけれども。

溜息をついて、本を閉じる。


「それで? 用件は?」

「なんか、ギスギスしてんな。きれーな顔が台無しだぜ?」

「はぐらかさないで。何もないのに来るほど、あなただって暇じゃないでしょう」

「まーそこそこやることはあるわなー」


相変わらず、本題に入るまでが長い。

父にもこうなのかと聞いたことがあるが、そんなことはないらしい。

今はあまり、人と関わりたくないというのに。

メアリでさえ、私が呼ぶまで側にもいない。多分、1人になりたいというエヴリーヌの気持ちを察して。


「エヴリーヌ」


ヴィクターが改まった呼び方をするのが滅多にないので、思わず視線を向けた。これまた珍しく、真面目な顔をしている。


「…何?」

「例の、侯爵家の坊ちゃんと何かあったのか?」

「…何もないけれど」

「本当に?」

「むしろ何故そんなことを聞くの?」


本当に何もなかった。

ロイドは何もしていない。

問題があるのは、エヴリーヌの心の中だから。


「様子がおかしいってさ」


みんな心配してると、ヴィクターは言う。その従兄も、らしくなく心配そうな顔をして。

虚を突かれたとはこういうことをいうのだろう。


「ああもう…!」


いつまで思い悩んでいるのだ!と自分自身に渇を入れる。

ここにいるのは、エヴリーヌが生まれたときから仕えているものがほとんどだ。私の悩みに、葛藤に、気付かないはずがなかった。

何も話さないのに、何もない風を装って、私を思ってくれる人たちに、心配をかけている。

誰も何も聞かないのは、信頼もあるだろうが、エヴリーヌの意思を尊重してくれているからだ。

それに、私が甘えていただけなのだ。


「ヴィクター、行くわよ」

「え、どこに」

「いいからついてきなさい」

「お姫様の仰せの通りに」


気障な仕草で、ボウアンドスクレープを披露する従兄。

誰がお姫様よ。








「ここって、お前」

「数日前に来たばかりよ」

「…だよな」


私の行動が筒抜けなのは、今に始まったことではない。ヴィクターはそういう役目なのだし、今更気にもしない。

ロイドに誘われたローズガーデン。何故ここに?とその目は語っている。

薔薇は変わらず美しく咲いていて、訪れる者の目を楽しませている。


「置いていくわよ」

「あ、待てよ!」


迷いなく進むエヴリーヌに、感心しながら周囲を見ていたヴィクターが慌てて追いかけてくる。

奥に行くにつれ、人気(ひとけ)がなくなってくる。やはり、目に鮮やかな方が好まれるのか。

さほど間を置かず開けた場所に出て、気持ちが落ち着いてきた。初めて見たときほどの感動はないけれど。

底の見えない湖面に、自分の内面を見たような、あのときのような揺らぎも。


「──ヴィクター」

「ん?」

「私ね、やっと気付いたの。自分が、誰も信じられないことに」


多分に前世の影響だから、すべて話すことはできない。許してくれる従兄に甘えている自覚もある。


「家族は別。今、屋敷にいる人たちも。あなたや、近しい人も。でも、他の人は」

「……それって、」

「別に、何か言われたわけでも、されたわけでもないの」


ただ、純粋な善意を素直に受け取れない自分に、気付いただけ。

これからも、誰も信じられないままなのだろうかと、どうしようもない感情を抱いただけ。

それだけのことだったのに、自分でも解きようのない思いで、私を思う人たちを思い煩わせてどうするのだ。


私が大切にすべきなのは、なに?

今、大切なのは?

そんなの、答えは決まっていたのに。


「──あんま、難しく考える必要はないんじゃねえの?」

「…え?」

「信頼なんざ、昨日今日で築けるもんじゃないだろ? 自分でどうしようもなくね? お前が特別人間不信ってわけじゃないと思うけどな」


そして、明快すぎるヴィクターの言葉に、狭まっていた視界が開けたような気がする。

この従兄は、分かりやすくていい。昔から。


「それに、他の人間が信用できないってんならさ。──俺にしとけば?」

「またそれ?」


何度か冗談めかして言われた台詞。

気落ちしている私を和ませようとしたのだろうと、何気なく隣を見ると。


「…待って」

「冗談だと思うか?」

「いえ、本当に待って」

「俺は、ずっと本気だった」


この上なく、真剣な顔で、見たことない男の顔で、エヴリーヌを見る従兄がいた。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。