29.最終話
正直にいうと、驚いた。思いもしなかった。
いつもからかい交じりに、誘いをかけてくる従兄が、本気で自分を想っているなんて。
「そりゃ、お前はもう婚約者いたし、口説けるわけないだろ」
「まあそうね…」
ヴィクターがいつから、などと思いを巡らすのは無意味だ。前世でも今世でも物心ついた頃に、婚約は決まっていたのだから。
「別に、お前を困らせようなんて思ってないし、単に選択の幅を広げただけだと思えよ」
最後まで私の負担にならないような言葉選びは、従兄らしい。思えば、いつもそうだった。
確かに彼ならば、不安もなく過ごせるのかもしれない。思い悩むことも、なくなるかもしれない。
血縁者だからという理由以前に、疑うことなど考えたこともない数少ない存在だ。
しかし。
「ヴィクターのことは嫌いじゃないわ。信頼できるひとなのも、間違いない」
「おい、」
「あなたの手を取れば楽だろうとも思うわ。だけど」
「エヴリーヌ!」
「それは、私の選択肢にはないの」
愚痴や弱音を吐くのとは次元が違うのだ。自分が楽になるためだけに、従兄以上の感情を持てない私が、ヴィクターに甘えることなど許されない。
彼が許しても、そんなエヴリーヌそのものを寄りかからせるような、荷物にしかならないような関係を、私自身が許さない。
「私は、私1人で立つことができなければ、意味がないの」
王家のためでも、国のためでもなく、私のために、生きるために。
大切なものを手放さずに、生きるために。
そのために、過去を切り捨てたのだから。
たとえ、私の中にまだ、割り切れない感情があるのだとしても。
たとえ、それが私を未だに苦しめるのだとしても。
「だから、ごめんなさい」
真っ直ぐヴィクターを見ると、彼は深く深く溜息をついた。
「こんなに速攻で振られるとかさ…俺ってそんな魅力ない?」
「いいえ? 告白したら、たぶん10人中7人くらいは成功するんじゃないかしら」
「その3人にお前は入るってんなら、意味ねえっての」
再び溜息をつく従兄。
悲壮感がない辺り、私の答えも予想していたのだろう。
「まあいいさ。俺は諦め悪いし」
「そう? 早く他に可愛い子が見つかるといいわね」
「何気に他人事にしてやがる」
「あなたの感情については、実際他人事だし」
「…間違っちゃいないだけに」
「せいぜい頑張りなさい」
私は、そう簡単にはいかないわよ?
それからは、ヴィクターが頻繁に訪れるようになったくらいで、私の生活は変わっていない。
シェンデル侯爵令息からも、思い出したように誘いがくるが、予定が合えば赴くといった、近くも遠くもない関係が続いている。
ひとつ何かを挙げるなら、私が1人で何でも抱えるのをやめたくらい。
以前は責任ある立場と地位にいたのもあってか、迷ったり、悩んだりしても迂闊に相談も弱音も吐けなかった。
自分の中で解決し、昇華するのも当然の環境だった。
今は、根付いていた癖みたいなものを、少しずつ変えようとしている。
意識改革、とでもいうのだろうか。
今まで当然のように考えていたことを変えることは、実際にやろうとしてもなかなか思うようにはいかなくて。
けれど、変えようと、変わろうとする意識がなければ、できないことでもあるのだ。
何事もなく数年経ち、私は17歳になった。
生国では、王太子と婚約者の侯爵令嬢との婚姻のニュースがあったり、公爵家2家も遅まきながら婚約が締結したと慶事が続いている。
一時期、あちらの王家の権威が失墜しかけたことがあったが、持ち直したらしい。こちらに飛び火しなければ、どうでもいいことだ。
帝国では、数年の間に国内外含めて随分と掃除されたらしく、次期皇帝とされる皇太子に期待が高まっているとか。
「よお」
そんな情報と共に、従兄は気軽に訪ねてくる。
「ヴィクター、あなた仕事さぼってるんじゃないでしょうね」
「開口一番それかよ。いくらなんでも失礼すぎねえ?」
「これだけ頻度高かったら、言いたくもなるわよ」
「いやいや、ちゃんとお知らせ持ってきてるじゃん?」
「そんなの、片手間くらいでしょう」
「バレてる」
「分からない方がどうかしてるわ」
「今日は、定期便」
ほれ、と手紙を数通携えて来たらしい。
「あなたが配達人のようなことしなくてもいいでしょうに」
「お前に会いたいからって、言わせたい?」
「……早く渡しなさい」
本当に、相変わらずだ。
私も、従兄も、そういう意味では変わらない。
手紙は、リゼラ、ミランダ、フルール。
それと、ミランダと友人になったらしい、グロリアからも届くようになった。…まともに顔合わせたのって、あのときだけなのだけれど。
「なんて書いてあるんだ?」
「あなたのいる前で読むわけないでしょう」
出ていきなさいと示すと、ヴィクターは素直に従う。引き際は心得ているのだ。
「そうそう」
思い出したように、従兄が振り返る。
「そろそろ、俺と結婚する気ない?」
「挨拶交じりに求婚するのもやめなさい」
「へーへー」
ジャネットに散々絞られているのに、懲りない男だ。
安易に彼の手を取ることはしないし、まだ自分が誰かを愛することができるとは思えない。
かつて、ひとりのひとを愛し、その想いで、眩まされたことを、忘れることなどできないから。
けれど、砕かれてしまった想いは、以前とは違う形で、エヴリーヌの中に芽生えるのではないかと思っている。
私を大切にしてくれるひとたちが、私を大切に思うひとたちが。
エヴリーヌに向ける優しさや思いが、沈んでいた哀しみを救い上げて癒してくれているから。
まだ先は見えなくても、いつかきっと。
そう信じられるだけの、幸せを今、感じている。
了
エヴリーヌの答えは彼女にしか出せなくて、誰かに寄りかかることもよしとせず。
いつか、自分で答えを出せる日が来ることを信じられるようになったことが、ある意味成長したといえるのではというところで、終わりにしたいと。
元婚約者に、粉々に砕かれた想いが、彼女にとってどんな意味をもたらすのか、までがこの話のテーマでした(なので、婚約破棄で終わらなかった)。
後半、くよくよしすぎてお目汚しだったと思いますが、必要な過程でしたので、ご容赦いただきたく。




