↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砕けた愛  作者: 篠月珪霞


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/30

26.疑問

過去は変えられない。なかったことにはならない。

振り切ったつもりでも、捨てることができたわけじゃない。

私が私でいる限り、記憶ごとなくならない限り、心の奥底に残ったまま。







「──ヴ。…イヴ?」


気遣わし気な母の声で、エヴリーヌは我に返った。

何度か呼ばれていたらしい。

演奏会が終わり、帰宅する馬車の中のこと。母の前とはいえ気を抜きすぎた。


「申し訳ありません、お母様。何か?」

「大丈夫なの? 楽屋に来たときから様子がおかしいけれど…」


やはり気付かれていたかと苦笑する。


隣の席だったという男性の申し出は謝辞を述べ断り、身嗜みを整えてから楽屋に行ったのだが。


ジャネットがキャロラインを絶賛していた。賛美の嵐だった。いや何があろうとなかろうと、いつものことではある。見慣れた光景が広がっていたというべきか。

そんな叔母の様子を、ヴィクターがどこか遠い目で見ているのも、やはりいつもの光景だった。


キャロラインは楽屋に来た私を視界に捉え、一瞬だけ柳眉を潜めた。母の僅かな表情の変化に気付くとしたら、血縁者くらいだろう。そのときは、何も言われなかった。

他に人の目があったせいも、きっとある。


室内には他に何名かのスタッフと、ホールのオーナーである、シェンデル侯爵と令息がいたから。…本当に母の交友関係はどうなっているのか。この国に来てまだ日が浅いというのに。


シェンデル侯爵令息は、私にハンカチを差し出してくれた男性だった。

キャロラインを介して侯爵から紹介され、ロイドと名乗ったその人は、客席でのことは何も触れず、ただ初めましてと穏やかに微笑んだ。

私とあまり年齢は変わらないように見えるのに、落ち着いた物腰で。


「──まさかとは思うけれど…シェンデル侯爵令息と何かあったわけでは」


きらりと母の目が光る。さすがというべきか、私も彼もまったく態度に出していなかったのに。

しかし、誤解は解いておかねばなるまい。含みも裏もない親切心を、仇で返すわけにはいかないので。


「令息は関係ありませんわ。大丈夫です」

「そう? …そうよね。そんな人間には見えなかったものね」

「はい。ご心配をおかけしまして」

「それはいいの。イヴに何もないなら、それでいいのよ」

「…ありがとうございます」


何も聞かないでくれて。いつも気にかけてくれて。

すべて語れないことを心苦しく思うこともあるけれど、それはこれからもエヴリーヌが背負っていかなければならない業だ。








そして数日後。

いくつかの手紙がエヴリーヌの元に届いた。

ミランダとリゼラからは、正式な香水の作成依頼。他の令嬢からは控えめなお願いとして。

リゼラからは具体的な報酬の提示と、ミランダからは。


「あの子、金銭感覚大丈夫かしら…」


何年分の依頼になるのよ。

届いた小包の中身を見て何とも形容しがたい顔をしていると、メアリがお茶のワゴンと共に戻ってきた。


「あら、お嬢様。そちらは先日届いたものですよね。差出人は、オールドリッジ公爵令嬢からでしたか」

「メアリ。どうしたものかしら、これ」


ビロード地の小箱を開け、メアリに見せてみる。


「…わたしは、お嬢様のような鑑定眼は持っていませんが…」

「ええ」

「大変上質な、サファイアに見えますね。それも大ぶりの」

「正解よ」


内包物がなく、透明度も高い、色も淡すぎず濃すぎずの、かなり高品質のサファイア。カットも美しい。

…時価いくらになると思ってるの。

ミランダのことだから、家のものに手を付けたという可能性はないだろう。自分の手持ちからか、報酬代わりに購入したか。

オールドリッジ家もサファイア鉱山を所持してるから、市場よりは入手しやすいのかもしれないけれど、限度がある。


「私が作った香水に正式な依頼を、まではいいのだけれど」

「でもお嬢様、送り返したりすると、おそらく悲しまれますよ」

「そうなのよねえ…」


落ち込ませたり、悲しませたりするのは本意ではないし。

まあいいわ。深く考える必要はない。

だが、香水を送るついでに、今後はこういったものを送らないように言い含めておかないと。

ミランダには、しっかり彼女を見てくれる、誠実な人がお相手として見つかれば、公爵家としても懸念事項は減るだろうななどと思いつつ。


「むしろ問題というか」


疑問と悩みがあるのはこちらの方。エヴリーヌ宛のうちのひとつ。


「そちらは…見慣れない封蝋ですね。どなたからです?」

「シェンデル侯爵令息からよ」

「というと、先日、奥様の演奏会のあったホールの」

「そう」


何故か、観劇のお誘いが来たのだ。彼の令息から。

時節の挨拶から始まり、2週間後に公演を、もし予定が合えばご一緒にという。

押しつけがましくなく、シンプルで好感の持てる文章でそう綴ってあった。


「1度会っただけなのに、何故かしら」

「お嬢様に一目惚れしたとかでは?」

「そういう熱や欲は感じられなかったわね」

「奥様に伺ってみます?」

「……それは最終手段にしておくわ」


まずは相手の出方を窺ってみましょうか。

誰も彼もが裏があるわけでも、人を利用とする悪意があるわけでもないのだから。

可能性として排除するわけでも、ないけれど。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。