23.試作
注文していた材料が届いたとのことで、早速始めることにした。興味はあったが、なかなか時間も機会もなかったのだ。
翻訳の仕事は専門書、主に学術書、医術書などを請け負っているが、7か国語、読み書き会話が完璧なエヴリーヌには難しいことではなく、期限より早く仕上げているため時間は有り余っていた。蛇足であるが、ペンネームを使用しているので、世に出回っても面倒事は起きないはず。
「お嬢様、何をされるんですか?」
メアリが30ほどある小瓶と、ガラス瓶など道具を見て、エヴリーヌに尋ねる。
「調香をね、前からやってみたかったの!」
「調香…香水を作られるってことですか?」
「そう」
さすがに精油を1から作るのは、手間もあるが現実的ではないので取り寄せた。抽出について少し調べたが、なんとかできそうなのは蒸留法くらいで、他は無理だと悟ったエヴリーヌである。
無水エタノール、精油、遮光ガラスボトル、スポイトは必須。精油は取り敢えず30種類ほど。机の上に並べると、研究室みたいで何だか心が浮き立ってしまう。
そういえば、フルールは元気にしているだろうか。実験とか試薬とか、いきいきとした手紙を見たのが最後だったが、そのうち訪ねてみるのもいいかもしれない。同じ大陸にいるのだし。
「何かお手伝いできることはありますか?」
「うーん…そうね…」
完成したら、モニターにはなってほしいけれど。
「手が要りそうなときは、声をかけるわ」
「かしこまりました」
私が使ってるのもだけど、既存の香水はなんとなく違うのだ。何が違うのか、具体的に説明が難しいのだが。
感覚的なものだとしか言いようがない。
フルールではないけれど、にわか実験場になった私の部屋。
作り方の基本は頭に入っている。初心者ということを念頭に、基礎を疎かにしてはならない。
なので、始めは書物にあった失敗のないレシピで作ってみることにする。上手くいったら、少しずつブレンドを変えて、好みのものを作っていこう。
まずは無水エタノールをスポイトで量り、ガラスボトルに入れる。大体、無水エタノール10㎜に対し、20滴ほどだそうだ。
最初にベースノート、フランキンセンスを2滴ほど、次にミドルノート、ラベンダーを4滴、最後にトップノート、ベルガモットを8滴とオレンジ、スイートを6滴。
1滴足すごとに、香りを確認しながらよく振って混ぜる。すべて入れ終えた後も、よく混ぜる。
熟成に2週間ほどかかるので、ラベンダー1種類のみのものと、フランキンセンス、ラベンダー、ベルガモットのものも作ってみる。
ふむ。本で読んだ通り、あまり色は変わらないのね。3つ目が、薄い黄色?くらいかしら? ほぼ無色ね。
「メアリ」
「はい」
作業が終わったので、メアリを呼ぶ。
「これらを、そうね…どこか、日の当たらない涼しい場所で保管しておいてほしいのだけれど」
「かしこまりました」
「2週間くらい置けるところでよろしくね」
「はい」
残りはベルガモットのように光毒性のある精油もあるので、箱に入れて同じように保管を頼んだ。
そして2週間後。
メアリから受け取った3つを、まず手首につけて様子見。問題なかったので、メアリにも試してもらうことにしようと声をかけたのだが。
「何故、こんなことになったのかしら…」
私はただ、誰かに自分が作った香水のモニターになってもらいたいだけだったのに。
「私が一番最初に、お嬢様からお声をかけていただいたのですけれど?」
「そりゃメアリさんは、お嬢様専属ですから? いつも側にいる分有利ですよ」
「わたしだって、初めてお嬢様が作った香水を使ってみたいです!」
「それを言うなら私だって!」
「お嬢様の初めてという栄誉をぜひ私に!!」
どこから聞きつけて来たのか、メアリに試作品を渡す前に侍女たちが待ったをかけたのだ。
…3つあるんだし、まだ試作品だし、というエヴリーヌの主張は誰も聞いていない。
「イヴの初めて? それは聞き捨てならないわね」
「「「「「奥様?!」」」」」
更に混乱をもたらす人が現れた。
「お母様…」
「イヴが初めて香水を作ったと聞いて来てみたの」
「まだ試作品ですし、これから改良の予定でして」
「でも、初めて作ったものよね?」
「そうですが」
「それ自体に価値があるのよ」
そんなものですか? よく分かりません。
「お母様には、いずれ私のオリジナルレシピを試していただきたいので、今回は」
「……イヴがそう言うなら、仕方ないわね」
キャロラインが出てきたら、勝敗(?)は目に見えているので。
侍女たちでどういう話し合いだか勝負が行われたかは知る由もないが、争奪戦は平和に幕を下ろしたらしい。
数日後、感想と称賛がエヴリーヌの元に集まってきた。
みんな、評価が甘すぎると苦笑した。




