22.後日
私たちが帝都を離れて数日後、ディールの国王が退位したと各地に向けて発表があった。病気療養によるものという、よくある話だったが、おそらく罷免されたのだろう。
ディールのような港町を抱える国は、始めから選択肢にはなかった。繁栄がもたらすものは、必ずしもいい面だけではないので。
だから、定住先に決めたブラントのように、表面はもとより、裏側まで調べることまでしていない。通過するだけの国に不要な労力は使わなかったのだ。
重犯罪に加えて、目立たない犯罪も日常化しているとは思わなかったけれど。エドガー辺りは把握していたかもしれない。
ブラントを選んだのは、別名『常しえの春』と呼ばれる気候もだが、重犯罪の発生率、検挙率、対する刑罰を含めた治安だ。
刑罰が重ければ被害者に寄り添う形になるのだろうが、抑止力にはならない。検挙率が低ければ、いかに厳罰化しようと無意味なのである。
法が機能しているかどうかは、住人にとって死活問題。
帝国は基本的に各国の方針にまで関与はしない。国で対応ができない問題に関してのみ動く。
今回の罷免のように、顕在化し、目に余る場合は別として。
帝国といえば、思い出すのが先日のこと。
あまりにも引き際がよすぎるというのも、却って不気味というか裏があるのかと疑ってしまうのは、前世のことがあるからだろうか。
エヴリーヌの答えに、そうか分かったの一言で終わり、拍子抜けしたのは私だけではなかったはずだ。
6年近く私たちを探っていた割には、…それでいいの?と思わず問いそうになったくらい。商会繋がりで公爵家を調べ、動向を不審に思ったのは仕方がないにしても。
小国とはいえ、アストレイ家は由緒ある家柄。今までにない動きをすれば、怪しむ人間がいてもおかしくない。
真意を測りたかったのかしら?
私たちは、穏便にあの国から出たかっただけなのだけれど。
能力を見込まれたことは光栄かもしれないが、シリウスの内容からすると話は1国で留まらず、すべて終えるまで定住は適わない。しかも、何年かかるか分からないときては。
それに、本気で私たちを手駒にしたかったのならば、正式に手順を踏んだはずだ。皇太子名義の書簡なり通達を、エヴリーヌではなく、まずは当主のエドガーに。
シドやエリンを差し向けたのは、反応と対処を見てみたかったとか?
そこまで考えて、エヴリーヌは軽く頭を振った。
…これ以上思考を巡らすのは無駄ね。
エドガーはしばらく彼らに影をつけると言っていたし、どちらにせよ、答えが得られるわけではないのだから。
そしてエヴリーヌの答えも変わることはない。
最も重要だったのは、シリウスたちに協力することで、生国から再びエヴリーヌに目が向けられる可能性だ。
婚約者に据えられようが、行動を共にしようが、ヘーゼルダインに情報は行くだろう。権力者の動向は自国だけでなく、他国からも常に注視されている。
だからこそ、選択の余地などなかったと言える。
契約ではなく、将来、帝国の皇后にというのなら、ヘーゼルダインから何を打診されようが咎められようが、自分の身と家族の安全を守るだけの権力はあるだろう。
自由を知る前のエヴリーヌだったら、話しは違ったかもしれない。
しかし今の私にとっては、何の魅力も感じない未来だ。
「お嬢様、お茶のお代わりは」
「いただくわ」
そして、私たちは帝国を出た後、ブラントで入国手続き等、雑事を済ませ、無事、元公爵家の使用人たちと再会した。事前連絡はしていたものの多少の寄り道があったからか、エヴリーヌたちの姿を見て、皆、一様に安堵を浮かべていた。
「やっぱり、メアリの淹れるお茶が一番おいしいわ」
「そうでしょうとも」
「私が淹れても、どうして同じようにならないのかしら」
「経験の差でございますかねぇ」
「…私と年はあまり変わらないのに」
他愛のない会話に興じながら、何事もない日常というものを噛み締める。穏やかで心休まる日々。
資産が潤沢にあるとはいえ、無限に湧いてくるわけではないことは十分に分かっている私たちは、それぞれに動いている。
エドガーはインフリックに時折助言しつつ、投資や何か事業に関わっているらしい。
キャロラインも相変わらずのようで、早くもこの国で信者を作っているとか(ジャネット情報)。
私はというと、言語能力を活かし、翻訳の仕事を請け負いながら、以前から興味のあったことをしようと材料を取り寄せたところだ。
私は、私の大切なひとたちと、平穏で幸せな生活を送ること。
願いは、それだけだ。
実のところ、この連載の書き始めた当初は、帝国皇后として辣腕を振るうエヴリーヌの姿があったわけなのですが。
書くうちに、何か違うな?イヴって別に権力とか求めてないよな?となり、今に至りました。
望んでいた展開にならなかった方には申し訳ないですが(>_<)




