19.溜息
調査結果だが、人身売買はあった。少人数ながら、行方不明者が出ていたという。
主導が警備兵の一部だったというから、どこまで関わっているのやら。
ただそれが、身寄りのない子供が中心で、規模も大きくなかったので表沙汰になっていなかったとのこと。
ディール国の王は日和見していて放置とは。
これは、帝国に直接上奏すべきではないかというのが、エドガーの意見である。確かに、この国で仮に摘発できたとしても、根本的解決になりそうにない。
帝国はブラントの延長線上にある。予定はまったくなかったのだが、行先変更することになった。
ちなみに、現在のエドガーたちの身分は平民で、上奏するにしても、帝国貴族の伝手がない。一平民の意見など届くことなく握りつぶされる可能性がある。
必然的に、帝国でも顔の利くインフリックの伝手を頼ることになった。
帝国への道のりに、シドも同行させることにしたエヴリーヌだが。
「──それで、あなたは何者かしら?」
「えっ…」
エヴリーヌの問いかけに、シドは驚いた表情を見せる。列車の中、個室では2人だけだ。エドガーたちは客車で待機している。
「父はね、たとえ子供であっても、ぶつかるまで人の気配に気付かないような愚鈍な人間ではないわ。…あなたのように、直前まで気配を消すようなことをしていなければね」
護衛が反応できなかった理由でもある。もしシドが刺客だったなら、下手をすれば重傷を負っていたかもしれない。
殺意も気配もなかったのだ。
「あなたのいう、両親と思われる死体は確かにあった。けれど、人身売買とは無関係、子供もいない夫婦だった」
加えて、これまで両親を殺害してまで誘拐というケースがなかったということ。
おそらくは、事件そのものの発覚を遅らせるため。発見が遅くなればなるほど、犯罪の立証は難しくなるから。
「へえ…」
「私たちに近づいた目的は何?」
「ははっ」
エヴリーヌの問いに、子供らしからぬ笑みを浮かべたシドは、唐突に笑い出した。声を上げて、実に楽しそうに。
「いつから、気付いてた?」
「あなたに関しては、始めから」
ずっとあった違和感が、調査結果で確信に変わった。
「気付いたのは誰? エドガー? キャロライン? それとも、エヴリーヌ?」
「…答える必要が、あるかしら」
「なるほど。──合格だよ」
私たちは名乗っていない。シドの前で名前を呼び合ったりもしていない。なのに、私たちの名前を正確に知っている。
「お察しの通り、俺は両親を亡くして悲嘆にくれる子供じゃあない。名前は、嘘じゃないけど本当でもないってところ」
暗号名、略称、愛称のどれかなのか。どうでもいいが。
「主に命じられて、君たちの様子を探ってた」
「主、ね」
乗船中に接触してきた使者も、同じく”主”と言っていたが、同じ人物だろうか。
偶然とは思えない。
「でもまあ、主の思い通りに帝国に向かってくれるようだし」
「別に私たち、途中下車しても一向に構わないのだけれど」
「えー! 勘弁してよ、主に殺されるんだけど!」
苦労してここまでこぎつけたのに!!とシドが嘆いているが、私たちの知ったことではない。
「な、頼むよ、このまま帝国まで行ってくれよ!!」
「あなたの願いを叶える義理はないわよね。何をされるか分からないし」
「エヴリーヌたちに危害加えるとか、そういうんじゃないって!」
「騙そうとしていた相手を信じられると思う?」
懇願に変わったシドを冷たい目でエヴリーヌは見据える。
「あー、もう! 大体、そう簡単に騙される人間じゃないって、俺は言ったのにさあ! これもそれも全部、エリンのせいじゃん!」
…誰の名前か知らないけれど、そんな迂闊に出していいの?
「あいつが船でヘマしたから、俺に回ってきたってーのに! なんで上官の俺が部下の後始末しなきゃなんないんだってーの!」
ちょっと待って。船内で接触してきたのは、顔立ちがはっきりしなかったものの、年のころ20歳前後。目の前の子供、シドはどう見ても10歳前後。
誰が、誰の、上官だと?
「あなた、そんなこと軽々しく口に出していいの? 私が聞いてないことまで」
「別にいい。あんたを連れて行けない罰の方が怖い」
「私、一緒に行くとは言ってないけど? あと、部下の失敗は上官の責任になるのは当たり前じゃない?」
「あーあーあー聞こえないー」
「…やっぱりブラントで降りようかしら」
「エヴリーヌー! いやエヴリーヌ様! お願いします、俺と一緒に帝国に来てください!!」
がばっと小さな頭を下げるシド。正攻法で来たわね。
「それじゃ、聞くけど。あなたの主の名前は?」
「……えーと、えーと…それはちょっと…」
「交渉決裂ね」
「だぁっ! だって、主が自分で名乗りたいって我儘言ってんだよー!! 俺が知るかー!!」
「…あなたも苦労してるのね。でも、そのエリンって人にも言ったけど」
正体不明の人間に、会う気はないのよ?
そう言ってそれはそれは無邪気な笑顔を浮かべてみせたエヴリーヌに、シドは根負けしたようで。
不意にシドが近づいたかと思うと、耳打ちした。
「……聞き間違いじゃないわよね」
「残念ながら」
気の毒そうに見るシドに、深い溜息をついた。




