18.窮鳥
馬車止めでは、インフリックが待っていた。
「お待ちしておりました」
「久しいな。元気そうで何より」
「もったいないお言葉です」
エドガーと挨拶を交わしたインフリックは恭しく頭を下げる。最後に見たときは、灰褐色の長い髪を1つに束ねていたが、短くしたらしい。印象がそれだけで随分変わる。
取り敢えず、隣町ダンツィで一泊し、ブラント付近まで蒸気機関車に乗る手筈となっている。馬車よりも格段に移動時間が短縮されるからと、既に手配済みとのこと。
さすが仕事が早い。
出国するときと同じく、数人で分かれ、馬車に乗り込もうとしたときだ。
どこからともなく現れた子供が、勢いよくエドガーにぶつかった。
「旦那様っ!」
「…たすけて!!」
護衛とインフリックの叫びに、子供の必死な声が被さった。
その声にいち早く動いたのは、護衛たち。
さっと辺りを見回し、不審者の確認をする。町の喧騒は変わらずだが、護衛たちは追手の気配はないと首を横に振る。
子供は、震えて父にしがみついて離れずで。
「このままここにいても埒が明きませんし、馬車の中で詳しい話を聞きませんか?」
「そうだな」
エヴリーヌの提案にエドガーが頷く。
「君の名前は?」
「…シド」
「私たちは今日この国に着いたばかりで、事情が分からない。話しては、くれるのかな?」
「おじさんたちが、この国の人じゃないのはすぐにわかった。だからだよ」
「…どういうこと?」
馬車の中は、エヴリーヌと父母、侍従のエルマー、護衛のテイラー、シドと名乗った子供の6人が乗っている。予め、広めの馬車を手配してくれたインフリックに感謝だ。
追手の懸念もあり、移動しながら話を聞きだすことに。
「警備は、全部じゃないけど、悪い奴らの仲間だから」
「それはまた」
買収されているのか、仲間が警備に入り込んだのか定かではないが、どこの国でもあるのだなと。
犯罪と悪人というものは、どうしてこうも尽きることがないのか、永遠の課題かもしれない。
シドの言葉を信じるのならば、警備は当てにならないということ。むしろ通報したら、シドにも危険が及ぶだろう。
「それで、何故助けを必要としている? 君の保護者はどうしている?」
「俺の父ちゃんも母ちゃんももういない。殺されたんだ」
「殺された?」
「…うん。俺たち、何もしてないのに…」
「それは、いつ頃のこと?」
「えっと…一昨日の夜だったと思う」
追ってくる人間の目的は分からないが、それからずっと逃げ回っていたという。当時を思い出したのか、シドが涙ぐむ。
状況を鑑みるに、可能性が高いのは人身売買だろうか。帝国でも重罪のはずだが。
インフリックを通じて、港で別れたヴィクターにも改めてこの町を調べるよう連絡はしている。他国に諜報部員を忍ばせているのは基本だ。
追加情報を後で送らなければ、背後関係は掴みにくいだろう。真偽も合わせて、調査の必要がある。
予定通り、ダンツィの宿に向かい、その後の対策を練ることにした。
港町キルシュは、ディール国の中でも最も栄えている。帝国の流通はすべて、この港を介しているからというのが大きい。
そのキルシュでの犯罪、それも警備自体が侵食されているのであれば、見過ごすことはできない。小さな綻びは、小さなうちに塞がなければ。
「ダンツィまで追ってくるか分からないが、テイラー」
「はい」
「シドを頼む」
「かしこまりました」
「エルマーは着いたら、これをフリックに送ってくれ」
「承りました」
フリックはインフリックの通り名である。レイア商会ではこちらの名を使っているらしい。
「他に話しておかねばならないことはあるか?」
「俺にも何が何だか分からないから…」
「それもそうか」
「でも、おじさんたちは俺のこと信じてくれたみたいだし」
「別に、君のことを信じたわけではない」
エドガーの言葉に、シドは衝撃を受けた顔をする。
「さっきも言っただろう? 私たちはこの国に着いたばかりだと。君の話をすべて鵜呑みにできるわけがない」
シドにとっては、エドガーは藁にも縋る思いで掴んだ先だったかもしれないが、初対面の子供を信じるほど、私たちは人間というものを信じていない。
子供を餌や囮に使った犯罪も、少なくないのだから。
「じゃあ何で、馬車に乗せてまで話聞こうとしたんだよ!? 俺を助けてくれるんじゃないのか?!」
「誰が、君を助けると言った?」
エドガーの顔も声も、冷徹で冷酷な公爵家当主のものだった。感情に流されず、状況を冷静に見極めようとする。
「だって、だって…」
「私たちは、被るかもしれない火の粉を払おうとしているだけだ。決して、君を助けようとしているわけではない」
「そんな…」
シドは泣き出す寸前の顔で、当てが外れたような、途方に暮れた顔をしている。
助けを求めても、必ずしも救いの手が伸ばされるとは限らない。
エドガーの言葉は非情と言えるかもしれないが、ここは生国の自領ではない。飛び込んできただけの窮鳥を、助けなければならない義務も義理もない。
ただ、見捨てる気もないけれど。




