↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砕けた愛  作者: 篠月珪霞


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/30

16.旅出

「海だわ…!」


途中休憩を挟みながら馬車で揺られること2時間。目の前に広がる景色にエヴリーヌは声を上げた。


国内最大の港バーデは、他国との流通の要である。

公務で王都付近や領地を視察することはあっても、海岸付近まで来ることはなかった。当時、予定として組み込むには時間の余裕がなさすぎたのだ。

前世も含めて初めての海に、気分が高揚している。つい辺りを落ち着きのない子供のように見回してしまい、キャロラインから笑われてしまう。


物心ついた頃から、感情の制御を学び、表に出すことを自ら戒めてきた。表情に出すことも、言葉にすることも。感情だけでなく、指先まで美しく見えるよう、所作のひとつひとつにも気を配ってきた。無意識にいつも。

誰に見咎められることもなく、心のままに振舞うことができるというのが、これほど解放感あるものだとは知らなかった。

どこまでも続いていそうな空と海の広大さだけでなく、大小様々な船、人で賑わい、活気ある様子もエヴリーヌにとっては新鮮に映る。


「イヴ、護衛から離れないように」

「はい、お父様」


残った使用人が最低限だったとはいえ、その数は20名に及ぶ。故に、人の出入りが激しい港町で宿をとるのは困難ということで、出航前日は近隣の町で休んだ。

多数の人と物資が忙しなく行き交う中で、貴族然とした家族を取り巻くような固まりがあれば、やはり目立つ。

人の善悪は可視化できるものではないから、警戒するに越したことはない。


「私たちの乗る船は…あれかしら?」


ヒース語で『パルテンツァ号』とある、大型の旅客船。

重量5万t、全長約260m、乗員は800名ほど、乗客は定数1500人以上にも上るという。船内設備も整っている、人気のある船だとか。

今回は、帝国領の大陸に渡るのにおおよそ8日を要するため、航行経験、安全な航行ルートなどを考慮して選ばれた。大型船はその船体で波を吸収し、滑らかな帆走で安定した航行が可能とのことだ。


そんな人気の船だが、本来なら数か月前の予約が必要である。

仕事で利用するには高額なこと、観光の時期でも、学院の長期休暇中でもなかったこと。そして表向きの資産はともかく、人脈がなくなったわけではない公爵家の伝手を利用したので、数日前という相当無理な要求でも通ったという経緯があった。

蛇足であるが、出国許可等は爵位返上と同時に申請し、通っているので問題ない。私たちは亡命するわけではないのだから。


執事のモリスに手続きを任せ、これから乗船する列にエヴリーヌたちは並んだ。間もなく、出港である。







準備された客室に案内されると、預けておいた荷物が運ばれていた。

一等客室は船室としては広いので、エヴリーヌたち家族で一室、護衛や侍従、侍女たちは性別で分け、二等客室にそれぞれ五室ほど確保している。船上は陸地と勝手が違うし、行動範囲が限られるためである。

荷物を簡単に片付けると、エヴリーヌはデッキに出た。

──この国からの、最後の景色を見るために。






心地いい潮風に長い髪がさらわれる。視線の先は果てのない、空の青と海の碧(あお)。

しばらくは晴天に恵まれるとの気象情報に、無事に出国できそうでよかったと思う。

とうとうこの国を離れるのかと、何とも言えない感情がこみ上げてくる。


「………」


感傷だろうか。らしくもない。

この国に生まれ、この国で育ち、この国に尽くそうと努力してきた日々。貴族の義務として、何の疑問も持たず。

自分が、真に何を望んでいるかなど考えたこともなく。

やはり、らしくない。そう思い、笑みが浮かぶ。

これからは、何にも縛られることない。自分にできること、したいこと、ゆっくり探せばいい。


そんな傷心めいた気分を、場違いともいえる明るい声が断ち切った。


「そこの、銀髪の綺麗なお嬢さん、俺とお茶でもどう?」


この場に銀髪は私しかいないのもあるが、聞き覚えのありすぎる軽薄な声だ。


「…そんな誘い文句で付いてくる女の子がいるの?」


エヴリーヌの隣に来た男を横目で見る。


「ヴィクター」


呼ぶと、従兄は肩透かしを食らったような顔をした。







「驚かないんだな」

「何が? あなたがここにいること?」

「それもまあ」

「この船、誰が手配したと思ってるの?」

「…そういやそうだった」


公爵家の伝手を使って手配したのは、インフリックだ。当然、乗務員、乗客、すべてに調査が入っている。直前の情報まで。

万が一にも、王家の手の者がいたら厄介だからだ。ブラントに入国するまで気を抜けない。


「聞いてなかったけど、行先は同じかしら」

「ああ。ほら、母上は、アレだから」

「………相変わらずなのね」


多少の呆れがあるものの、人はそう変わるものではないかとも思う。

今後の身の振り方は、分家の各当主にある程度一任していた。内密に、本家の意向を伝えた上で。

この国に、一族はもう残っていないはずだ。他国に渡った者、縁を繋いだ者、行先も様々であるが。


「それで叔母様は?」

「あー…多分、夫人のところだと思う。なかなかこういう機会もないからさ」


ヴィクターの母であるジャネットは、キャロラインの熱狂的信者である。現在進行形。

エドガーの弟である、マイルズとの結婚の決め手がそれだったと聞いたときは、どんな顔をすればいいのかエヴリーヌには分からなかった。




当たり障りのない話をしていると、不意に重低音が辺りに響いた。

それが出港の汽笛だと、エヴリーヌは気付き。

大きな船体が、悠々と、だが力強く動き出す。


まずは帝国領の港町、キルシュに向けて、パルテンツァ号は出航した。







作者は生粋の庶民なので、船やら馬車やらの移動速度だの距離だのがさっぱりでした\(^o^)/

ついでに、船の仕様も迷いましたが、そのままでいいかと。


蛇足ですが、出港と出航につきましては、故意のものなので、誤字ではありません。

数値単位も迷いましたが、アルファベットで誤魔化すことに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。