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#94 カスミにできること

 オレンジ色の空が広がり、そろそろ日も落ちようかという時間帯に、カスミはハンソンの街の港へとやってきた。


 いつもは朝市や競りが行われているその場所には、沢山の冒険者やこの街の衛兵達が集まっており、少しピリピリした雰囲気が漂っていた。


 中には既に戦闘をこなして来たのか、座り込んで休んでいる者や、怪我をして回復魔法をかけてもらっている者達もおり、魔物との戦いの大変さをカスミは改めて認識した。


 ビフレストの面々は果てしなく強いため、これまで怪我をしたりした姿をカスミは見たことがなかった。


 なので、魔物と戦うことの大変さは分かってはいたが、どこか遠い世界の話で、目の前で血を流したりしている者達の姿を初めて見たカスミは、少し足が竦んでしまう。



「カスミちゃん、無理に行かなくてもいいよ? 私が行けばいいし」


「……いえ、大丈夫ですっ」


「クルゥ!」


「……ふふ、ありがとうございます、ガリュウさん」



 そんなカスミを見てレネが心配そうにしながら声をかけたが、カスミは深呼吸して不安を落ち着かせ、励ましてくれるガリュウに礼を言いながら、港へ歩を進めていった。


 すると、明らかに場にそぐわない少女に気付いた者達が「なんだあの子?」「良いとこの嬢ちゃんの冷やかしか?」と勘繰るような視線を向けたり小声で噂し始めたが、カスミは気にしないようにして、周りの者達に指示を飛ばしているこの場を取り仕切っていそうな衛兵に声をかけた。



「すみません」


「んん? おいおい嬢ちゃん、ここは危ないぞ。 迷ったのか?」


「いえ、私の意思でここに来ました」


「……ほう? 何をしに?」



 カスミに気付いた段階では、少し面倒そうな顔を浮かべたまとめ役の男だったが、カスミの確かな意志を感じさせる言葉と表情を見て、話を聞く態勢を取った。



「炊き出しを持ってきました。 なので、場所を貸していただきたくて」


「おお、それが本当ならありがたいな。 怪我人や入れ替わりの関係で、炊き出しまで手が回っていなかったんだ。 よし、あそこら辺を使ってくれ。 元々あの辺で炊き出しをする予定だったから、ある程度道具も揃ってる」


「ありがとうございますっ」



 快く場所を貸してくれたまとめ役の男に礼を言いつつ、カスミは指定されたスペースにあったテーブルの上に魔道コンロを置き、収納ポーチから大きな寸胴鍋を3つ取り出した。


 この寸胴鍋は、一つはカスミが持っていたものだが、もう二つは泊まっている宿の厨房から借りたものだ。


 宿の厨房にいた従業員に、カスミが戦っている者達のために炊き出しをしたいから貸して欲しいと言ったところ、熱意が伝わったのか、カスミの事を子供だからと侮ったりせず、快く貸してくれた。


 そんな寸胴鍋の一つには、並々と液体状の何かが入っており、残る二つにはこれからこの場で同じものを作っていく予定だ。



「はいはーい! 皆んな、炊き出し持ってきたよー! ただ、まだ全員分は無いから、ひとまず次に出撃する人達優先で貰いに来てー!」



 それから寸胴鍋のセットと、紙皿の準備ができたところで、レネが大きな声で周りにそう呼びかけた。



「おいアレ、ビフレストのレネじゃねぇか?」


「おお、本当だ」



 すると、冒険者の中にはレネのことを知っている者もかなりいて、そんなレネの呼びかけということもあってか、なんの疑いもなく炊き出しスペースに近付いてきた。



「お? 良い匂いするな」


「できてるものから横に置いていくので、取っていってくださいっ」



 せっせと新しいものを作りつつ、カスミは寸胴鍋の中身を紙皿に注いで横のテーブルに並べていく。



「なんだこれ、魚の骨か?」



 そんな紙皿の中には、先日市場で捨てられそうになっていたところを安価で買い取ったぶりの骨がたっぷり使われたあら汁が入っていた。


 今回は具材として、大根、にんじん、長ねぎを入れ、生姜と七味唐辛子も隠し味程度に入れてあるので、具材たっぷりで腹にも溜まるし栄養面もかなり補給できる一皿になっていた。



「色はちょっと変だが…… おおっ!? め、めちゃくちゃ美味いぞ!」


「なんだこのスープ! 言葉で言い表せないくらい美味い!」



 そんなあら汁を飲んだ者達は、こぞって驚きの声を上げた。


 それもそのはず、このあら汁には昆布と鰹節から取った濃厚な出汁に、ぶりのあらや野菜から出た旨みと味噌のまろやかな塩気が加わっており、これが美味しくないわけがなかった。


 そんなあら汁は瞬く間に大人気になり、宿で作ってきた一つ目の寸胴鍋に入れていた分はすぐに無くなってしまったので、カスミはせっせと追加分を作っていく。


 そうこうしていると、辺りが大分暗くなってきて、沖合に出ていた船が交代するために戻ってきた。



「か、カスミっ!?」


「あ、クリスタさんっ」



 その船に、あら汁を飲んで元気いっぱいになった冒険者達が交代で乗り込んでいく中、戦いから戻ってきて船から降りてきたクリスタが、近くで炊き出しをしていたカスミにすぐに気付いて駆け寄ってきた。



「な、なんでここにいるんだっ」


「レネさんから色々話は聞きました。 私も、私にできることがしたくて」


「ここは決して安全じゃないんだぞ……!」


「分かってます」


「くっ…… レネ、なんで伝えたんだっ」



 そう言いながらレネに恨めしげな目を向けるクリスタだったが、レネは苦笑しながら肩をすくめた。


 その表情は、ちゃんとカスミと話せと言っているようにクリスタには見えた。



「フィオさん、アネッタさん、ローニャさんは一緒じゃないんですか?」


「3人はまだ戦ってる…… これから私は宿に戻ってカスミに無事を伝えようと……」


「アリバイ作りですか?」


「うっ……」



 どうやらクリスタだけ戻って、カスミに何ともないことを伝えに来たようだ。



「大方、他のお三方は港で休んでるとか言って、私が寝たらクリスタさんもすぐ戦場に戻るつもりだったんでしょう……?」


「あう……」



 カスミの言葉が図星だったクリスタは、思わずカスミから目を逸らしてしまう。



「……クリスタさん。 私だって、ビフレストの一人です」


「それはもちろん……」


「ビフレストは、家族のようなものなんですよね?」


「あ、ああ……」


「なのに、私だけ戦いから遠ざけて、しかもそれを隠すなんて、悲しいです…… 私は戦闘はできませんけど、こうやって誰かの役に立てますっ」


「で、でも、カスミにもし何かあったら……」


「レネさんとガリュウさんがいる時点で、何かなんて起こらないです。 起こってもちゃんとポーチを身に着けてますから」



 カスミのポーチには様々な防犯機能が付いており、ポーチの紐をカスミ以外が外そうとすると、カスミの体がパーティーハウスに転移したり、発信機的な機能も付いてるので、クリスタやフィオならすぐに場所が分かる。


 さらに、不意に攻撃されても防御魔法がカスミを包み込むので、このポーチを身につけているカスミを害することは不可能と言っていい。



「クリスタさんは、過保護過ぎですっ!」


「ぐはっ……!」



 散々他のメンバー達から言われたことを、当の保護対象であるカスミからも言われ、クリスタは心にダメージを受けた。



「確かに私はクリスタさんからすれば弱いし子供かもしれないですけど、だからと言って何もできない訳じゃないですっ。 私も皆さんと一緒に戦えますっ」


「カスミ…… そうか、私は、カスミのことを分かってあげられてなかったんだな……」



 そんな風に言いながら自虐的に笑うクリスタに、カスミは正面から抱きついていった。



「クリスタさんが私を守ろうとしてくれたのは伝わりましたし、とっても嬉しいです。 でも、守られてばかりなのも、隠し事されるのも私は嫌なので、今度からはちゃんと言ってくださいね」


「……ああ、分かった。 ごめんな、カスミ」


「そ、そんな顔しないでくださいっ。 その…… クリスタさんのことは、だ、大好きですからっ……! 今までも、これからもっ……!」



 少し悲しそうな表情を浮かべたクリスタに、カスミは自分の嘘偽りのない気持ちを伝えた。


 すると、クリスタは一瞬キョトンとした表情を浮かべ、言葉の意味を理解すると、とても嬉しそうな表情を浮かべながらカスミのことを抱き返した。



「……私も大好きだよ、カスミ」


「よ、良かったですっ」



 すれ違いはあったものの、改めてお互いの気持ちも再認識できたので、カスミは顔を赤くしながらクリスタからゆっくりと離れていった。



「さ、さぁ、クリスタさんも、炊き出し食べてくださいっ」


「ふふ、分かったよ」



 それからクリスタにも炊き出しを振る舞い、その後カスミは夕食分の炊き出しとして、手伝いに来てくれた冒険者や衛兵の妻や娘といった女性陣と大量のおにぎりを作ったりもした。


 結果、美味しい炊き出しのおかげで、戦闘員達の士気は爆上がりし、その後も張り切ってランペイジバスの撃退に勤しむのであった。

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