#145 マリーエルがやってきた
三国会談から一夜明けた日のこと。
カスミ達、ビフレストの面々が拠点にしている屋敷に来客が訪れていた。
「ご無沙汰しております、カスミ様」
「お久しぶりです、マリーエル様」
その人物は、以前カスミが教国に赴いた際に会った大聖女のマリーエルだった。
なぜマリーエルがここにいるのかというと、昨日カスミが帝城を後にしようかとしていたタイミングで、教国の使者からマリーエルもフォルネンの御付きで帝国に来ていて、カスミに会いたがっていることを聞かされ、それに対していつでも会えると伝えたところ、あれよあれよという間に明日、つまりは今この時間に会うことが決まったのだ。
「会談終わりでお疲れのところ押しかけてしまい、申し訳ありません」
「いえいえっ。 私はちょっとデザート作っただけで、全然疲れてないですよっ」
対面して早々謝られたが、カスミは今言った通り全然疲れていないので、慌てて気にしないでいいことを伝えた。
「それで、今日はどういったご用件で?」
「特にこれと言って用件とかはなく、ただカスミ様に会いたかったんです」
「あ、そうなんですか」
訪問の目的については聞かされていなかったが、どうやらマリーエルは単純にカスミに会いたかったらしい。
「あ、立ち話もなんですし、どうぞ中へ」
「はい、お邪魔します」
ひとまずカスミはマリーエルを屋敷の中に通し、座り心地の良いソファに座るよう促した。
「もしよかったらカスミ様の隣に座ってもよろしいですか?」
「えっ? まぁ、構いませんが……」
すると、マリーエルはカスミの隣に座りたいと言ってきて、特に断る理由もなかったので、カスミはマリーエルと隣り合わせでソファに座り込んでいった。
「ふふ」
「えーっと……?」
「ああ、すみません。 カスミ様は可愛らしいなと」
「あ、ありがとうございます?」
「それに、カスミ様の近くは女神様の気配が感じられてなんだか心地よいのです」
そう言って微笑むマリーエルは、前回も思ったが10代前半の少女にしか見えなくて、カスミは思わず可愛いなぁと、ほんわかした気持ちになった。
ちなみにマリーエルは大聖女という教皇に匹敵する重要人物なので、当然護衛の騎士(女性)の人も付いてきており、部屋の片隅でカスミとマリーエルのことを見守っていたのだが、その表情も自然と緩んでしまっていた。
側から見たら少女のやり取りにしか見えないので。
「そういえば、イセトも来たがってましたよ」
「あー、そうなんですね」
「流石に教皇と大聖女に加えて大司教までいなくなると、国の執務が滞ってしまうので、彼には残ってもらいましたが」
残れと言われて「嫌だー!」と泣き叫んでいるイセトがなんとなくカスミは想像できたが、教国の面々の中でもイセトはカスミに対する信仰心が強いので、会えなくて残念と思いつつ、まぁ会えなくてもいいかなー、とも思ったり思わなかったり。
「もうすぐ生誕祭もありますからね。 私も帰ったらそれの準備をしませんと」
「生誕祭ですか」
「ええ。 教国における一大イベントです。 国内だけではなく、全世界の女神教の信者達が聖都に集まるので、それはもう沢山の人で溢れかえります」
「凄そうですねぇ」
女神教はこの世界で唯一世界的に広まっている宗教なので、その信徒の数はもう数え切れない程らしい。
「とは言っても、そこまで厳かなものでもなく、屋台や出し物が沢山出ますから、信徒の方以外も普通に観光で訪れたりします」
「そうなんですね」
「カスミ様も良ければいらっしゃいませんか?」
「そうですね、前回教国に行った時はあんまり見て回れなかったので、行ってみたいです」
「ぜひお越し下さい。 もちろん、他のビフレストの皆様も含めて歓迎いたしますわ」
やはり祭りというのはその国のことを知るにはうってつけのイベントなので、素直にカスミは行ってみたいなと思った。
「祭りにはその年一番のパンを決める大会なんかもあって、カスミ様のおかげで今年は熾烈な争いが繰り広げられる予想です」
「教国のパンは美味しいですよね」
前回教国に行った際も、ホテルで焼かれたパンを食べたが、バターを塗るだけで満足できるくらい非常に美味しかった。
あのパンを焼けるレベルのパン職人が教国にはそれなりにいるということそうで、普通にカスミもパン作りを習いたいなと思ったりしている。
カスミも一応それなりに美味しいパンを焼けはするが、やはりケーキの生地を作るのとパンを焼くのでは、似ているようで全く違う技術が必要になってくるものなのだ。
「あ、そうだ。 マリーエル様、ちょっと待っててもらえますか?」
「はい」
そうして色々と話している最中、カスミはキッチンの方へ、てとてとと早足で向かい、冷蔵庫からあるものを取り出して戻ってきた。
「良ければこちらをどうぞ」
「まぁ、これはなんでしょう?」
「フィナンシェという焼き菓子ですね。 色が黒っぽいのは、チョコレートというスイーツを使ったからで」
カスミが持ってきたのは、先日作ったチョコレートを使った長方形の少し厚みがあるフィナンシェだった。
「あっ、フォルネン様から聞きましたよ。 とても美味しいスイーツだったって。 ……あまりにも幸せそうに話すので、少し苛立ちました」
「あはは……」
恐らくフォルネンに悪気があったわけでは無いだろうが、マリーエルも甘いものが好きな女性なので、食べることができない極上のスイーツの話をされるのは少し思うところがあったようだ。
「でも、それももう気になりません。 食べてもいいですか?」
「もちろんです」
カスミに許可を取ったマリーエルは、嬉しそうな表情でフィナンシェを口に運んでいった。
「んんっ♡! とっても美味しいですっ♡ 芳醇なバターの香りに、確かな甘さとかすかに感じるほろ苦さが絶妙に噛み合っていて…… しっとりとした食感も素晴らしいですわ♡」
すると、口の中にはただひたすらに幸福を感じさせる甘みとほろ苦さが広がり、マリーエルはその幼なげな表情を可愛らしく綻ばせていった。
「これがカスミ様が作るスイーツなのですねっ。 以前のカスタードクリームパンも素晴らしかったですが、あれとはまた別物の感動です」
「そこまで言ってもらえると、嬉しくなっちゃいますね」
以前、カスミが作ったカスタードクリームパンは食べたことのあるマリーエルだが、あれはパンの比重が大きかったので、今回食べたフィナンシェが正真正銘初めてのカスミの作ったスイーツだと言えるだろう。
「そういえば、チェアリィ様にもチョコ味じゃないですけど、フィナンシェを持っていったことありますね。 とても気に入ってくれました」
「まぁ、でしたらこれは神の好物ということに……!」
「あ、いや、チェアリィ様は甘いもの全般が好きみたいなので、フィナンシェが特別好きというわけでは……」
ちょこちょこカスミは教会に訪れてチェアリィにお土産持参で会いに行っているのだが、ケーキや焼き菓子など、基本的に甘いものならチェアリィはとても喜んでくれるのだ。
「あら、そうなのですね。 ふふ、女神様と同じ嗜好をしていると思うと、なんだか嬉しくなってしまいます」
そんな些細な女神の情報でも、マリーエルからしたら凄く価値のある情報だったようで、聴かせるだけでとても嬉しそうな表情になった。
その後もチェアリィについてのことや、教国の生誕祭などについて、フィナンシェを食べながらのんびりと話すカスミとマリーエルなのであった。
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