#135 初の料理指南②
カスミが教えつつのミシュテとカノムのスポンジケーキ作りは、比較的順調に進んでいた。
今は泡立てた生地に薄力粉を混ぜ終えたところだ。
「そうしたら、はじめに温めておいた牛乳、バター、ハチミツに、生地の一部を混ぜていきます」
「牛乳などをそのまま生地に注がないのですか?」
「最終的には全部混ぜるんですけど、あらかじめ少量の生地と混ぜ合わせておくことで、元の生地にそれらを戻し入れた時に、混ざりやすくなるんです。 あんまり沢山かき混ぜる作業は折角泡立てた泡が潰れちゃうのであんまりしたくないので」
「なるほど…… 勉強になります」
別に最初から生地に注いでも失敗にはならないが、より仕上がりを良くするために一手間かけることが、一流のパティシエに求められる技術なのだ。
ということで、カスミの言った通り、牛乳、バター、ハチミツに少量の生地を混ぜ合わせてから元の生地にそれらを戻し、全体が馴染む程度に軽く混ぜていく。
「大体この段階で、こんな風にゴムベラを持ち上げて、流れ落ちた生地が綺麗に層になるくらい滑らかになっていれば良い感じですね」
「うーん、カスミ様ほど綺麗には落ちないっすね」
「私もです。 ここまでの段階でもこれだけ差が出るとは……」
この時点で生地を纏ったゴムベラを持ち上げた時、カスミの作った生地はとろとろと一定の流れで流れ落ち、ボウルの中の生地との衝突面に層ができるのだが、カノムの生地は硬さがあるのか、ボトっ、ボトっと生地の流れが時折止まってしまい、ミシュテの生地は逆に滑らか過ぎてだばーっと一気に流れ落ちてしまっていた。
「お二人とも、ちゃんと私の言う通りに作ったので、失敗というわけではないですよ。 ただ、もっとより良くできはします」
同じ材料、手順で作ったはずなのに、カスミと明らかな差ができてしまったことに、何とも言えない表情になっていたミシュテとカノムに、カスミはそうフォローを入れておいた。
カスミ自信も、製菓を始めたての頃は、先生との違いにちょっとショックを受けたりもした。
だが、努力を続けた結果、製菓学校を卒業する頃には先生から知り合いの菓子屋で即戦力として働かないかと、話をもらえるレベルになれた。
なので、熱意のあるミシュテとカノムなら、きっとカスミと同じレベルにまで来れると、内心思ってはいるが、あんまりフォローし過ぎても向上心が薄れてしまうので、フォローも程々にして、出来上がった生地をそれぞれ型に注いで、焼き上げてみることにした。
「型に注いだ時、黄色い筋のようなものができたら、軽く混ぜて周りと馴染ませてください。 それは生地同士がぶつかって潰れてしまったことでできるものなので、そのまま焼くと固くなっちゃいます」
「分かりました」
「それが無くなったら、型をこうしてトントンと軽く落として、型や生地同士の無駄な隙間を無くします。 それも済んだら、熱したオーブンに入れて20分ちょっと焼いていきましょう」
ひとまず生地作りの全工程は終えたので、あとは焼いて完成を待つのみだ。
その待っている間も、ミシュテとカノムは先程の工程の中で疑問に思ったことなどを積極的に聞いてきて、それに答えていたらあっという間に時間は過ぎ去っていった。
ちなみに、一応この部屋のオーブンにもタイムシフト機能は付いているが、基本的には使わないつもりだ。
便利なものであるのは間違いないが、カスミは生地を焼き上げる時間などを正確に把握しているから有効活用できているのであって、その辺の知識が無いミシュテとカノムに最初からそれを使わせてしまうと、お菓子を作る時の時間感覚が身につかなくなってしまうだろう。
それに、待っている間も今みたいに質問したり、慣れてきたらこの間に他のお菓子の練習なんかもできると思うので、指南の際に使うことはまあ無いだろう。
「そろそろいいですかね」
そうして、質問に答えていたらあっという間に20分ちょっと経過したので、カスミはオーブンに入れたスポンジケーキを取り出していった。
「焼き上がったらすぐに型をまた台の上に落として、蒸気が抜けたら逆さまにして型から外します」
そうして外したスポンジケーキは、ケーキクーラーという網目が付いた台の上に乗せ、底にこもった蒸気を抜きつつ冷ましていく。
「見た目が全然違いますね。 カスミ様のものはふっくらしつつもしっかりしてますが、私のは少し萎んでしまってます」
「自分のはちょっと割れてる部分あるっすね」
「折角なら食べ比べもしてみましょうか」
見た目もそうだが、味や食感でも何が足りなかったのかはすぐ分かるので、カスミ達は各々のケーキを食べ比べすることにした。
すると、ミシュテとカノムはまずお手本であるカスミのものから
口に運んでいった。
「ああ…… 柔らかくて、でもしっかりとした弾力もあって、素材の風味がすごく伝わってきますっ。 美味しいですっ」
「噛むと確かな甘さがあるのに、口溶けが凄いよくて、後味も全然くどくないっすね!」
ミシュテとカノムの言葉通り、カスミのスポンジケーキは食感や味、香りや後味がどれも絶妙で、誰しもが美味しいと言うであろう一品に仕上がっていた。
そんなお手本を食べたので、次はミシュテとカノムが作ったものを皆で口に運んでみた。
「うーん、味は良いんすけど、なんかずっしりしてるっすね?」
「泡立てが甘いと生地の目が細かくなってしまうので、こんな感じにずっしりとして口溶けが悪くなってしまいます」
「カノムのものは食感がボソボソしてしまってますね」
「カノムさんは逆に力強く泡立て過ぎて、泡が壊れて水分が分離しちゃってますね。 割れちゃったりしたのもそれが原因だと思います」
ミシュテとカノムが作ったものは、材料や焼き上げ時間などはカスミが作ったものと同じなので、味や風味は悪くなかったが、食感や口溶けがかなり悪くなってしまっていた。
「けど、お二人とも形にはなってますし、わざと泡立てを強くしたり弱くしたりして、ずっしりとした仕上がりになる生地やふわふわな仕上がりになる生地を作ることもあるので、今回作ったものの感触も覚えておきましょう」
「「はい!」」
その後もカスミは、実際にミシュテとカノムの生地作りの際の手さばきやより良い器具の使い方なんかを丁寧に指導していった。
そうして全員が熱心に取り組んでいると、時間はあっという間に過ぎ去り、窓から見える空は暗くなり始めていた。
「クルルー」
「あっ、ガリュウさん」
そんなタイミングで、ガリュウが「もう暗くなってきたよー」と、集中して周りが見えなくなっていたカスミ達に知らせてくれ、今日の料理指南はその辺りで終わることにした。
「カスミ様、丁寧なご指導、ありがとうございました」
「今日だけでもめちゃくちゃ勉強になったっす!」
「いえいえ。 私も他人に教えてると、新たな発見もあって楽しかったです」
「それで、作ったケーキはどうしましょうか?」
この数時間の指導の間だけで、結構な数のスポンジケーキが出来上がっており、小分けにしたら数十人分くらいは余裕で賄えそうだった。
「そうしたら、セレーノでデザートとして安価で提供したりするのはどうでしょう? ムドアさんと相談してになりますが」
「いいっすね! ムドアさん、この前デザートにも新しいの欲しいって言ってたんで! ……あ、でも、カスミ様がお手本で作ったのは出来が良すぎるんで、出したら騒ぎになっちゃうかもっすね」
「私とカノムが作ったものなら、そこまで騒ぎにはならないかと」
「分かりました。 なら、私の分はビフレストの皆さんに食べてもらいます」
こういった製菓の練習をした時に、作ったものをどうするかは永遠の課題なのだが、とりあえずセレーノで出せるかもしれないということで、一旦は時間が進まないカスミの収納ポーチにしまっておき、ムドアの許可が取れたら渡すということになった。
なお、後日ムドアの許可が取れ、ディナーの数量限定でミシュテとカノムの作ったスポンジケーキを出したそうだが、それはもう大層な騒ぎになったとのこと。
ミシュテとカノムはカスミの作る出来が良いものを見ているので、自分達の作ったものに自信はなかったのだが、まともな甘味がないこの世界の住人からすると、ミシュテとカノムが作ったものでも絶品のスイーツに思えたようで、それを目当てにやって来る客が激増したそうだが、それはまた別のお話。
ちなみにカスミが作った出来のいいものは、大半がビフレストのメンバーのおやつになって消え、一部はデラフト商会のシクウや、商業ギルド長のジリアムなどにお裾分けされたりしたのであった。
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