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#117 どこにでもいるアイツ

 ある日のこと。


 唐突に事件が起きた。



「きゃーーーっ!!」



 そんな甲高い悲鳴を上げたのは、おやつでも作ろうかなとキッチンに入ろうとしていたカスミだった。



「どうしたにゃ!?」



 すると、カスミと一緒に留守番していて、2階にいたローニャが階段を使わずにそのまま飛び降りてカスミの下に駆け寄ってきた。



「何があったにゃ!?」


「む、む、虫が……!」


「にゃ?」



 何が起きたのかとカスミにローニャが尋ねると、カスミはキッチンの方を指差した。


 ローニャがそちらに目を向けると、そこには地球でも大変嫌われ者だった黒光りするアイツがキッチンの床で佇んでいた。



「おー、この家に出るなんて珍しいにゃ」


「そ、そんなこと言ってないで、なんとかしてくださいぃ……!」


「了解にゃー」



 姿も見たくないのか、キッチンからかなり距離を取ったカスミに苦笑しながら、ローニャは黒光りするアイツをキッチンペーパーで包んでぎゅっとし、庭に放り投げて地面につく前に火魔法でボッと燃やし尽くしていった。



「倒したにゃー」


「あ、ありがとうございます、ローニャさん……」


「カスミ、汗びっしょりにゃー。 そんな虫嫌いにゃ?」


「虫全般得意じゃないですけど、あの黒い奴だけは本当にダメなんです……」



 というのも、カスミが地球で子供だった頃、学校の帰り道にあった公園の植え込みの裏に何かがあるのに気付き、覗き込んだところ、近所の虫好きの子供が密かに作った黒いアイツをホイホイして繁殖させるキットを発見してしまい、その中でうじゃうじゃと蠢くアイツを見たせいで、完全にトラウマになってしまったのだ。



「フィオとレネも嫌いだから、家の周りに虫除け炊いてるはずだけど、どこからか入ってくるもんにゃねー」


「ローニャさんは全然平気なんですね……?」


「ローニャは森の中の集落で育ったから、虫は切っても切り離せない存在だったにゃ」


「なるほど……」


「それに、魔物の虫はもっとデカくてキモい奴いるにゃ。 小屋くらいデッカいブラックコックっていうさっきのアイツに似た奴にゃんかも……」


「うあうあうあー、聞こえませんー」



 何やら聞きたくないことをローニャが言い出したので、カスミは耳を塞ぎながら声を上げて、ローニャの言葉が聞こえないように努めた。



「もういないですかね……?」


「ローニャはあんまり鼻がきく方じゃないけど、少なくともキッチン周りにはいないと思うにゃー」


「そうですか…… でも、ちょっと料理する気は失せちゃいました」


「なら、ちょっと散歩でもしに行くにゃ?」


「そうですね」



 ということで、カスミは気分転換にローニャと共に外に出て散歩することにした。



「この辺も暑くなってきたにゃー」



 もうそろそろ夏本番にこの地域も差し掛かってきており、外は少し暑いなと感じるくらい気温が上がっていた。



「ローニャさんは暑いの好きですか?」


「あんま好きじゃないにゃー。 獣人は暑がり大体皆んな暑がりにゃ」


「耳とか尻尾付いてますもんね」

 

「夏場は取り外したくなるにゃー。 でも、ローニャはまだマシな方で、もっともふもふしてる奴らは夏が大嫌いにゃ」



 ローニャの猫耳や尻尾はもふもふというよりツルツルさらさらといった毛の感触なので、そこまで熱がこもったりはしない。


 だが、狐人や兎人、犬人のようなもふもふしてる耳や尻尾がある者達は、暑いとちょっと動くだけで熱が籠り、慣れていないと体調が悪くなるそうだ。



「ローニャさんは獣人の国出身って聞きますけど、その辺りは涼しいんですか?」


「こっちに比べるとかなり涼しいにゃ。 その代わり、冬は雪が沢山降って大変にゃー」


「獣人の国にも一度行ってみたいですね。 どんな国なんですか?」


「国とは言っても連合国だから、王様とかはいないにゃ。 何個か大きい街があって、その周りに小さな集落が沢山ある感じにゃ」


「そうなんですね」


「あとは結構な実力主義にゃ。 戦うのが好きな奴が多いから、国の祭りとして闘技大会とかあったりするにゃ」


「なんか、殺伐としてませんか?」


「別に殺し合いするわけじゃないにゃ。 まぁ、一昔前は部族とか集落同士の戦いもあって、国を統一するぞーって息巻く奴らもいたけど、今獣人で一番強い奴が割と平和主義だから、そういう奴はいなくなったにゃ」


「ローニャさんが一番じゃないんですね?」


「ローニャはまぁ、よくて5本指ってとこにゃー。 単純な体の強さなら、獅子人とか熊人の方が強いにゃ」


「おーっと! また会ったねレディ達っ☆」

 


 そんなことをカスミとローニャが話していると、何やら聞き覚えのある大きな声が聞こえてきた。



「アルデンテさんじゃないですか」


「うい! 少しぶりだね! 先日はマリンが大変お世話になったようで!」



 その声の主は、製麺職人であり、冒険者ギルド職員であるマリンの恋人でもあるアルデンテだった。

 


「げ、なんでこんなところにいるにゃ」


「物件を下見していてね! 今はその帰りなのさ!」



 どうもアルデンテのことが好きになれないローニャが顔を顰めながら言った言葉に対して、アルデンテは気にした様子もなく踊りながらそう答えた。



「物件ですか?」


「今僕は元々働いていた製麺所を間借りして麺を作っているのだけれど、スペース的に問題が起きてきてね! これを機に存分に麺の開発ができる物件を借りようと思ってるんだ☆」


「なるほど」


「カスミ様のレシピのおかげで中華麺の売上もすこぶる良くて、なんなら商業ギルドの方からサポートも受けられそうなんだ! ゆくゆくは大きな製麺工場なんかも作りたいね!」


「ふむ」



 どうやらアルデンテの製麺事業はかなり上手くいっているようだ。



「でしたら、私の方からも懇意にしている商会にアルデンテさんのことを紹介しておきますね」


「わお!? そんなことしてもらっていいのかい!?」


「はい。 アルデンテさんの麺をその商会でも取り扱ってもらえば、より買いやすくなるでしょうし」


「そこまでしてもらえるなんて、僕は貴女にどう報いれば良いんだろうか!?」


「カスミが望む麺を作りまくれにゃ」


「確かに!! それが一番の礼になるね! ひとまず、カスミ様が教えてくれた麺の試作品ができてきてるから、もう少し形になったらお渡しさせてもらうよ☆」


「ふふ、楽しみにしてます」


「では、私はもう少し物件の内見があるから失礼するよっ☆ アデュー!」



 そう言いながらアルデンテは舞台俳優のような踊るような足取りで去っていった。



「やっぱり変な奴にゃー」


「あはは…… でも、ちょっと元気がもらえました」



 どこまでも明るく前向きなアルデンテを見ていたら、虫騒動で荒んでいたカスミの心も前向きにしてもらえた。


 なので、その後も少し散歩を疲れない程度楽しんだら、夕食の準備をするべくパーティーハウスへと帰るカスミなのであった。


 なお、黒いアイツが出たことや、カスミが虫が苦手なことをフィオやレネに言ったところ、以前にも増して虫を撲滅するための仕組みがパーティーハウスに施されたのだが、それはまた別のお話。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

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