#103 海鮮フライ
マリンフェアリーとの邂逅なんかもあった海で遊んだ日の翌日。
ランペイジバスの大量発生で荒れていた海も少しずつ元の様子に戻ってきたようで、今日からこの街の漁が本格的に再開された。
なので、もちろんカスミは朝市に向かっていた。
「ん? なんか列できてるな?」
「本当ですね」
そんな本日はアネッタと一緒だったのだが、市場に向かう途中で何やら行列ができているのが目に入った。
「向こうの通りから伸びてるな」
「あ、向こうの通りというと、デラフト商会ですかね?」
カスミがそう予想しつつ列がどこから伸びているのか改めて確認すると、やはり隣の通りにあるデラフト商会の方から伸びているようだった。
「そっか、今日なんですね」
「なにがだ?」
「醤油とかの調味料とレシピが、この街でも販売されるんだと思います」
「ああ、そういうことか」
どうやら今日からこの街のデラフト商会でも、カスミが携わった調味料やレシピが販売されるらしく、この行列はそれらを求めてのもののようだ。
「もう既にこの街ではカスミの料理が広まってるからな。 そりゃ皆んな買いに来るか」
「ありがたいですね」
そう言いながらカスミがその行列の横を歩いていくと、中にはカスミのことを知ってる人もおり、元気よく挨拶されたりした。
先日のランペイジバスの騒動で、港に勤める漁師や戦いに出た冒険者達、並びにその者達の家族とカスミは連日顔を合わせており、この街に住む結構な人に存在は認知されている。
カスミがこれから販売される調味料やレシピの発案者だとは知られてないが、存在を広めたのは事実なので、チヤホヤされてちょっと恥ずかしい気持ちもありつつ、ぺこぺこ頭を下げて挨拶を返していった。
そうこうしているうちに、行列ができていた場所を抜け、朝市に辿り着いた。
そこでは沢山の新鮮な海産物が所狭しと並んでいて、何度来ても目移りしちゃうなとカスミは思いながら、気になったものを手に取っていく。
「あ、お嬢ちゃん!」
そこでもカスミを認知している者に何度か声をかけられたが、一際大きい声で以前いくらを売ってもらった店の男性が声をかけてきた。
「あ、どうも。 ご無沙汰してます」
「あの時振りだね! ランペイジバス騒動でも大活躍だったらしいじゃないか!」
「あはは…… お役に立てたならよかったです」
「それでほら、これを見てくれ!」
そう言って店の男は、商品棚からあるものを取って見せてきた。
「あ、いくらですねっ」
「ああ! あれから筋子を全部回収して作ってみたんだ!」
店の男がカスミに見せてきたのは、手頃なサイズの瓶に詰められたいくらで、商品名が書かれたシールの隙間から見える部分だけでも、一粒一粒が大きくて非常にものが良いことが見て取れた。
「物珍しさからか何個か既に売れたよ」
「それはよかったです」
カスミも大好きないくらがこの世界でも評価されるようになったら嬉しいなと思いつつ、カスミも普通に欲しかったので瓶詰めされたものを5つほど購入した。
前回ここで作ったいくらの醤油漬けは、先日海鮮丼を作った時に大盛況でもう無くなってしまったので。
「あ、お嬢じゃねぇか!」
「今日も買ってるなお嬢!」
「は、はいっ?」
すると、先日カスミがいくらのおにぎりを振る舞った近くの店の者達が、カスミの存在に気付いて声をかけてきた。
「お、お嬢って、私ですかっ?」
「そうだぞ?」
どうやらカスミのことを彼らはお嬢と呼んでいるらしく、呼ばれ慣れない呼び方にカスミはちょっとこそばゆくなった。
ただ、いつぞやのライスの時のように、天使とか呼ばれるよりはまだ許せる呼び方なので、目くじらを立てることはしなかった。
「天使とか救世主って呼んだ方がいいか?」
「嫌ですっ!」
どうやら天使だの救世主だの呼ぶ案もあったようだが、そちらはカスミが全力で拒否した。
やっぱりこういう誰かの助けになることをした時は、あらかじめ釘を刺しておかないと、この世界では変な呼び方が付きやすいんだなとカスミは改めて思わされた。
「お嬢、また明日も来るのか?」
「あ、はい。 そうですね、来ると思います」
「ならよ、普段は捨てちまうもんを色々用意しとくから、食えそうなもんあるか見て欲しいな」
「全然大丈夫ですよ」
カスミがそう返事をすると、何人か集まっていた顔見知りの店の者達もこぞって参加したがったので、他にもいくつかの店に声をかけて、普段は捨てるものを明日沢山用意して、カスミに見てもらおうという話になった。
カスミからしてもありがたい話なので、快くその話を了承し、今日のところは一旦宿へと帰るのであった。
*
その日の夜。
明日の朝市を楽しみに思いながら、カスミは夕食を作っていた。
「お、揚げ物か?」
「そうですね」
夕食作りを手伝いに来てくれていたアネッタの言う通り、キッチンには揚げ物を作るためのパン粉や小麦粉に卵、油が注がれた鍋が用意されていた。
「何を揚げるんだ?」
「こちらのロケットシュリンプと、ランペイジバスですね」
そんな揚げ物を作るためのセットで作るのは、とても大きなエビの魔物であるロケットシュリンプを使ったエビフライと、ランペイジバスの切り身を使ったフライだ。
ランペイジバスは味的には白身に近いそうで、身の色は綺麗なピンク色をしていてとても美味しそうだった。
そんなランペイジバスの切り身を、長細いサイズにカットし、殻を剥いて背腸を抜き、曲がらないように切り込みを入れたり、塩と片栗粉で軽く揉み洗いして臭みを取ったりして下処理を終えたロケットシュリンプと共に塩を振って少し置いておく。
すると、どちらも余分な水分が滲み出てきたので、それをしっかり拭き取り、溶き卵に小麦粉を加えたものに潜らせ、その上にパン粉を塗しつけて衣にしていく。
そうしたら、しっかり熱した油の中に沈め、狐色になるまで揚げていく。
「あんまり味の想像つかねぇな?」
「どちらも美味しいと思いますよ」
「そこはまぁ、疑ってないけどな」
思えばまだ海鮮を使った揚げ物は作っていなかったので、少しずつ揚がっていくエビフライとランペイジバスフライをアネッタはちょっと不思議そうな目で見ていた。
そうして揚げ物を作っている間に、付け合わせのキャベツの千切りや味噌汁を作り、加えて玉ねぎ、ゆで卵、マヨネーズを使ったお手製のタルタルソースも作っておいた。
ソースで食べるのもいいが、海鮮系の揚げ物にはタルタルソースを付けて食べたいカスミなので、しっかり用意させてもらった。
そんな付け合わせなどの準備を終える頃には、人数分のエビフライとランペイジバスフライも完成し、一人前分をキャベツの千切りと共に皿に盛り付け、お代わり分は大皿にてんこ盛りにし、食事スペースへ運んでいった。
「今日はロケットシュリンプのエビフライと、ランペイジバスのフライです。 塩、ソース、あとタルタルソースというものも用意したので、お好みの食べ方でどうぞ」
そうして集まってきた面々にカスミが手早く説明を終えると、早速皆思い思いの食べ方でフライを口に運んでいった。
「お! このエビフライ、すげぇな! 口の中で解けるみたいだ!」
すると、まずはアネッタが、タルタルソースを付けて口に運んだエビフライの美味しさに喜びの声を上げた。
カスミの前世では車海老やブラックタイガーがエビフライにはよく使われていたが、ロケットシュリンプはそれらよりもかなりサイズが大きく、食べ応えがかなりあった。
さらに、身も車海老のとろけるような甘みと、ブラックタイガーのしっかりとした旨みがかけ合わさったような身質をしていて、噛むとサクサクとした衣の香ばしさと、解けるロケットシュリンプの身の甘さと旨みが口の中に広がり、もう正しく絶品と言っていい仕上がりになっていた。
「ランペイジバスも美味しいね!」
そんな素晴らしいロケットシュリンプのエビフライだが、その隣のランペイジバスのフライも負けていなかった。
味は確かに白身魚特有のものがあるが、どこか赤身の旨みも混ざっていて、ふっくらとした食感と、噛めば噛むほど滲み出てくる旨みがそれはもう美味だった。
「ランペイジバスは大量に余ってるだろうから、こういう食べ方があるって教えたら喜ばれそうだな」
そんな風に言うクリスタの言葉通り、先日の大量発生によって、ランペイジバスは割と過剰供給気味で、今朝カスミが行った市場でも、1メートル近い肥えたランペイジバスが、1000ゴルドもしない値段で購入できた。
なので、在庫を残さないためにも、明日カスミが朝市に行った時に、ランペイジバスを使ったレシピをいくつか渡そうかなとカスミは内心思ったり。
そういうカスミとしては些細な行動が、積もり積もって女神だの天使だの呼ばれたりすることに繋がっているのだが、当のカスミにはあんまり凄いことをしている自覚は無く、暢気に美味しいエビフライとランペイジバスフライを食べて、表情を綻ばせるのであった。
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