交通革命のはじまり
「随分と延伸したのですね」
社交期の為に王都へ移動する列車から降りたフレイアは驚きの声を上げた。
昨年、王都から領地へ帰る際にルーンベル領の端から乗り込んだ列車は隣のアムスト領を抜け、更に隣のジャンタル領に達していた。
列車はセルジュ河の傍の駅で停車し。一行はセルジュ河を下る船で王都に移動することになるがジャンタル領から王都までたった半日だ。
本来王都からルーンベル邸までは馬車のみで八日。
河を運行する船と街道を走る馬車を使えば五日。
『前回』一度だけ活用した、昼も夜も馬車を走らせ、ギルドの最新鋭の船を使って三日。
だが、この列車を使えば二日弱で王都にたどり着くことができる。
「実は陸路も着手中でね。ジャンタル領では王都へ繋がる『トンネル』を作るそうだ」
父の説明にフレイアは目を丸くした。
「『トンネル』……辺境伯家で過去に議題になっていましたね。流石にグラルフ山脈に穴をあけるのは無理であり、ヴァーシュ領までの列車があることにより流れていたはずですが」
「あははーそれね、クラヌスがトンネルに列車を走らせるのが夢だからってやたらと粘ってた奴」
父と話していると母が笑いながら話に乗る。
ちなみにクラヌスというのは先王の名前だ。
そんな真相があったとは、と思いながら。フレイアは『前回』当主だった時に頭に叩き込んだ地図を思い浮かべた。
ジャンタル領は王都に近いけれど領地の境界を山に阻まれているため、船が行き来するセルジュ河沿いしか栄えている印象のない領地だ。
王都から辺境まで続く街道も一応あるにはあるが、大半の者は王都から船でセルジュ河を遡上し、ジャンタル領かアムスト領、ルーンベル領から河沿いを通る街道を使う。
セルジュ河はグラルフ山脈を水源としており、すべての航路の終点である商都バスラットを越えて辺境伯領に行くにはどうしても街道を行く必要がある。
「トンネルができたらジャンタル領は様変わりしそうですね」
『前回』領主は……不在だった。
そうだ、この場所は……本来王にならないルフェウスに与えられる予定だった場所だ。
「古来からここは王族が継承する領土だったが、栄えてしまったら無要な混乱を防ぐためにそれもなくなりそうだな」
「そうですね」
「クラヌスはトンネル計画を諦めていないようでね。こっちのトンネルに列車を通したいみたいだよ……そうなったら一昼夜で王都からルーンベル、なんてことも夢じゃないね。魔導列車の開発も進むだろうから速度ももっと上がるだろうし……多分クラヌスは実現したいんだろうなぁ……『魔導新幹線』」
母の言っていることは相変わらずたまによくわからなくなる、と思いながらフレイアは初めて王都に赴く為、緊張した面持ちのリーナにヒルデが嘘を教え込もうとしているのを見てヒルデを抱っこして咎めながらリーナの誤解を解いた。
夕方に乗り込んだ船は明日の昼前には王都にたどり着くらしい。
前回、すべてが始まる前の財政難だったルーンベル伯爵家での王都への移動は八日間、マリアと荷馬車に押し込まれての旅だったので信じられないほどに楽だ。
当然のように父が手配したのは貴族用の客室で。当然のようにベッドがあって温かい食事も提供される。
エマやメアンと共に、リーナとヒルデに礼儀作法を教えながらフレイアは穏やかな時間を過ごし、夜は風が心地よい甲板に出た。
夜の河は暗く、山間を縫うように下っているせいだろう、岸の明かりも見えない。
ふわふわと舞う光が見えるのは……領地からついてきてしまった精霊たちだ。
きゃあきゃあとさざめくような声は何を言っているのか聞こえないが、楽しそうだ。
「領地の外に出たりしないの?」
ふと気になって問いかけるとわらわらと光が集まって声が返ってくる。
『我らはどこにでもいて、どこにもいないのです』
『こういう移動する必要がないから楽しいー』
『精霊は距離の概念がない世界を誰もが持っていて、境界をまたぐことで移動するので』
『ご主人様も魂だけならどこにでも行けるでしょう?』
『きになる? きになる? いっしょに行ってみる?』
なんだか乗るとまずそうな話になったと思ったフレイアは首を振った。
魂だけの移動というのには興味があるけれど戻ってこられる保証がない限り試す気はなかった。
それにしても精霊は不思議な存在だ。
これまでもきっと見えていなかっただけで存在していたのだろう。
メナーディアが精霊に詳しいのは、メナーディアが生きていた頃、精霊が身近なものだったからだろう。
今度、誰かが『遺物』を使うときは精霊の動きも観察してみよう、と思いながらフレイアは飽きることなく夜の甲板の空気を楽しんだ。
寝て起きたら、もう王都についているだろう。
空が白む頃。船は王都に到着した。
ぬいぐるみを抱えて愚図っていたヒルデは王都に着いたことを伝えるとしゃんとして。その様を微笑ましく思いながらフレイアはメアンとエマに身支度を整えてもらった。
リーナはいよいよ到着した事を知ると緊張を隠せない面持ちで。恐々と部屋の外を見て天を覆いつくすような巨大な街と、その果てに聳える王城を見て歓声を上げた。
奇しくも船が停泊したのは『前回』ルフェウスと楽しい一日を過ごした場所の近くで。
フレイアはつい、奇抜な味のジュースを楽しんだ路面店を目で探した。
大通りに面した店は思いのほかすぐに見つかり。フレイアは懐かしいような恥ずかしいような……言いようのない気持ちになって、ただ微笑んだ。
港からは馬車でマナーハウスまで移動する。
坂をあがる度、高くなる視界にリーナが目を泳がせているのを見て、そういえばルーンベル領は大半が平野で。巨大な坂を上る王都はリーナにとって見慣れないものなのだろうと思った。
そうして辿り着いたマナーハウスは当然のように整えられていて。自室に入った時には肩の力がふっと抜けた。
九歳になったけれど当然、体はまだ子供のままで。最近では十八歳の頃の身体感覚を思い出すことの方が減ってきた。
思わずドレスを緩められただけで眠たくなってしまった身体をベッドに横たえると、お風呂に入りましょうね、と笑うエマに身体を抱き起される。
ちなみに同じく九歳のメアンは疲れているでしょうとエマに気遣われてもう部屋で休んでいる。
重たくなる瞼に抗えず、フレイアはうとうとと目を閉じ、マナーハウスの自室を飛び回り、きゃあきゃあとさざめく精霊の声を聞いた。




