制御と再会
──精霊共を制御したい? 面倒ではあるが便利だろう。
夜。メナーディアに相談するとトルソーの首がカクカク動いた。
「叶えられては困ることまで叶ってしまうの。でも精霊さん達を縛るのは嫌だから……どうすればいいのかしら」
そう問いかけるとメナーディアが思案するように俯く。
──お前もまた面倒なことを言う。
思念が奴らに伝わらないように自分に封印をするか、
言葉で頼んだ時だけ動くように交渉すればいいだろう。
「なるほど……自分で記憶を封じていたように『ギフト』を使うのね」
──ただ、それにより魔法の行使はしづらくなる。
中級以上の魔法使いが優れている点として、
馴染みの精霊が気を利かせて微調整をしてくれるものだからな。
「そんな高度な魔法が必要な状況にならないことを祈っておくわ……それに、必要な時になったら封じを解けばいいのではないかしら」
──高度な魔法を行使するときに精霊と関係を構築していれば……
というのも並の魔法使いの話でお前とは無縁だな。
まったく、お前は厄介な存在だよ。
そこまで言ったメナーディアはお人形用の椅子に腰かけて窓際に置かれているドールハウスをちらりと見た。
──奴らは複雑怪奇でいて純粋な者を好む。
お前はまさに複雑怪奇で純粋だ。
「それは……褒めているのよね?」
フレイアはメナーディアの言葉に微苦笑を漏らした。
自分が『複雑怪奇』になった遠因はメナーディアにあると思うのだが。
そう伝えてもきっと海千山千のメナーディアには躱されてしまう気がして口を噤んだ。
『私の思念は精霊たちに伝わらない』
物は試しだとばかりにフレイアが呟くと窓際のドールハウスからきゃあきゃあと声が溢れて光が飛び出してくる。
『何故、何故ですか!』
『つながりが薄くなった気がします』
『寂しい、寂しい……!』
『ご主人様! 何か私たちは不手際をしたでしょうか』
『あたしは魔力感じられるならいいけど……あんま離れないでよね』
『ついていっても、いいですか』
──あぁ、随分と好かれたものだ。
「あの、急にごめんなさい。助けてほしい時は声を出すので、その時気が向いたら手を貸してくれると嬉しいです」
顔がついていないのに呆れている様子のメナーディアの隣でフレイアは精一杯精霊たちの説得を試みた。
同時にこれまで以上に自分の発言には気をつけなければと自戒する。
そう思っていた矢先、もじもじと桃色に輝く光が寄ってくる。
『あの……ご主人様、わたし……よかれと思って……お昼に見に行った時、第一王子が眠れないようにしちゃいました』
早速発生した問題にフレイアは頭を抱えた。
思念だけを封じるだけでは足りないのかもしれない。
「わかりました、今後しないでくださいね」
溜息を吐きたいのを堪えながらお願いするとふわふわと光が飛んでいく。
眠れなくなったルフェウスが心配だが自分が顔を出すわけにはいかない。
──『ギフト』を使ってしまえばいいだろう。
お前の力ならば何をしようと今夜のことを忘れる、で済む。完全犯罪だ。
「その言い方、やめてください……それに記憶に関わることで『ギフト』は使いたくないの」
──お堅いことで。
呆れたようにメナーディアが肩を竦める。
メナーディアにはそういったものの、明日辺境伯領にルフェウスは発つ。
眠れないのは気の毒だ。
そう思ったフレイアはこっそり忍び込んで『ギフト』をかけて帰ろうと思って。そっと部屋を抜け出した。
遠隔操作で『ギフト』を使えるようになったらそれが一番だと思ったけれど。
たとえそんな魔法があったとしてもメナーディアに教わって魔法陣を書いているうちに朝になってしまうだろう。
部屋を出てから思いついて『私は誰も見ることができない』という『ギフト』を使ったので。廊下に立っている私兵もルフェウスの部屋の前に立っている護衛も素通りできるだろう。
このままルフェウスの前に姿を現してもルフェウスは自分を認識できないはずなので。眠れるように『ギフト』を使ってそっと抜け出してしまえば問題ない……はずだ。
そう思いながら客間のある階段を降りたところでドアが開閉すれば見えなくともバレてしまうことに思い至った。
窓から侵入できないだろうかと思って庭園に出たフレイアはテラスにいる人影を見て息を飲んだ。
月明かりにきらきらと白銀の髪が輝いている。
ルフェウスだ。
庭園と星空を背景に、寝間着を兼ねた服を纏って立つルフェウスは絵画の住人のように静謐でうつくしく見えた。
王子を邪魔しないようにするためだろう、護衛はテラスの手前に居て。見えないけれどきっと『影』も居るだろう。
思わず見惚れていたフレイアはそっと足音を殺して近づき。庭園に降りられるテラスの階段の手前から『ギフト』を使おうとした。
けれど、テラスの柵に手をついて、庭を眺めていたルフェウスが……明確に『こちら』を見たのでフレイアは声ごと吐息を飲み込んだ。
射抜くような眼ではない、見定めるような眼。
自分が知っているのは二十一歳のルフェウスで。十三歳のルフェウスについてはなにひとつ知らないことを突き付けられるような気分だ。
同時にこの状況が明るみに出たらまずいと言うことに今更気づく。
夜中、眠れない第一王子に近づく滞在先の伯爵家の令嬢……どんな意思があろうと、その事実だけで社会的に終わる。
いいや、自分はルフェウスと交流していないのだから声だけを届けて『ギフト』を使ってしまえば不可解な現象が起こっただけで済む。
そう思っているうちにルフェウスが首を傾げた。
「誰か、居るのか。敵意はないようだが」
変声期なのだろう。
掠れた声は聞き覚えのないものだけれど……それでもなんだか好ましいと思うのは自分がルフェウスを好きだからかもしれない。
それ以上に敵意がないということを読み取れるのがすごいと感じる。
ルフェウスは第一王子だが側室の子で、少し複雑な立場なので、もしかすると幼いころから危ない目にも遭ってきたのかもしれない。
迷った後、フレイアは名乗らず、声だけを届けることにした。
「お初にお目にかかります、お察しの通り、私に敵意はございません」
ルフェウスからは見えないだろうが、階段の手前で一礼する。
「そう……どうしてだろうね。この邸宅に足を踏み入れた時から懐かしい気がしていたんだけど。君の事も……上手く言えないけれど、信じられる気がする」
見えていないはずなのに。ルフェウスの眼は此方に向けられたままだ。
「どうやら君は僕に会うつもりがなかったけれど、こうして姿を隠してまで会いに来たのは何か理由があったからなんだろう」
ルフェウスはどこまで察しているのだろう。
こんなふうに言葉を交わす予定はなかったので。もう完全に失敗だ。
フレイア・ルーンベルとまでは特定されていないだろうが、ルーンベル家に関わりのある者だということは既にルフェウスの中で確定しただろう。
「この度は、私の不手際で殿下の眠りを妨げることになってしまったため……眠っていただくために現れました」
半分観念しながら、正直にフレイアが伝えると、ルフェウスが微笑む。
まだ十三歳なのにその微笑みは老成していて。けれど、自分の知っているルフェウスの微笑み方とは当然違っていて。その事にルフェウスの記憶が本当に失われていることがわかって、それが良かったと思うと同時に悲しくて上手く息が吸えなくなる。
「そう、『精霊さん』なんだね」
笑み混じりに投げかけられる声に驚いてから、幾度も命を引き換えに時を巻き戻した記憶を失ってもルフェウスはルフェウスだと実感して。フレイアはつられたように微笑んだけれど。涙が目尻を通り越した。
「はい……『精霊』です」
零れる涙を掌で抑えながら。フレイアは胸の奥に灯った温かさに少し戸惑った。
こんなにも、取り返しのつかないほどに心惹かれるのは怖いと思ったけれど。
顔も、姿も、誰にも見られてはいないので。いまだけは感情に翻弄される心を持て余すことを自分に許そうと思った。
「いつか会えたら……『腹心』になってくれるかな」
「機会がありましたら……ルフェウス様は『心地よい夢を見る、眠りに落ちる』」
テラスに佇むルフェウスを見上げて、フレイアは『ギフト』を使った。
途端にルフェウスの眼がとろりとする。
慣れない列車での移動で疲れていたのだろう。
「約束だからね……今年の社交期に、王都で会えると嬉しい」
こちらを見つめるルフェウスが、何故か言葉を重ねてくる。
思わず名前を呼んでしまったのはまずかったかもしれない、と思いながら。
フレイアは敢えて無言を返し、ルフェウスが何か言いたげな眼をした後、部屋に戻るのを見届けた。




