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魔法に必要なものは……絵心

──浮かない顔だな。


 リーナが伯爵邸を訪れて数日。社交期のために王都へ向かう日が迫っている中。

 メナーディアが声を掛けてきた。

 フレイアは頷いて、慌てて手元を見た。

 自主的に絵の練習をしていたのだが気もそぞろだった。


「リーナの……『前回』異母妹だった妹のことを思い出していたの」


──また考えても仕方のないことを。


 テーブルの上に置いているウォルナット材のデッサン人形が支柱から倒れるように離れると四つん這いになってカクカクと動き、傍らに置いていたドレスを身につける。

 絵画の教師から贈られたそのデッサン人形を見た時、メナーディアは驚くほどその人形に入りたがったのでフレイアは仕方なくメナーディアの意志を尊重してその人形にメナーディアの魂を移した。

 二本の脚では歩けないしせっかく作ったドレスを着てもトルソーのようで味気ないと思うけれどメナーディアはいたくそのデッサン人形を気に入ったようなので。今度は歩けなくともヒト型の人形にすることをフレイアは決意していたりする。


「だって、あの子は『今回』まだ何もしていない子供だし……記憶を持っていてもそれはきっと良いものではないわ」


 思えばリーナは父と継母の教育で取り返しがつかないほどに歪んでいった子供だったといまは思う。

 あの舞踏会のあと塔に軟禁され、何の因果か自分が何度も死んだ北の修道院に送られたと聞く。

 『前回』の元婚約者の、ライアスの子を妊娠していたというのは虚言だったのかもしれないが。もしもそうでなければ北の修道院は身重の身体に堪えただろう。


 いいや、そもそも甘やかされて育ったリーナに修道院の……それも北の修道院の生活に耐えられたとは到底思えない。


 グラルフ山脈に抱かれるような辺鄙な場所にある修道院は出入りするだけでも難儀な場所で。当然そんな場所にあるので物資の出入りも最小限。

 痩せて凍てつく土地を毎日のように耕し、一握りの小麦が採れれば神に感謝するような土地だ。

 食事は王都では鶏の餌にも使われないような、雑草に等しい雑穀の粥かオートミール。

 信者から供物としてささげられる年老いた家畜の肉が手に入れば上々。

 当然菓子も嗜好品もなく。支給される薄いローブで風雪に曝され。夜は薄い毛布をかぶって祈りの言葉を囁きながら眠る。

 そのまま起きてこない修道女も多い……そんな環境だった。


 自分は北の修道院で冬の最も寒い日に流行り病で死んだけれど。

 病を得てから与えられたのは聖水と一握りの小麦だけ。

 あんな環境では病に抵抗することもできなかっただろう。

 

 北の修道院に送られた妹がどうなったのかは知らないけれど。きっと自分が『前回』死ぬまで生きていたとしたら辛い記憶を残していたに違いない。

 母曰く『主人公』であるリーナは環境に染まりやすい少女だ。

 『ゲーム』に登場する『主人公』も選択肢や能力の伸ばし方で発現する『ギフト』が違うそうなので……きっとリーナは真っ当な場所で育てば『主人公』になることができるような少女になるのだろう。


──お前、円と線は書けるようになったのか。


 思い耽っていると唐突にメナーディアに問いかけられる。


「えぇ……複雑なものは難しいけれど流石に半年やっていたらね」


──ふん、なら十分だ。

  新しい紙を用意しろ。新しいインク瓶と羽ペンも。

  

 言われるまま一式用意したフレイアはメナーディアの指示に従っていく。


──これから教えるのは初級の魔術だ。

  そんなに『妹』の動向が気になるのなら見せてやる。


「そんなことができるの? 念視にちかいもの?」


 メナーディアを完全に信じているわけではないけれど。フレイアは少なからずわくわくした。

 現在では失われた魔法を使うことができるのだから。


──そんな便利なものではない。

  周囲を漂う精霊の眼を借りるだけの魔術だ。

  あまり遠く離れていては使えない。


 そう言ってメナーディアは理論を簡単に説明してくれるけれど。

 魔法の基礎すら知らないフレイアは半分も理解できなかった。


「つまり……こちらから魔力を使ってリーナを探したいという意思? 波?を送って……それに応えてくれた精霊の視界を一時的に乗っ取るってことでいいの?」


──厳密に言えば違うが……まぁ知らずとも豊富な魔力と正しい陣があれば魔術は使えるものだ。

  お前の場合は多少効率が悪くとも豊富な魔力でどうにかなる。

  『遺物』にも刻まれているものがあるだろう、魔法陣が。


「あまり『遺物』に触れたことがなくて」


 そう言いながらフレイアはメナーディアがいれば『遺物』の研究がとんでもない速さで進むのではないかと思った。

 『探究科』に入学できた時はメナーディアも連れていこう、と思いながらフレイアは言われるままインクに魔力を籠め、メナーディアに散々貶されながら白い紙に言われた通りの図形を書き……書こうとしたのだが。その日はメナーディアの及第点を貰えなかったので。

 それから十日の間、ひたすら円と線を書き続けることになり。

 練習の為に書き損じた紙に真っ黒になるまで円と線を書きつけた、とんでもない量の紙を発見したエマとメアンに精神異常を疑われたりしたりしたが、最終的にメナーディアの及第点を貰った。


 あとは魔法陣に魔力を流せば魔法が発動するという話だったのだが。

 そうするより前に父から報せがもたらされた。


 『継母』が詐欺により捕まり。『継母』を唆して詐欺をさせていたごろつきにリーナが誘拐されそうになっているところを取り押さえた、と。


 結果としてせっかく学んだ魔法を試す機会が失われてしまったけれど。

 『継母』はヴァーシュ侯爵領の労働所にごろつき共々送られ。リーナは伯爵家で引き取ることになった。


 おおきなショックを受けていたせいだろう。

 伯爵邸を訪れた時のリーナは熱を出していて。顔を見ることは叶わなかったし。

 父も母も『前回』のことがあったので自分を気遣って分家に引き取ってもらう手はずを整えていたけれど。 

 フレイアは共に暮らすことを求めた。

 そんなことをしたのは『前回』と違うことを確かめたかったせいかもしれない。


 その推測を裏付けるように……

 とても怖い目に遭ったのだろう。

 伯爵邸を訪れたリーナに『前回』の面影はなく。

 ただ、新しい環境に怯える八歳の少女だった。

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