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伯爵家幽霊事件

「会わない方が良いと思うよ」


 リーナの熱が下がったと聞いたフレイアが、リーナに会ってみても良いか母に相談すると開口一番母がそう言った。

 予想していた一言ではあったけれど母の口調は心配というよりは憂いを含んでいたのでフレイアは探るように母を見上げ。その視線を受けた母は観念したように肩を竦めた。


「どうやらこの屋敷に来た時に患っていた熱がきっかけなのかその記憶のせいで熱をだしたのか……リーナの『前回』の記憶が戻ったみたいなんだ」


 その言葉にフレイアは息を飲んだ。

 屋敷に保護されたリーナは遠目に見ただけだがその時はただ無力な少女に見えていた。

 けれど『前回』の記憶を取り戻したリーナはどうなるのだろうか。

 『前回』と『今回』の変化に気づくことはできるだろうがどんな行動をとるのかは予想できない。


「侍女の話によると怖い夢を見たと言ったそうなんだ……あと、黒髪で眼の青い女……まぁ、私の事なんだけど……を異常に怖がっていたよ。だからフレイアちゃんも怖がられるかもしれない。『前回』は『ルーンベル伯爵』が母娘の生活をかなり守っていたけれど今回は『あの屑』のことだ……きっと二人はひどく貧しい生活を送っていただろう。だから『前回』の記憶が戻ったとしても『前回』と同じリーナにはならないと思うけれど……」


 そう言いながら母は言いよどむ。

 自分が望むから強く言えないのだろうと思って。フレイアは微苦笑を浮かべて引き下がった。

 母の心配を煽ってまでリーナに会うつもりはなかった。


──なら魔術を使えばいい。

  屋敷の敷地に居るのだろう。


 その状況をメナーディアに話すとあっけらかんとメナーディアが提案し。

 フレイアは不要になった魔法陣を使ってリーナの様子を見る事にした。


 夜。エマとメアンが部屋を出た後。フレイアはメナーディアの指示通り、月光が差し込む窓の傍にテーブルを置き、テーブルの上に魔法陣を書いた紙を置いた。

 そして燭台にろうそくを灯し、ちいさな陶器のカップに水を注ぐ。

 紙の傍には使わなくなった宝石のついたボタンを置き。角砂糖もひとつ魔法陣の端に置いておく。


 いろいろなものを用意するのは『声』に応えて働いてくれた精霊にささやかな報酬を返す必要があるためらしい。

 呼び出した精霊に気に入られる人間も中にはいて。その後、その者の傍には精霊が控える状態になるそうだが、そんなことになる人間は魔法使いの中でも極めて稀なのでまずないことなのだそうだ。


 諸々の用意が終わるとフレイアはメナーディアに続いて唱和を行う。

 俗に詠唱と呼ばれるものだそうだが。それが現代では失われた古代語であるため、発音を真似るのも難しい。

 何度か最初から、と叱られているうちに覚えてきて。最終的にフレイアが暗唱すると魔力を込めたインクで書かれた魔法陣が輝き始める。


──精霊の力を借りる用意はできた。

  精霊に下す命令を心の中で唱えろ。


 メナーディアにそう促されたので。フレイアは俯いて『リーナの今の様子を見たい』と願った。

 するとふわりと何か、温かな風のようなものが肩を抱いたような感覚がして。自分の意識が何かに連れ去られるように遠くへ運ばれる。


──えっ?


 感覚が自分の部屋の外へ飛ぶ寸前。メナーディアの不穏な声が聞こえて。何か、予定外のことが起こったんだ、と思いながらも抗えずにフレイアは自分の身体がぐんぐん遠くなる感覚に身を任せるしかなかった。



 そうして意識が辿り着いたのは使用人が住む別棟だ。

 父母はよほど、リーナのことを信用していないようだ。

 とはいえ部屋は整えられていて優秀なメイドのひとりであるエルサがリーナの世話をしている。

 いま。リーナは何かに怯えてベッドの上に縮こまっている。

 年配のメイドのエルサはリーナに寄り添うようにベッドに横たわり、そっとその金の髪を梳りながら優しい声音で語りかけている。

 様子を見たいと願ったから声は聞こえないのか、と思っていると声が聞こえてくる。


「怖い夢をみたの……夢とは思えないほど、はっきりとした、怖い夢。わたし、そのなかで……悪い子だった。可愛い子の持ち物を盗んだり壊したりしていたの。そんなことをしたら……財布やパンを盗んだ時みたいにぶたれるわ……でも夢の中のお母様は笑ってた。お母様は……現実でも盗んだ財布やパンを持ち帰ったら笑っていたの……ずっと、怖くて確かめられなかった。お母様は悪い人なのね。だから……鎧を着た人たちに連れていかれた」


 ちいさな声は涙で濁っていた。

 おおきな眼の端は紅く涙で荒れていた。

 可哀そうに。

 そう、思ってしまったフレイアはそっと実体を伴わない姿のまま近づいてリーナの頭を撫でた。

 こんなこと、何の意味もない。

 そう思ったけれど偶然だろうか。

 リーナと目が合った気がして……すうっとリーナは眠りに落ちた。


 途端にどっと体に重さを感じて。フレイアは自分の部屋で膝をついていた。


──おい、大丈夫か?


 テーブルに置いたメナーディアから声がする。

 その声に頷いて応えながらフレイアは目玉がひっくり返っているような眩暈を持て余した。

 吐き気を堪えるように長く息を吐いたフレイアはよろよろと立ち上がった。

 テーブルの上にはきらきらと輝いているままの魔法陣と。何の変化もない品々。

 

「何が起こったの?」

 そう問いかけるとテーブルの上のトルソー人形がうねうねと動く。

 言おうか言わざるか迷うような仕草にフレイアは水差しからグラスに水を注ぎ、口に含んだ。


──すまない、私の落ち度だ。お前の『ギフト』について失念していた。

  古代語で発した言葉が言霊となって叶ってしまった状態だった。


「えっ?」

 フレイアは絶句した。

 古代語の意味など何も知らないまま発したのだが自分はいったい何を実現したのだろう。

 倒れてしまうほどではないけれどこの強い眩暈は魔力をごっそり使った後特有のものだ。


『お初にお目にかかります』

『ご主人様、お加減はいかがでしょうか』

『あ。このボタンかわいいー蒼いのはあたしのだからね』

『ちょっと、ご主人様へのご挨拶が先よ』

『そう言って角砂糖抱え込んでるー』


 そして眩暈がおさまった視界にはふんわりと星明りのように光る何かが部屋中を飛び回る様が見えるようになっていて。それだけでなんとなくフレイアは状況を理解した。


──古代語での言葉の意味はこうだ。

『我が声に耳を貸すもの、我が目となれ。我、汝らを使役する主なり』

  

『はい、主様の声を聴いた者総出でその通りに働きました! ご主人様があの娘に触れたがっているようでしたので手を貸したのは私でございます!』


 そう言いながら蒼い光がふわふわと目の前に飛んでくる。

 どんな姿をしているのか見ることはできないけれど声は幼い。

 なんだかとんでもないことになったと思ったフレイアはおさまったはずの眩暈を感じながら『ありがとうございます』と礼を言った。


『わっ私は、あの娘を眠らせました! 眠らせたかったのですよね、眠らせました!』

『私は会いたいと思ってるあなたの意を汲んで見えるようにしてあげたわ』

『この部屋に残って、絨毯の上に倒れた時に支えてあげたのはあたしー』


「ありがとうございます……けれど私、魔法を使うのは初めてで、『主』等ではないので皆さんはご自由に……」


 フレイアがそう口にした途端、そこここから泣き声が聞こえてきて。言いようのない罪悪感に駆られたフレイアは焦った。

 俄かに騒がしくなった室内。

 フレイアは無言でデッサン人形を持ち上げた。


──いろいろと便利だ、ぞ……なぁ、フレイア。


「私には荷が重いのでこの状況をどうにかする古代語か魔法を教えてください」


──無理だな。こいつらは懐かしい古代語に引き寄せられ。

更にお前の『ギフト』と魔力に魅せられた者達だ。

『ギフト』の強制力を解いてもここに居座り続けるだろう。

こうなっては『ギフト』を使って忘れさせるか消滅させるかしかない。

ちらちら光って目障りかもしれんがこいつらは自由だ。

お前の魔力のおこぼれを貰うことはあるが、何か求めてくることはない。


「落ち着かないので……どうにかなりませんか」


 フレイアは溜息を吐いた。

 メナーディアとは価値観が違いすぎて自分の求めていることを共有し合えない。

 

──なんだかんだ精霊は暇つぶしが好きな連中だ。

そのうち飽きる……はずだ。

本来は気が向いた時に手を貸してくれるような存在だが……

お前が魔法を使う時は重々注意して使う必要があるな。


「あなた達は自由です。でもおうちが欲しいなら、ここにどうぞ」


 メナーディアと言葉を交わしたフレイアは匙を投げられたことに気づいて溜息を吐きながら。部屋の隅に置いていたドールハウスを窓際のテーブルの上に置いた。

 きゃあきゃあとさざめきながらドールハウスの中へ入っていく数多の光を見送ったフレイアは。魔法を使うのは最低限にしようと心底思った。


 翌朝。別棟でとても綺麗な幽霊を見たとリーナが騒いでいるらしいと聞いてフレイアは頭を抱えた。


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