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予期せぬ再会

私用が思いのほか早く片付いたので戻ってまいりました

今後も数日抜けることがあるかと思いますが

お付き合いいただけると幸いです!

 領地に戻ってから半年。

 日々は穏やかに過ぎた。

 礼儀作法や教養を学ぶ必要がないフレイアは引き続き絵画や裁縫やダンスを学び続け。同時に『前回』からの世界の変化を知るため、スカーレットの仕事を手伝うことも多かった。

 幼い貴族令嬢として不自然ではない程度に視察にも出たし母について辺境伯家にも出入りした。

 結局、ミネルは先代王妃について王宮へと戻っていったが。辺境伯領に居るうちに先王も立ち合い、ラクレスと正式に婚約したためだろう、落ち着いた様子だった。

 

 フレイアは領地で九歳を迎え、季節は春の気配を帯びている。

 それはまた社交期が訪れるということだ。

 本当に『ゲームの強制力』とやらはないようで。ルミルは相変わらず健康で。当然継母がリーナを連れて邸宅に押し掛けて来ることもなかった。

 継母はわからないけれど、本当にリーナは今回存在しないのだ、と思っていた矢先……


「これはどういうことかな? グリム」

「冤罪だ、ルミル……どうやらこんな形で帳尻が合うらしい……あの愚弟が場末の女をひっかけたことは掴んでいたが……まさかそれがあの女だとは思いもしなかった……抜かったよ」


 とある冬の終わりの昼前。屋敷の気配が落ち着かないと思って部屋から出ると玄関ホールで珍しく眉を顰めて父に詰め寄る母が居て。玄関の外からけたたましい声がした。


「私は伯爵の子を産んだのよ! それなのに姿を見せなくなった! 責任を取りなさいよ!」


 聞き覚えのあるその声は本能的な恐怖と不快感を喚起させるもので。フレイアはその場にそっとうずくまり。付き添っていたメアンの慌てる声を聴きながらそっとその場を後にする。

 メアンに支えられながらも覚束ない足取りで歩いたフレイアは父の話の内容からおおよその事態を察して口元を覆った。


 父の弟……フレイアの叔父は『前回』伯爵家に出入りしては『父』から金を無心し、あるいは宝飾品をくすねていく最低な男だった。

 『父』は何故かそんな弟を可愛がっていて。

 他の親族は寄せ付けなかったのに彼にだけは屋敷の出入りを許していたものだ。

 そんな彼を『今回』は早々に外遊という名目で王都の寄宿舎に押し込み、その後領地から追放したと父から聞いている。

 勘当された叔父は生きているのか、死んでいるのか。

 死んだか、消えたか、逃げたかしたために、『今回』は彼の『妻』か『愛人』だった『継母』が娘を連れてこの邸宅を訪れたのだろう。

 その娘は『リーナ』なのだろうか。


 こわい。みたくない。


 けれど『今回』は違う。

 リーナは父の娘ではない、ただの従妹であり。

 母は健在だ。

 『前回』を知っている父も母もリーナと継母を間違ってもこの邸宅に受け入れるわけがない。 

 深く息を吸ったフレイアは二階の窓からそっと玄関を伺った。

 体格の良い私兵に腕を掴まれて庭を横切っているのはみすぼらしい姿をしているが、間違いなく『前回』継母だった女と、異母妹だったリーナだ。

 リーナは状況がわからないのか絹糸のような金の髪を太陽に輝かせながら泣いている。

 憐れを誘うけれど……足が竦んで動けないままだった。


 深く息を吸ったフレイアは震える脚を踏みしめて両親のいる玄関ホールに戻った。

 恐れるだけでは何もならないので、現状を知りたいと思った。


 


「フレイアちゃん、大丈夫?」


 顔色が悪かったのだろう。

 母が顔を見るなり、心配してそっと頬を撫でてくれる。

 

「済まない、フレイア……私としたことが、抜かっていた」


 一方の父は顔を見るなり心底悔いた目をして謝ってくるので。フレイアは緩く首を振った。


「『今回』は叔父様の妻と子なのですね」

「勿論、勘当した『弟』の妻子の面倒を見る道理はないからね。追い出したよ。それにしても……弟は私の名を……ルーンベル伯爵を騙ってあの女と関係を持ったらしい。もしかすると『前回』も同じだったのかもしれないな」

 父の目には『弟』への嫌悪が滲んでいる。


「叔父様はご存命なのですか?」

「あぁ。問題を起こされても困るから監視をつけていたんだが……『今回』は借金を抱えて国を逃げ出して隣国で死んだから妻子がいるとは思いもしなかった……いや、妻子ではなく、愛人とその子供なのだろう。だからこそあの女は金欲しさに弟の嘘を真に受けたふりをしてここに押し掛けたのかもしれないな」


 フレイアは深く息を吐いた。

 継母とリーナ。その二人に『前回』の記憶があるのかも気になるけれど。あまり関わり合いになりたくないというのが本音だ。

 だが領地に住んでいる以上、彼女もまた領民のひとりである。

 真実がどうあれ、禍根を残すのはなんとなく心配な気がした。


「フレイア。私がいる以上、『今回』フレイアが憂うようなことにはならない。あの二人には監視をつけるよ。何か悪事を働いたら即、ヴァーシュ侯爵領の労働所送りだ」


 浮かない顔をしていたのだろう。

 父がにっこり笑ってそんなことを言ってくる。

 聞きなれない施設の名前にフレイアは首を傾げた。


「労働所?」

「うん。私が領地に居た頃に作ったんだー。衣食住は保障されてる、働けばある程度の自由が約束されている場所だよ!」


 代わりに答えたのは母で。

 その明るい笑顔とは裏腹なぞくりとするような響きにフレイアはつい真顔になった。


「悪いことをしたら……放り込まれる場所、なのですよね?」

「そうとは限らないよー階層構造になっててね。食い詰めた民や迫害された民、致し方ない事情で住んでいる人も居るよー。下層から下は罪人だけどね」


 母の口調は明るいが、フレイアは言いようのない恐怖を感じて口を噤んだ。

 きっとそこは従来の牢屋とは違う仕組みの、とても合理的な施設なのだろうと思った。

 

 フレイアは閉じたままの大きな玄関扉を見た。

 女官長が腕を組んで継母が去った方を睥睨している。

 彼女もまた、母と同じ世界の『旅人』らしく。

 時折夜中に母と騒いでいることを知っている。

 普段の女官長は穏やかで優しいが今は別人のように顔つきが厳しい。


 隣に並ぶ家令もだ。

 彼とはあまり言葉を交わしたことがないが、以前、父と剣の訓練をしている様を偶然見てしまった。

 彼も何らかの『旅人』なのだろう。

 『前回』はギルド長を務めるほどの腕前の父を圧倒していた。

 間違っても『前回』と同じ状況にはならない、と漸くフレイアは胸を撫でおろし。小さく微笑んだけれど。脳裏にはやはり、何もわからない様子で泣くリーナの顔が過っていた。 

 

「お父様……もしもあの二人に何かあった時……リーナだけはどうにかできませんか?」


 自分でも馬鹿なことを言っているかもしれないと思いながらちいさな声で切り出すと父は驚いた顔をしたけれど。少し考えてから頷いた。


「善処しよう。まぁあの様子だと遅かれ早かれ、労働所送りだと思うけどね」

 溜息交じりに言いながら父は肩を竦め。フレイアは自分のやっていることは偽善なのではないかと思いながらもほんの少しだけ胸を撫でおろした。


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