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無限の未来

 夜。

 辺境伯家の大広間で食事会が開かれた。

 この国において招かれた邸宅で子供が大人と食事を共にすることはまずないことだが。そんなことを気にする者は居合わせていなかった。

 マナーに気をつけようとカチコチに固まっている兄の横でフレイアは、マナーもへったくれもない様子で料理に手を付けているラクレスと見様見真似で食事を楽しんでいるミネルを見るともなく眺めた。

 ラクレスの隣にはラクレスの母らしき控えめな雰囲気の女性が居て。ミネルの隣には急にお上品になった娘を訝しげに見る先代王妃の姿があった。

 そう言えばラクレスの父は辺境伯の弟でラクレスが生まれて間もない頃に戦死したことをふと思い出した。

 いまから五年前、辺境では隣国アウレアと大規模な戦争があったのだ。

 時が三十年遡ってもきっとその戦争では……


「久しぶりだな! 姉上!」


 感傷的な気分を噛み殺しているとドアが開いて軍靴の音と共に見慣れない青年が入ってくる。

 青年、と思ってしまったけれどその逞しい身体に満ちている覇気ともいえるものが彼をひどく若く見せているだけで、実際は母よりいくつか年下に見えるほどの年齢だと気付く。

 雷光を思わせる、逆立った金の髪はとても見覚えのあるもので。

 フレイアは思わず礼儀を忘れてぽかんと口を開けた。


「姉上が帰ってきたと聞いて部隊を部下に任せて帰ったぞ、ただいまメネ! おぉ、しばらく見ないうちに立ち居振る舞いが変わったな、ラクレス!」


 どう見ても大人になったラクレスと言ってしまっても過言ではないほどにラクレスにそっくりな……ラクレスの父……確か、名前はディアス。

 思わず傍らの母を見上げるとこちらを見てにやりと笑っている。

 母のことはわかりかけてきたけれど、やはりつかみどころがない。

 きっと自分の反応見たさに黙っていることがたくさんあるのだろう。

 そう思いながらも。父に『初めて』抱き上げられたラクレスが眼を見開いたまま滂沱と涙を零すのを見て。フレイアは思わず微笑んだ。


 突然泣きだしたラクレスを慌ててあやそうとしたディアスがさらにラクレスを泣かせてしまい、おとなしく佇んでいたラクレスの母、メネが問答無用でラクレスをディアスの手から回収したり。

 『人が変わった』ように見えるミネルに先代王妃が恐る恐る声を掛け、ラクレスと婚約するということをはっきり告げられて戸惑いながらも歓喜し、その言葉にディアスが快哉を叫び、辺境伯が祝福し、食事会が一気に祝の場に早変わりしたりと賑やかなひとときとなった。




「先王陛下は北に赴かれているのでしたよね」


 宴と化した夕食の後、フレイアは母にこっそり問いかけた。

 北、というのがなんとなく引っかかって問いかけると母が満面の笑みを浮かべて頷く。

 先王が現王に王位を禅譲したのは体調がすぐれなかったためと聞いているが……恐らく実際は違うのかもしれない、そう疑って母に問いかけたのだが。そうやらその考えは図星であるようだ。


「昔からあの人は王に向いてなくてさ」


 やっぱり、と思いながらじっとりと母を見つめていると根負けしたように母が語り始める。


「機械に興味があることは知ってたもんでユーノの輿入れから間もなく、私についてきたウルカンと引き合わせたんだよ」


「ウルカンさんも……」


 フレイアは小さく呟いた。

 思わず手を添えてしまうのは『前回』死ぬまで首元を彩っていた首飾りのことを思い出したせいだ。


「うん、そしたらね……何の因果か、ヴァーシュ侯爵家に前世が技術屋の『旅人』が居てさ。マナーハウスの片隅で馬車を改造しようとしてた彼に出会ってしまった先王は……王位を投げ捨てていまは『列車』の開発に心血を注いでる」


 悪びれた様子のない母の物言いに、フレイアは思わず額を手で覆った。

 

「いろいろな人の運命を軽々しく変えていませんか、お母さま……」


 呟くと母は照れ臭そうにへへへと笑って頭を掻くので。褒めていませんよ、とフレイアは付け加えた。


「だってもう『正史』を守る必要なんてないんだもん。どうやら『ゲーム』の強制力もないみたいだし。もうこの世界は『恋シル』であって『恋シル』じゃないよ」


 微笑んだ母は少し遠い目をしていて。

 フレイアは『前回』の母がどれだけ多くのものを見送り、諦めたのかを唐突に突き付けられたような気持ちになって何も言えなくなった。


「暗くならないでよー。なんかもう、いまは楽しいよ。ボーナストラックみたいなもんだと思って自由に生きることにしたんだ」


 にっかりと笑う母は『前回』では一年後に死んだ。

 けれどきっと『今回』はそうはならないだろう。

 もしかすると……自分も、十八を超えて生きていけるかもしれない。

 『前回』諦めたことを、結ぶことすらできなかった数多の約束を叶えることができるかもしれない。

 そう思うと期待して裏切られるのは怖い、と考えてしまう潜在的な恐れと。そうなればいいな、という楽観的な気分がせめぎ合って……結局フレイアは黙り込んだ。


「まぁグリムに限ってあり得ないと思うけど『継母』と『異母妹』が現われたらグリムごと追放してエルムスに爵位を継がせて私が後見人になってやる。誰にも反対はできないよー……なんたって私、結構な伝手を持ってるからさ」


 ふふんと胸を張って笑う母に、フレイアは漸く微苦笑を滲ませた。


「そこは『お父さま』を信頼してあげてください」


 フレイアは笑いながら、一途なスカーレットのことを思い出して……なんだか自分が立ち入ってはいけない領域に立ち入った気がして、また口を噤んだ。




「さて、ミネルもラクレスもいい感じだしユーノも肩の荷が下りたって感じ。明日のんびりしたら明後日にでも領地に帰りましょうか」


 そう言いながら母はフレイアを子供用に宛がわれた部屋へと連れていき。フレイアは母の背を見送りながらエマとメアンに甲斐甲斐しく世話を焼かれながら急激な眠気を感じて頭を揺らした。

 今日一日で、いろいろなことが目まぐるしく変化した。

 何が起こったのかすべてを把握しきれていないらしいメアンが興味をそそられた顔をしてこちらを見ていたけれど。明日以降、時間は腐るほどあると思って、フレイアは曖昧な微笑みを返すにとどめ……あっという間に寝間着姿となってベッドに横たえられた記憶すら曖昧になりながら、深い眠りに落ちた。


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