つよい少年としたたかな少女
そんなこんなで母に呼ばれて再び部屋に戻った時。
フレイアとリオンが見たものは、ドレスを脱ぎ捨て、滂沱の涙を流して半裸で快哉を叫んでいるラクレスと。
早速ベッドの上に広げたドレスを身につけて、姿見の前で理想的な角度を追求しているミネルだった。
その様を見れば説明などいらなかった。
母の『ギフト』で二人の魂の入れ替えは無事になしとげられたことがわかった。
「服を着なさい、ラクレス」
溜息交じりに笑ったリオンがラクレスの肩をぱちんと叩く。
「はい、兄上……!」
嬉しくて堪らないのだろう。
涙目で頷いたラクレスは半裸のまま、勝手知ったる城のどこかへ駆けていってしまった。
「それで、あなたはどうするの?」
母に問いかけられたミネルは姿見の前ですまし顔をしたまま首を傾げた。
「気ままな王族生活を満喫する予定ですよ。王様の娘だと色々大変だろうけど、王様の姪だとそんなに役目もないでしょ。王族の予算もある程度使えて安泰安泰―」
にこにこしながらそんな世知辛いことを言うミネルをフレイアはまじまじ見つめた。
そういえばミネルは『ミネル』を取り巻く環境を知っていただろうか、と思い出す。
ラクレスの魂と入れ替わったため、治癒の『ギフト』は使えなくなっているだろうが。妥当な相手と婚約できなかった場合、『聖女』になる可能性もある。
その妥当な相手というのが難しいもので。
先代の王の娘を嫁に迎えても野心を擽られない忠義に篤い臣下か、友誼を結んだ隣国の王族か重鎮。あるいは謀反を実行できないような弱小貴族や一代限りの騎士爵等だろう。
王族の生活は優雅なものだろう。
けれどずっと安泰とは限らない。
「甘いわねー……『恋シル』よ? まるっきり同じ世界ではないけれど……『恋シル』よ?」
母が微笑んだまま告げると、ミネルが何かを探るような眼をしてから口を噤む。
「私、そんなにプレイしてなかったんですけど……そんなにヤバいんですか? ていうか確かにこの『キャラ』王族のはずなのに私、知らないってことは……」
何を言っているのかはわからないけれど事態を漸く把握し始めたのだろう。
ミネルが少しずつ顔色を失っていく。
その様を見た母が小さく微苦笑を浮かべて状況を説明した。
先王と先代王妃が本来であれば不慮の事故で亡くなっていること。
それを阻止したのが王妃に仕えていた自分であること。
そしてその結果、ゲーム本編では生まれなかったミネルが生まれたこと。
そのミネルの魂にラクレスが宿っていたことで治癒の『ギフト』を使うことができ。
また、王族特有の金の髪であったことから教会が聖女としての擁立を求めていること。
そして、『聖女』とは治癒や浄化に関わる『ギフト』を持ち、王族の血を引く姫が就く名誉職のような存在で。その任に就いてしまったら最後、身の回りの世話をしてくれる二人の『騎士』と共に教会での生活を送ることになり許可なく王都を出ることすら難しくなってしまうということ。
「でも私、『ギフト』はそういうのじゃないんです。だから聖女は免れるんじゃないかなーって……」
耐えかねたようにミネルが口を挟む。
「教会からすると『聖女』が居ることが重要なのです」
追い詰めるようなことを言いたくはなかったけれど。フレイアは遠い目をして呟いた。
教会は清貧を極めたような生活をしていたものだ。
信者の多い王都の教会は違ったのかもしれないが。ラクレスの状況を見るに、聖女は喉が出るほどに欲しい存在なのだろう。
今更、治癒の『ギフト』ではなくなったくらいで諦めるとは思えない。
そして先代王妃が口にしていたようにラクレスの妻になるというのも最善の道ではない。
『列車』を通し、高い軍事力を誇り、交易都市バスラットを擁する辺境伯は王家や高位貴族からすれば脅威以外の何者でもないだろう。
たとえ辺境伯家が忠義を示そうと、国は乱れる可能性が高い。
「辺境伯家は僕が継ぐけれど……ラクレスは従弟だからね。無関係ですとは口が裂けても言えない」
リオンが憂うように目を伏せて呟いたところで……ドアがバーンと開いた。
立っていたのは簡素なシャツとズボンを身に纏ったラクレスだ。
何かと思っているとつかつかと部屋を横切ったラクレスは絨毯に膝をつきかけているミネルの手を取る。
「俺は辺境に帰り。元の身体に戻りたいがためにお前にちゃんと事情を説明しないままだったな。お前には辛い立場に立たせることになってしまった……だから責任を取る。いざとなったら辺境伯家から出奔して冒険者にでもなるから、俺の妻になれ」
「えっあっ……えっ……?」
手を取られたミネルは目を丸くしたまま声にならない声を漏らす。
蒼白だった顔に赤みが戻り。安堵か、羞恥かわからない涙がその眼に浮かんだ。
「ラクレス……君は本当に思いついたら即行動だね。ふふ……でも、いいかもしれないね。出奔した者のことはこんな戦乱の多い地だ、たとえ王命であっても追いかけて捕らえることなんて簡単にはできないし、そのうえ相手は『戦神』とまでいわれる君だ。まぁ無理だろう」
リオンが微笑むとラクレスがどうだとばかりに胸を張る。
「あとは素性の知らない冒険者が城に出入りすることもよくあることだからね……僕らは無関係ですというしかない。ふふ……うん、まぁいいんじゃないかな。まだ君たちは六歳の子供たちだ……数年後、彼女の心を射止めることさえできたなら選択肢に入れても」
「おぉ、今回は早くも婚約するんだね、ラクレス! おめでとう!」
ラクレスを追いかけてきたらしい、アルテが部屋に足を踏み入れ。
ミネルの前で跪いて手を取るラクレスを見て歓声を上げる。
フレイアは予想外の方向に転がった話に面くらいながらちらりと傍らの母を見上げ。
母が心底愉快そうに笑っているのを見て内心溜息を吐いた。
そして肝心のミネルはと言えばふーっと長く息を吐いた後。
ラクレスの手を握り返した。
「私、こういうの初めてでわかんないんだけど……聖女とかマジ勘弁だから冒険者目指すわ……えっと……だから……まだ結婚とかはわかんないけど……よろしくね、ラクレス」
そう言いながら微笑んだミネルの顔を見て。ラクレスはかっと頬を赤らめた後……『鍛えてくる!』と叫ぶように言って部屋を出ていった。
「ごめんね、いろいろと不器用な『弟』なんだ」
呆気にとられたようにラクレスの背中を見送るミネルにリオンがとりなすように言い。ミネルは急激な疲労か安堵を感じたのだろう、力なくベッドに腰を下ろした。
「『転生したら辺境最強の戦士で紆余曲折を経て女に戻ったら聖女にされそうです~夢の王族生活を満喫できるかと思ったけれど現実は厳しいみたい~』」
てっきり何か、弱音を吐くかと思ったら。口から滑り落ちたのはそんな一言で。
フレイアは『旅人』とは一体どういう人間なのだろうかと本気で考えてしまいそうになった。




