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嗜みとはとても大切なもの

 そんなやりとりを客間で繰り広げていたせいだろう。

 ベッドに横たわっているラクレスが小さく呻いて目を開けた。


「おはようラクレス、久しぶりだな!」

「義姉上……気が逸るからといって大規模演習の朝に起こしに来ないでくれ……」


 ラクレスの目覚めに気づいたアルテが勢いよく声を掛けると寝ぼけているのだろう。

 謎の一言を呟いたラクレスが枕を抱いて丸まろうとし……枕の傍にうず高く積まれたドレスに埋もれて悲鳴を上げた。


「あっもうせっかく積んだのに崩さないでよー」

「俺!?」


 今度こそ悪夢だと思ったのだろう。

 覗き込んでくる『ラクレス』を見たラクレスが絹を裂くような悲鳴を上げてベッドの上を逃げ、勢い余って何枚かのドレスを道連れに、ベッドから転がり落ちた。


 絨毯の上に仰向けに転がったラクレスは文句を言いながらドレスを拾う、ドレスを着た『ラクレス』を見て更に悲鳴を上げた。


「夢! これは夢! 夢に違いない! 夢なら覚めてくれ!」


 ばたばたと暴れるラクレスを慣れた様子でリオンががしっと押さえつける。


「夢じゃないよ、頭が痛くなるような現実だ」


 リオンが微笑むと反射的なものだろう。

 ラクレスが手足から力を抜く。

 目尻に浮いた涙が可愛そうだが、むしろ『ラクレス』に宿った『旅人』の魂が女性だったことは不幸中の幸いだろう。


「ラクレスの為にもルミル様を呼んでくるよ」


 そう言ったアルテがリオンに声を掛けて部屋を出ていく。

 そうだ。母が来れば『ギフト』の力でラクレスは『ラクレス』に戻ることができ。女性になりたいらしい『旅人』はミネルになることができる。

 もしも母ができなくとも、自分の『ギフト』ならば多少消耗するかもしれないが可能だろう。


「自分の顔なのになぜそんなにびっくりしているの?」


 転がった『ミネル』を『ラクレス』が覗き込む。


「自分の顔だからだ! というか何故ドレスを着るんだ。『俺』は男だぞ!」

「えーそりゃ……似合うと思っているからよ。勿論女の子のようにはならないけど、金色の髪に白いドレス、違った魅力があってとっても可愛いでしょー」


 『ラクレス』がそう言いながらポーズを決める。

 フレイアはその言葉にまじまじと『ラクレス』を見つめ。固定観念を排して見れば確かに、と頷いた。

 六歳の『ラクレス』の身体は柳のようにしなやかでいて、しっかりとした印象があるので。白いふんわりと風になびくドレスを纏っていると、教会の壁画に描かれるような天使を思わせる姿になる。

 

「何を馬鹿なことを! まさかその格好で出歩いてなど……」


 もう答えを聞くまでもなく察しがついたのだろう。

 問おうとした『ラクレス』がにこにこ笑う『ミネル』を見上げてがっくりとうなだれた。


「皆、子供のすることだと思ってくれていますよ、ラクレス様……」


 なんだかかわいそうに思えてきたフレイアはそっと膝をついたラクレスの肩を叩き。ラクレスは無言のままフレイアの肩に縋った。


「はー可愛いー……」


 そんな様を見たミネルがまた溜息のような声で感嘆を漏らすので。

 やはり彼女は母に似ている、と思いながらフレイアは慌ただしい足音と共にドアが開くのを見た。

 アルテに呼ばれた母は辺境伯に誘われて酒を嗜んでいたのだろう。

 白い頬がふんわりと紅くなっていた。


「あっ!? フレイア・ルーンベル!? なんで? えっこの世界ってやっぱり恋シル!? いや、でも歳……どう見てもアラサーじゃん。人違いか。いやでももしかして続編? まさかフレイア生きてた的な奴? あの原作者ならやりかねん……」


 ミネルが謎の言葉を漏らし始めるのでフレイアは首を傾げた。

 どうやらミネルは母の言っていた『ゲーム』を知っている『旅人』であり、どうやら母を自分と勘違いしているようだ。

 いま一つ何を言っているのかはわからないが。母はわかったのだろう。

 ずいずいとミネルの傍まで歩み寄るとにっこり微笑む。


「この世界は恋シルだけど私はフレイアちゃんじゃないわ。フレイアちゃんの母親だよ! フレイアちゃんはこっち」


 にっこりと笑った母に肩を抱かれ、フレイアは戸惑いながらも会釈するように微笑んだ。

 それだけでなんとなくいろいろと察したのだろう。


「なぁるほどー、つまり主人公のルーンベル伯爵家侵略を未然に防いだわけですね! アレじゃないですか『転生したらシナリオが始まる前に死に別れる悪役令嬢の母でした~娘のために頑張ります~』」

「ふふふーそうともいうー……でも実際はフレイアちゃんがめちゃくちゃ頑張ってくれちゃったからねー……そういう経緯を語るととんでもなく長いタイトルになっちゃうよ」


 母が微笑みながら髪を撫でてくれる。

 その手に思わず甘えながら……腕にしがみついていたラクレスが、今度は母にしがみつく。


「ルミル様! お願いだからどうにかして俺をどうにか助けてくれよー」


「はいはい、わかったわかった、なんとなくだけど状況はわかったよ……それで……あなたはいいの? 辺境伯家最強の戦士から先代王妃の娘になるんだけど」


「リオン様からいろいろ話は聞いてるんで問題ないですよー。ぶっちゃけスキル……じゃないや『ギフト』が戦い向きじゃなかったのでちょっと今の立場、不安でしたし。それに楽しそうじゃないですか、お姫様生活―……しかもお城だったらユリルフェ見放題ってことに……」


「ゆりるふぇ……?」


 聞きなれない言葉にフレイアは声を上げ。

 何故か母が一瞬で鬼の形相になってミネルのドレスの襟元を掴みあげた。


「いいか……肝に命じろよ? ナマモノを妄想する分には構わないが声に出すなよ、人として最低限の嗜みだぞ。あと『リアル』を邪魔したらただじゃおかないからな」

「わ、わかってますよ……ごめんなさい、ちょっとはしゃいでました。あと別に二人をどうこうとか欠片も思ってないんで……ごめんなさい」


 母の豹変した表情とドスすら感じる声。

 真っ青になって謝るミネル。

 結局『旅人』二人が何の話をしているのかわからないまま、フレイアは何かを察したらしいリオンに連れられて部屋を出た。

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