変わっても変わらないもの
「なるほど……『前回』では生まれなかった叔母上の娘である『ミネル姫』と叔父の息子であるうちの『ラクレス』が入れ替わってしまったのか。いろいろと納得したよ」
緊張した糸が切れてしまったのだろう。
リオンに強く抱き着いたまま泣きつかれて眠ってしまったラクレスを客間に横たえた後。フレイアはリオンにラクレスの事情を語った。
リオンは少し疲れた顔をしていて、何故そんな顔をしているのだろうと思っていると……ドアが勢いよく開いた。
辺境伯家とはいえ客間のドアだ。
こうも遠慮なくドアを開ける相手は限られている。
そう思ってドアの方へ視線を向けたフレイアは……佇む六歳の『ラクレス』を見て目を丸くした。
記憶の限り、ラクレスは幼いころから武を極めることに熱心で。その金髪はいつも、雷光のように短く、汗を吸い、太陽に曝されるせいでぱさついていた。
けれどドアの前に佇むラクレスといったらどうだろう。
リオンの髪と見まがうほどに艶やかな、手入れの行き届いた長い髪に驚いたのもつかの間。ラクレスが纏っているのがドレスであることに気づいてぎょっとした。
「リオン様! 私の本来の身体が見つかったって本当!?」
そう言って部屋に入ってきたラクレスはベッドに横たわるミネルを見て歓声を上げる。
「かわいい……! え、やだ嬉しい! どうにか戻れないかな、私、戦うのは構わないし辺境に何の不満もないんだけど、装備は女装備がいいからできる事なら魂の入れ替えとかしたいー」
早口でまくしたてられる、あてのない言葉。
その内容からフレイアは本来ミネルに宿るはずだった魂が『旅人』であることを早々に悟った。
なんだろう……ものすごく母と近しいものを感じた。
「このままだと『ラクレス』が二人になりそうで、僕は頭が痛いんだけど」
「心中、お察しいたします」
リオンの零した一言に、悪いと思いながらもフレイアは笑い。
魂の入れ替えは母に任せよう、とこっそり思った。
魂の入れ替えをするのはきっと確実だろうが、本人の意志を尊重するべきだろうというフレイアの言葉により。リオンとフレイアはラクレスの目覚めを待つことになった。
「僕は『前回』ルミル様から様々なことを聞いていた」
ベッドに横たわる『ラクレス』の髪を『ミネル』が心底楽しそうに梳き、似合うであろうドレスを持ち込んであれこれと宛がう様から眼を逸らしながらリオンが静かな声で語る。
「でも……辺境伯は、ご存知ではない様子でした」
「言えなかったんだと思うよ。あの通り、仲の良い兄妹だったからね……妹の死因にまつわることを言えなかったんだよ」
リオンは淡く微笑む。
相変わらず、そのまま額縁に飾ってしまえそうな美少女具合だ。
「僕が知っていたのは『正史』の一部。辺境伯家が滅ぶ経緯と顛末だ。だから、ルミル様からそのことを聞いて以来、そうならないように手を打った……兵を増強し、遺物の研究を行い、ギルドとの連携を強めた。君の『ギフト』には本当に助けられたよ、フレイア」
「あ……」
リオンの言葉にフレイアは小さく声を漏らした。
きっと『前回』自分は幼い頃、無自覚なうちに『ギフト』を使ったのだ。
恐らくは『リオン様の放つ弓矢は外れない』という感じの。
けれど幼い自分が魔力の消費をほぼ感じることなく『ギフト』を使うことができたのは、その言霊がほとんど現実と乖離していなかったからに他ならない。
リオンは魔力も『ギフト』も持たないが、元々弓の天才なのだ。
「辺境伯家はお変わりないのでしょうか。母からはリオン様の記憶があることしか聞いていないのですが」
問いかける言葉は自然と探るようなものになる。
ひとつ、気になっていたことがあった。
不自然なほどに誰も口にしない『前回』はリオンの妻だった、アルテの事だ。
アルテはリオンより三歳年上の十六歳で。きっと既に婚約を結び、辺境伯門下出身の騎士だったアルテは辺境伯家にいるはずなのに姿を見ていない。
遠征か、哨戒か……そういった用向きで席を外している、そう思いたいけれど。リオンが浮かべる微苦笑でなんとなく事情を察してしまう。
「アルテは……」
リオンがそう言いかけた時。部屋のドアがまた無遠慮に開いた。
「リオン、ラクレスが戻ってきたって、本当かい!?」
部屋に響く口調はとても馴染み深いものだった。
けれど……その声は馴染みのないものだった。
「ア……アルテ様!?」
思わずフレイアは椅子から立ち上がった。
自分の中でアルテは、幼い頃からずっと八歳年上の美しく明朗で強い女性だ。
けれど今のアルテとは目線の高さが変わらない。
いいや、むしろ小柄でほっそりとした体はどう多めに見積もっても十歳に満たない。
「あぁフレイア! どうやら君には『前回』のきおくがあるようだね。そして相変わらず、あいらしい」
にっこりと手を取って微笑むアルテは恐らく誰かと入れ替わったのだろうが幼いという点を除いて、あまりにも違和感がない。
「アルテは八歳年下の妹と入れ替わってしまったから……いま八歳だね。最近『前回』の記憶が蘇ったからルミル様もこのことは知らないよ」
「お二人は……婚約を?」
最も気になったことを問いかけるとリオンは微笑んで頷いた。
「実は……元々アルテの生家、レスターヴ家の次女と僕は婚姻を結ぶ予定だったんだよ。そして長女であるアルテは婿を見つける予定だった。でもそうならなかったのは……」
「もちろん、私がリオンをあいしたからだ!」
「な、なるほど……」
被せ気味の愛の宣言に、フレイアは思わず笑った。
幼い姿になっていても、アルテはアルテである。
「ちなみにアルテ様は『アルテ様』で良いのでしょうか」
「もちろん問題ないよ。幸い妹もきおく持ちでね。名前に違和感があると言って数年前に名前を入れ替えたんだ。両親は頭を抱えていたけれど、やっぱり自分の名前は良いものだね」
アルテの妹とは実は会ったことがないが、顔を見ても違和感がないほどによく似た姉妹なのだろう。
「アルテ様の妹君は、大丈夫だったのでしょうか」
「もちろん! むしろ『前回』年齢を理由に振られてしまった想い人を婿に迎えて楽しそうにしているよ」
「……本当に、アルテ様とそっくりですね」
フレイアはアルテの輝くような笑顔に気圧されながらも笑い。
リオンは『僕は少しだけ年下のアルテに違和感があるけれどね』と肩を竦めた。




